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第26話 立神家

 ある日の学校の帰り。

「お前ら、今日俺の家に来てくれよ」

 立神が急に言った。

「え、立神の家にか?」

 宮下は驚いた。

「なにかあるの? えらく急だけど」

 佐藤は訝しげだ。

「なにってことでもないんだけど、転校して友達もできただろうからって、親が家に連れて来いって言うんだよ」

 立神が説明した。

「ふーん、俺はいいけど」

 と宮下。

「俺も今日だと大丈夫だよ」

 佐藤もそう言った。

「おお、そうか。じゃあ、このままうちに来てくれよ。オヤジもオフクロも大歓迎だよ。ガハハハ」

 立神はなにやらホッとした様子だ。

 それから、三人は立神の家へと向かった。


「ここが俺の家だ」

 立神が指した家は、和風のかなりの豪邸だった。

「えっ、デカい家だな。お前んちって金持ちなのか?」

 宮下は驚いた。

「そうでもないけど、ま、いろいろ事情があるみたいだ」

 立神はよくわからない説明をした。

「立神君って実はお坊ちゃんだったんだね」

 佐藤は冗談のように言ったが、立神の顔はなぜか真剣だった。

「ま、じゃあ、家に入るか」

 立神はいつになく慎重な様子である。

「なにか問題でもあるのか?」

 不思議に思って宮下が訊く。

「うちのオヤジはとにかく怖い人だから、緊張するんだよ」

「そう言えば、これまでも何度かオヤジは恐ろしい人のように言っていたな。俺たちは大丈夫か?」

 宮下は立神が話していたのを思い出して、急に不安になった。

「お前らは大丈夫だよ。ただ、俺は気を抜けない」

 立神はそう言いながら、門をくぐり玄関の引き戸を開けた。

「ただいまー」

 立神がそう言った直後、

「トリャー!」

 という叫び声とともに、野球の硬式ボールが勢いよく空気を切り裂きながら飛んできた。

「おわあぁぁぁ」

 宮下と佐藤は突然のことに驚いた。

 それを立神が片手でキャッチした。

 するとすぐにライオンの顔をした着物姿の人が凄い勢いで走ってきて、立神に向かって飛び蹴りをした。

 立神はそれを両腕でガードしたが、身体は吹っ飛んで、後ろにいた宮下と佐藤を巻き込んで引き戸をぶち破った。

「ガハハハ、豪太よ。まだまだ甘いわ」

 ライオンの顔をした男はそう言った。

「痛てて、オヤジ、友達を連れてきたんだから勘弁してくれよ」

 立神は起き上がった。

 宮下と佐藤は立神の巨体と一緒に吹っ飛ばされて全身が痛い。

「おっ、友達か? いやぁ、よく来てくれた。さあ、遠慮なく入ってくれ」

 オヤジはそう言うと愛想よく宮下と佐藤を招き入れた。

 玄関の引き戸は外れてしまっているが、オヤジも立神もまったく気にする様子はない。

「これが立神のお父さん?」

「なんか想像どおり、というか、そっくり」

 宮下と佐藤は立神のオヤジをしげしげと見た。

 立神のオヤジは立神と同じぐらいの大きな体格で、顔は当たり前のようにライオンだ。そして紺の着物を着ている。着物の袖口からは丸太のような太い腕が見えている。

 宮下と佐藤は奥の居間へと通された。

「さあ、今日はうちで夕食を食べて行ってくれたまえ」

 オヤジはどんと座った。

 大きなお膳を挟んで立神と宮下と佐藤も座る。

「オヤジ、友達の宮下と佐藤だよ」

 立神が二人を紹介した。

「おお、そうか。私はこいつの父親の立神豪天ごうてんだ。よろしく」

 オヤジの豪天はそう言って軽く頭を下げた。

「よろしくお願いします」

(なんか思っていたとおりとも言えるけど、かなりヤバそうだな)

 宮下と佐藤は不安でならなかった。

「ところで豪太よ。お前はまだまだ隙だらけだ。そんなことでは百獣の王としてやっていくには不十分だぞ」

 豪天が言った。

「オヤジ、でも俺はあれぐらいじゃなんのダメージもないぜ」

「バカモン! わしならあれぐらいの飛び蹴り、避けてさらに反撃までしていたわい。ガハハハ」

(笑い方が一緒だよ)

 宮下と佐藤は顔を見合わせた。

「でも成長したことは認めてくれよ」

「成長を認めろ? 甘ったれるな!」

 そう言ったかと思うと、豪天はお膳越しに、目にも止まらないスピードで立神に目つぶしをしてきた。

「グワッ!」

 立神の両眼に豪天の人差し指と薬指が刺さる。

 立神は両眼を押さえて悶絶した。

「お前など、まだまだ隙だらけだ。成長を認めるなど十年早いわ」

(なんだよ、この親子。こえーよ)

 宮下と佐藤はあまりのことに顔を青くして絶句した。

「さあ、そんなことはどうでもいい。じゃあ、食事にしようか。ちょっと母さんに言ってくる」

 豪天はそう言うと部屋から出て行った。

「あの、立神君のお父さんってすごい人だね」

 佐藤が言った。

「いつもあの調子だよ。家にいても気が休まらないんだ」

 立神はいつになく元気がない。

「いつもって、つまりお父さんが突然攻撃してくるってことか?」

 宮下が訊いた。

「そうなんだ。俺が小さい頃から、ずっとそうだった。なんでも立神家は代々百獣の王として生きてきたらしい。だから、俺もそれを継がないとダメだから、それ相応の訓練が必要だとかなんとかで、常に気を許せない状況なんだ」

 立神はため息をついた。

「その、百獣の王っていうのはなに? どういう存在なの?」

 佐藤が質問した。

「それは俺もいまいちわからないけど、要は人間や動物を合わせて一番強いってことみたい。オヤジはそれで仕事もしてるみたいだし」

「なんだかよくわからないな」

 宮下は言った。

「そうなんだ。俺がオヤジに訊いてもあまり詳しいことは教えてくれないんだ」

「ふーん」

 そこに豪天が戻って来た。

「さあ、夕食を食ってくれ。好きなだけ食べていいからな。ガハハハ」

 豪天がそう言うと、部屋に料理を持って立神の母親らしき人が入ってきた。

「いらっしゃい。さあ、どうぞ」

「あ、これがオフクロな」

 立神が紹介した。

「どうも、いつも豪太がお世話になっています。母親の立神美子よしこです」

 立神の母親は飛び切りの美人だった。そんな見た目でしかも上品で常識人のようだ。当然顔はライオンではなく人間のものである。

(なんだよ、このギャップ)

 宮下と佐藤は頭を下げながら思った。

 料理はどんどん運ばれてきた。どれもかなりおいしそうだ。そして最後に、お膳の真ん中にどんと草履ぐらいあるステーキが三十枚ほど置かれた。

「これ全部食べるの?」

 佐藤が立神に訊いた。

「もちろんだよ。普通だろ?」

 と立神。

「いや、こんなに食べてる家はないと思うよ」

 と佐藤。

「じゃあ、食べようか。いただきます」

 豪天がそう言うと、箸で大きなステーキを摘まんで、そのまま丸ごと口に放り込んだ。ライオンの口だから簡単に入る。

「ガハハハ、こいつはうまい!」

 立神も負けじとステーキを口に放り込んだ。

 宮下と佐藤も食べようとしたが、草履サイズのステーキを箸でつまんで食べるのはかなり顎の力が必要だ。まず嚙み切ることさえ困難であった。

「あら、ごめんなさいね。お友達はナイフとフォークがあった方がいいわね」

 美子はそう言って宮下と佐藤にナイフとフォークを持ってきてくれた。これでなんとか食べることができるようになった。

 それから立神と豪天はバクバクとステーキを食べて行き、あっと言う間になくなってしまった。

 他の料理もすぐになくなり、立神と豪天は腹を撫でていた。

「ああ、食った食った」

 立神と豪天はまったく同じ態度だ。どこからどう見ても親子である。

 宮下と佐藤はなんとか巨大ステーキを一枚食べることができた。

「おいしかったかしら?」

 美子が二人に訊いた。

「はい、とてもおいしかったです」

 確かに味はおいしかった。ただ、大きすぎて少し胸が悪かった。

「さて、食事が終わったし、今日のトレーニングをするか」

 豪天が言うのだった。

「ええ、友達が来ているんだから、今日はいいじゃん」

 立神が言った。

「バカモン! そんなの関係ない!」

 豪天は立神に強烈なビンタを喰らわせた。

 巨体の立神がそれに吹っ飛ぶ。

(このオヤジの強さ異常だよ)

 宮下と佐藤はビビりまくっていた。

「じゃあ、せっかくだから君たちも一緒にやろうじゃないか」

 豪天が宮下と佐藤に言った。

「えっ」

 宮下と佐藤は一気に冷や汗が出た。

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