「父さん、うまくいったよ。立神が親子で来る」
鬼塚は家に帰ると父親に報告した。
「そうか。でかしたぞ! あとは私に任せておきなさい」
金蔵は胸を叩いた。
「ところでどうするつもりなの?」
「フフフ、私もいろいろ考えた結果、立神親子に辛酸をなめさせる方法を思いついた。そして、そのための人員も用意した」
「人員?」
「そうだ。立神親子がいくら強くても、プロの手にかかれば所詮は素人ってことだ。おい」
金蔵はそばにいた者に声をかけた。
すると、その者は部屋を出て、巨漢の男を三人連れてきた。
「こいつらは元プロレスラーだ。右からドラゴンタイガー権藤、稲妻シャーク斉藤、馬場タートルだ」
金蔵が紹介した。
「そ、それはすごい」
(なんか、ネーミングが微妙だな。しかも最後はタートルって亀だよな。弱そうだけど大丈夫かな)
「こいつらはあるメジャー団体で活躍していたが、対戦相手を殺してしまって団体を追われたんだ。なにせ性格が凶暴過ぎてな。ハハハ」
「そ、そうなんだ」
(対戦相手を殺したって、それって団体を追われるだけじゃすまないと思うけど……)
「だから、私がなにかと面倒を見てやっているんだ。私も仕事上、ややこしい奴を相手にすることもあるからな」
「なるほど。じゃあ、その人たちに立神親子をやっつけてもらうってことか」
「フフフ、ま、そういうことだ。しかし、普通にやってしまってはなにかと面倒だ。外を見てみろ」
金蔵に言われて、鬼塚は外に視線を移した。すると庭にいつの間にかリングが設置されていた。
「な、なに? あれは」
「フフフ、あれはプロレスのリングだ。要はこいつら三人と立神に対戦をしてもらおうってわけだ。あくまでプロレスでな」
「つまり、立神にもしものことがあっても、プロレス上の事故ってことにするってこと?」
「さすが私の息子だ。察しがいいな。いくら立神といってもプロのレスラー相手に勝てるわけがない。それにお前も知ってのとおり、プロレスは結局のところなんでもありだ。凶器を使おうが反則をしようがな」
「おお、そいつはすごい!」
(しかし、やっぱり殺してはただで済まないと思うけどなぁ……)
「お前もいずれは私の後を継ぐ身だ。よく私のやり方を見て学んでおくんだな」
「わかったよ。父さん」
(こんなこと学んで大丈夫かなぁ)
そういった会話が鬼塚家でされる少し前、立神は佐藤、宮下と下校していた。
「鬼塚のところで食事っていうと、かなりの豪華なものが出てくるぞ」
宮下が嬉しそうに言った。
「あいつって金持ちなんだよな?」
立神が訊く。
「そうだよ。鬼塚君のお父さんは鬼塚コンツェルンの総帥らしいよ。だからお金持ちなんてレベルじゃないぐらいの大富豪だよ」
佐藤が答えた。
「そうだったのか。世の中って不公平だよな。宮下や佐藤みたいに庶民の子もいるのに」
と立神。
「おいおい、俺たちを引き合いに出すなよ」
宮下は苦笑した。
「立神君の家もかなりのお金持ちみたいじゃない」
と佐藤が訊く。
「どうなのかなぁ」
「どうなのかなぁって、あんなデカい家に住んでるんだから金持ちだろう?」
と宮下。
「確かに家はデカいけど、あれってオヤジのずっと前の代からのものらしいからさ」
「へぇ、じゃあ、昔からの名家ってことなのかな?」
「さあ、俺はそんなの興味ねえし」
と立神はあくびをした。
「それよりも鬼塚の家でなにが食えるのか楽しみだ」
立神はいまにも涎を大きな口から垂らしそうだ。
「お前の両親も連れてくるように言ってたよな。さすが鬼塚は太っ腹だよ」
宮下は言う。
「立神君の両親とまた会うことになるのか」
佐藤は少し暗い顔になった。
「それは俺も思ったけど、今回はまさか俺たちにはなにもしてこないだろう」
「それじゃあ、鬼塚の家で」
三人はそれぞれいったん家に帰り、鬼塚の家に行くことにしていた。
佐藤と宮下が鬼塚の家に着いた時、まだ立神は来ていなかった。
「さあ、入ってくれ。遠慮はいらない」
鬼塚が佐藤と宮下をダイニングに通した。ダイニングといっても、普通の家にあるようなものではなく、ほとんど高級レストランといっていいような広さと豪華さだった。
「やっぱり鬼塚の家ってすごいな」
宮下は目を丸くした。
「いやいや、こんなの普通だろう」
(せいぜい庶民は目の保養をしろよ)
鬼塚は腹の中で笑うのだった。
「出てくる料理もすごいんだろうね」
と佐藤。
「まぁ、お前らがあまり食べたことがないものもあるかもしれないから、口に合うかどうかわからないけどな。ハハハ」
鬼塚は愉快そうに笑った。
当然、宮下も佐藤も鬼塚が自分たちをバカにしているのには気づいているが、なにも言わなかった。歴然と差があるのは初めからわかりきっていることなので、逆に聞き流せるというものだ。
「さあ、ここに座ってくれよ」
そこには大きなテーブルがあり、まるで結婚披露宴会場のテーブルだ。白いクロスがまぶしい。
「ここでいいんだね」
宮下と佐藤は言われた席に座った。
ダイニングの一面は庭に面していて、そこから庭に出られるようになっている。そしてガラスになっていて庭がよく見えた。
「あれ、リングがあるよ」
佐藤が気づいて言った。
「ああ、あれは余興のために設置したんだよ」
と鬼塚が答えた。
「余興?」
「そうだ。せっかくだから単に食事をするだけじゃつまらないだろう。フフフ」
「へえ、そうなんだ」
「ところで立神はまだか?」
鬼塚が時計を見た。
「そろそろ来ると思うよ」
と宮下が答えた。
「そうか」
そこに鬼塚金蔵が来た。
「やあ、お友達だね。よろしく」
金蔵は宮下と佐藤に愛想よくした。
「よろしくお願いします。今日はありがとうございます」
宮下と佐藤はお礼を言った。
「いやいや、いつもこいつが世話になっているから、ちょっとした恩返しのようなものだよ。ハハハ。ま、ゆっくりしていってくれたまえ」
金蔵はそう言うとダイニングを出て行った。
「なんだからやさしそうな人だね?」
と佐藤が言った。
「そうだな。鬼塚コンツェルンの総帥だからもっと怖い人かとも思っていたよ」
と宮下も言った。
「いや、うちの父さんはいつも他人にやさしくしろって言ってるよ。そうじゃないと人はついて来ないって」
「へえ、さすがは巨大企業のトップは違うんだな」
「いずれは鬼塚君もその会社を継ぐわけだろう?」
「まぁ、そういうことだ。だから俺もいろいろと帝王学っていうのか、そういうのは勉強させられてるよ」
(お前らみたいな庶民にはわからない苦労があるのさ)
鬼塚は宮下と佐藤のことは眼中にはない。今日の標的はあくまで立神だ。
「それにしても立神遅いな?」
鬼塚はまた時計を見た。
「そうだな。ちょっと連絡してみるよ」
宮下が立神に連絡をした。しかし、なんの反応もなかった。
そこに金蔵が来た。
「まだ全員揃っていないのかな?」
「うん、まだ立神とその両親が来てないよ」
鬼塚が答える。
「なに? さては豪天の奴、私の家と知って逃げ出したのか」
「まさか、それじゃあ、ダメじゃないか」
「困ったな。豪天が来ないことには今回のことは意味がない」
「そうだよ。俺だって立神が来なければダメだよ」
その頃、立神一家はまだ家にいた。
よく考えたら立神は鬼塚の家を知らなかった。だから行くのを諦めてすでに家で食事を始めていた。
「しかし、お前もいい加減な奴だ。家に招待されたのに、その家を知らんとは」
豪天はいつもの草履のようなステーキを食べていた。
「本当に困った子だわ」
と美子も困り顔だ。
「まあいいよ。こうやって家で飯を食ってた方が楽だし」
立神はまったく気にしていなかった。
「まぁ、よその家の飯よりも、母さんの飯の方がうまいからな。ガハハハ」
豪天も気にしていなかった。
「クソー、立神のヤロウ!」
「豪天、この恨みいつか晴らしてやる」
三時間待っても当然立神が来ることはなかった。
その日、鬼塚親子は完全に待ちぼうけを喰らわされ、単に宮下と佐藤に食事をごちそうしただけだった。