翌日は佐藤も宮下も体中が痛かった。激しい筋肉痛と打撲である。
「昨日はひどい目に遭ったな」
宮下が言った。
「ホント。身体が完全に悲鳴を上げてるよ」
佐藤も言う。
昨日は乱取りの後、風呂に入れてもらって帰った。
「またいつでも来なさい」と豪天は言っていたが、二人は当然もう行く気はなかった。
「それにしても立神のオヤジって予想どおりだったな」
「そうだね。思ったとおりの人だったとも言えるし、それ以上だったとも言えるかな」
そんな会話をしていると、そこに鬼塚が来た。
「お前ら、立神のオヤジに会ったのか?」
と鬼塚が訊いてきた。
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
「どんなだった? 立神のオヤジって」
「どんなって、言われても……。いかにもあいつのオヤジって感じだったよ。見た目は立神にそっくりで、そのまま中年にした感じというか。まぁ、顔はライオンだからいまいち判断は難しいけどね」
「ほう、それでやっぱり立神と同じで強いのか?」
「強いなんてものじゃないよ。立神君を完全に子ども扱いだったからね」
佐藤が答えた。
「そんなにか!」
鬼塚は驚いていた。
「とにかく普通じゃないよ。まぁ、顔がライオンの時点で普通ではないんだけどね」
「なるほど」
「どうしてそんなに立神のオヤジのことに興味があるんだ?」
宮下が鬼塚に訊いた。
「いや、ちょっと知り合いが立神のオヤジのことを知っててな」
「へぇ、立神のオヤジの知り合いか。その人のもただ者じゃないんだろうな」
「ふっ、まあな」
そう言うと、鬼塚は離れて行った。
(そうか、父さんの言ってたとおりのようだな)
鬼塚は思った。
鬼塚は焼き肉屋の件で父親と話をしている時に、立神のオヤジと自分の父親の因縁があることは聞いていた。しかし、詳しくはなにも聞いていなかった。
その日、鬼塚は家に帰ると、父親に立神のオヤジのことを話した。
「父さん、やっぱり父さんの知ってる立神と俺の知っている立神のオヤジは同一人物みたいだよ」
鬼塚は今日、宮下と佐藤から聞いた話を父親にした。
「やはりな。ライオンの顔をした奴なんてそうそういないからな」
鬼塚の父親は頷いていた。
「いったいなにがあったの? その立神のオヤジと」
「その立神のオヤジ、いや、立神豪天は私にとっては絶対に許せない相手だ」
「許せない相手?」
「そうだ。こんなことを息子のお前に話すべきではないのだろうが、実は立神豪天は私の恋敵なのだ」
「恋敵? いったいどういうこと?」
「私と豪天は若い頃にある女性を奪い合った関係だ。そして、最終的には豪天がその女性をものにした。いや、かすめ取るようにして奪って行ったのだ」
「えっ、父さんから奪い取ったの?」
「そうだ。豪天は卑劣な男だ。その頃、ある女性と私、それと豪天は三人で仲良くしていたんだ。私はそのころにはすでに仕事で大成功して大金持ちになっていた。そして金の力にものを言わせて、その女性を完全にものにし、結婚しようってところまで行っていた。そんな時に、豪天はその女性が夜道で襲われているところを持ち前のバカ力で助けたのだ。するとその女性はこともあろうに私の金の力よりも、豪天の筋肉の力の方に惹かれて行ったのだ」
「そ、そうなんだ」
(あまりカッコいい話じゃないな。)
鬼塚もさすがに父親を否定するようなことは思っても言えなかった。
「私はその女性を豪天に奪われて、しばらくは食事も喉を通らないぐらい落ち込んだものだ。どうして私の財力を持ってしても、欲しい女性が手に入らないのかと」
「は、はあ」
(なんか味方しにくいなぁ)
「それからしばらくして、私はお前の母さんと出会ったのだ。母さんは私の財産を知るとあっという間に私の虜になった。もう眼の色を変えて私に好かれようとあれこれしてきたものだよ。ハハハ」
(それが俺の母親かぁ。なんか嬉しくない話だなぁ)
「そうして私とお前の母さんは結婚をした。私はもちろんこの結婚に満足している」
(満足してるのかよ)
「しかし、私の女性を奪った豪天と、私の財力を袖にしたその女性は許せん。未だに考えるとムカムカするのだ」
(なんか嫌な性格)
「だから、私はこれまでもその二人に仕返しをすることを考えていた。だが、肝心の二人の居所がわからなかったのだ。それなのに息子のお前が、立神豪天の息子と同級生になるとはなんという因縁だ」
「父さん、俺も父さんの仕返しに協力するよ。立神は俺にとっても許せない相手だからね」
「頼んだぞ。私の恨みを息子のお前が晴らすのだ」
(あれ、いつの間にか俺が恨みを晴らすことになってるな。協力するって言っただけなんだけど)
鬼塚は話の流れが思わぬ方へと行っているように感じた。
「しかし、父さん。あいつの強さは異常だよ。なにかいい方法ってあるかな?」
(ここで軌道修正をしとかないと、俺がまた立神と直接やり合うことになってしまうよ)
「フフフ、私を誰だと思っているんだ。
「なにかいい方法があるんだね?」
(良かった。俺が立神とやらなくて済みそうだ)
「ある。お前は豪天の息子を呼び出すだけでいい。あとは私の財力にものを言わせてプロを雇っておくのだ」
「プロ?」
「そうだ。どんな分野にもその道のプロっていうのがいるものだ」
「それって、まさか、立神を殺すってこと?」
鬼塚は少し怖くなった。
「おいおい、なにを物騒なことを言ってるんだ。いくら私でも殺しはしない。ただ、病院送りにするだけのことだ。しかもその病院は私のグループが経営している病院だ。これでその病院も儲かるし、一石二鳥ってことだ」
「そ、そうか。それなら確かに一石二鳥だね」
(とにかくこれで、立神と俺が直接やり合うのは避けられたな)
それから数日経った。
「おい、立神。ちょっといいか」
鬼塚が立神を声をかけた。
「うん? なんだ」
「お前をうちに招待したいと思ってな。前に焼肉を奢ってやったけど、前の食べっぷりだとまだ満足してないんじゃないかって思ってな」
「なに? なにか食わせてくれるのか?」
立神は突如目を輝かせた。
「そうなんだよ。うちに来てもらって普段食べられないようないいものを食べてもらうかと思ってな」
「ふーん、でも、なんで突然そんなことしてくれるんだ?」
さすがの立神もなにか不自然さを感じたようだ。
「いやいや、大したことじゃないんだけど、実は父さんにお前のことを話したら、ぜひ一度会ってみたいって言うからさ」
「ふーん、会ってみたいの? 俺に」
「そ、そうなんだ。お前が焼肉をすごい食べたって言ったら、見てみたいって」
「あ、そう。じゃあ、行くよ。今日行けばいいのか?」
「そうだ。今日来てくれ」
(フフフ、うちに来た時がお前の最期だ)
鬼塚はほくそ笑んだ。
「立神、いいもの食わしてもらえるんなんて羨ましいよ」
そばにいた宮下が言った。
「そうだね。鬼塚君の家ならきっとおいしいものが食べられるよ」
佐藤も言った。
「あ、そうだ。お前ら二人も一緒に来いよ」
鬼塚が宮下と佐藤も誘った。
「え、いいのか?」
「いいよ。大勢の方が父さんも喜ぶだろうし」
(立神の情けない姿を見せるのには人数は多い方がいいからな)
「それじゃあ、遠慮なく行かせてもらうよ」
宮下と佐藤は喜んだ。
「それから、お前の両親も呼べばいいよ」
鬼塚は立神に言う。
「両親?」
「そうだよ。お前の家にこの二人を招待したんだろう? 俺もお前の両親に会ってみたいし、一緒に来てくれよ」
鬼塚は初めから立神の両親も誘うつもりだった。これは父親である金蔵からの指令だ。
「わかった」
立神はもう疑っている様子もなかった。
(よし、作戦どおりだ。これで立神の吠え面をかくところを見ることができるぜ)
鬼塚は話が終わると、予定どおり行ったことを父親に連絡した。