豪天について三人は部屋を移動した。
「いつもこんなに食べた後にトレーニングするの?」
佐藤が立神に訊く。
「そうだ。別にあれぐらい食べたからってどうってこないしな」
立神には普通のことのようだ。
「あんなに肉を食った後に運動したら吐きそうだけど」
宮下は言った。
「俺はすでに吐きそうだよ」
佐藤は言った。
四人は廊下の突き当たりにある部屋に入った。
その部屋は二十畳ぐらいの広さがある板の間だ。剣道場のような感じである。特に近代的なトレーニング機器が置かれているわけではない。ただ、壁には槍や棒などの武器が飾るように置かれていた。
「さあ、こいつに着替えるんだ」
豪天は柔道着のようなものを人数分出して三人に渡した。
立神は慣れた調子でそれに着替えた。佐藤と宮下も着替える。もう不安しかなかった。
「じゃあ、始めるぞ。礼!」
豪天の合図で挨拶をした。すると突然、
「隙だらけだぞ!」
と豪天が下げた立神の頭にかかと落としを入れた。
「ギャ!」
立神が頭を押さえた。
「ガハハハ、挨拶の時も油断をするなといってるだろう」
豪天は豪快に笑った。
「よし、じゃあ、ウォーミングアップでまずは腕立てだ。三百回、始め」
豪天はいきなりとんでもないことを言うのだった。
「さ、三百回!」
佐藤と宮下は仰天した。
「そ、それは無理だよ」
宮下が言った。
「甘ったれるな。やればできる。できないのはやる気がないからだ」
豪天はそう言って、宮下をギロッと見た。ライオンの目が鋭く光る。
「ヒイィィィ」
とてもじゃないがやらないという選択肢はない。
「宮下君、やるしかないよ」
佐藤はその状況を見ていて、すでに諦めていた。
そこから三人は腕立て伏せを三百回やるのだが、立神はスイスイとやっていく。しかし、宮下と佐藤は三百回どころか三十回ですでに苦しかった。
「さあ、苦しくなってからが頑張りどころだ」
「ヒイ、ヒイ」
豪天に言われて、宮下も佐藤も疲労で感覚のなくなった腕でなんとか身体を持ち上げる。
「ほらほら、やればできるだろう。ガッハハ」
豪天はいつの間にか手に木刀を持っていた。
(このオヤジがあんなの持ってたらやめるにやめられないよ)
佐藤も宮下も怖くてやめることができなった。
「頑張れ。友達よ」
豪天は応援してくれているようだが、二人にとっては脅されているも同然だ。
そうしているうちに立神は腕立て三百回を終えた。
「終わったぜ。オヤジ」
「友達はこんなに頑張っているのに、お前が休むわけにはいかん。さらに追加で三百回だ」
「ええっ」
立神が嫌そうに言うと、
「バカモン! お客さんに失礼だろう」
と豪天は持っていた木刀で立神の頭を殴った。
「ギャッ!」
立神が声を上げる。
「わかったよ。やるよ」
そう言って立神がまた腕立てを始めた。
(うわぁぁぁ、やめてくれぇぇぇ。そんなことやられたら、俺たちは絶対三百回やるまで終われないじゃないか)
宮下も佐藤も心の中で泣きながら、鉛のように重く感じる身体を震える腕で持ち上げ続けた。
そしてなんとか三百回をやり終えた。
「よく、頑張ったな。私も嬉しいぞ」
豪天は二人の頑張りに感動して涙を流していた。
(なんだよ、これ。昭和の青春ドラマか?)
宮下も佐藤も思うのだった。
「次は動体視力を鍛える訓練だ」
豪天が言った。
「動体視力を鍛える?」
宮下が立神に訊く。
「そうだ。ボクシングの漫画とかで見たことあるだろう。球を顔に投げて避けるやつ」
「ああ、ピンポン球を投げるあれか。へぇ、そんなこともやってるのか」
そう言っているうちに、豪天は球の入ったかごを持ってきた。しかし、見るとその球は硬式の野球ボールだ。
「え、あれでやるの?」
「そうだ。普通そうだろ?」
立神からしたら硬式の野球ボールで普通のようだ。
「よし、それじゃあ、壁際に並んで立て」
豪天が言う。
「え、俺たちも?」
宮下と佐藤はまさか自分たちもやらされると思っていなかった。
すると、豪天はなにも言わずに目をギラリと光らせた。
「あ、やります」
豪天には逆らえそうになかった。
三人は壁際に並んだ。
「じゃあ、行くぞ。しっかり避けろよ」
まずは立神だ。
豪天が硬球を投げた。まったく手加減がないどころか、空気を切り裂く音がして飛んだ。
それを立神はさっと素早くかわした。
かわされたボールは後ろの壁に当たり木の板を割った。
「よし、次!」
豪天は宮下に向かって投げてきた。
「ヒエェェェ!」
シュルシュルという音とともに宮下の顔面に硬球が突き刺さるように飛んでくる。百六十キロは出ていそうだ。しかもそれが三メートルぐらいの距離からだから、恐ろしいなんてものじゃない。
宮下はしゃがみこんでなんとか当たらずに済んだ。
「次だ!」
今度は佐藤に投げる。
「ヒヤァァァ!」
佐藤もなんとか避けた。
「よし、その調子だ。どんどん行くぞ!」
そこから豪天は気分を良くしたのか、バシバシと投げ込んできた。
立神はそれを慣れた調子で避けて行くが、宮下と佐藤は恐怖のあまり、ほとんど床に伏せていた。
「初めはそんなもんだ。ガハハハ。そのうち慣れるよ」
豪天は豪快に笑った。
(そのうち慣れるって、慣れるころには死んでるよ)
宮下と佐藤は今日来たことを後悔していたが、逃げ出すのも恐怖、残るのも恐怖の状態だ。
終わった時には後ろの板壁はボロボロだった。
「次は乱取りだ。一人ずつかかって来なさい」
豪天は両手を広げた。
「おっしゃ、まずは俺からだ!」
立神が最初に向かって行った。
「オリャー!」
立神が両手を広げている豪天に力いっぱいパンチを出す。
しかし、豪天はあっさりとかわしながら、カウンターのパンチを立神のライオンの顎に放り込んだ。
「甘い甘い。そんなパンチが私に通用するか。ガハハハ。今度はこっちから行くぞ!」
豪天は立神に向かって飛び、そのまま蹴りを放った。
その蹴りが立神の顔面をとらえる。
巨体の立神がその蹴りで、壁まで吹っ飛ばされた。
「どうした、豪太。そんなもんか」
「クソー、行くぜオヤジ!」
立神と豪天のやり合いはそのまま一時間続いた。
(早く終わんねーかな)
初めはビビって見ていた宮下と佐藤も、さすがに長すぎて少し飽きていた。
「なかなかやるようになったわい。じゃあ、今度は友達の方とやるか」
一時間も乱取りをした末に、まだやろうというのだ。
豪天はあれだけ激しくやり合ったのに、汗もかかず息も上がっていなかった。
「あの、ぼ、僕たちは、だ、大丈夫です」
宮下も佐藤もさすがにこれは無理だと思ったし、見逃してくれると思っていた。
「なにを言うんだ。乱取りが一番の練習じゃないか。さあ、遠慮はいらん。思いきってかかって来なさい。二人同時でも構わんぞ」
豪天はそう言って、また両手を広げた。
どうやら逃れられそうになかった。
二人は覚悟を決めた。目を見合わせて、二人同時に豪天にかかって行った。すると、
「オリャー!」
と豪天はかかってきた二人を、横に広げていた腕を回すようにして、二人を跳ね飛ばした。
「ギャー!」
二人はパチンコ玉が釘に当たった時のように、あっさりと弾き飛ばされた。
「さあ、さあ、そんなことで諦めるんじゃない」
豪天はまだ許してくれる気はないようだ。
宮下と佐藤はすでに身体が痛いが、なんとか力を振り絞ってかかって行った。
「おお、これこそ男だ。いいぞ!」
豪天は嬉しそうにそう言って、二人にビンタをかました。
「ギョエー!」
宮下と佐藤は顔面に強烈なビンタを喰らってくらくらして、そのままダウンした。
「ガハハハ。やっぱり男同士は拳で語り合うものだなぁ」
豪天が感慨深げだった。