翌日の放課後、石渡とその仲間らが立神を迎えに来た。
石渡は右手をガッチリとギプスで固めている。
「よう、立神。迎えに来たぞ」
石渡は校門から出てきた立神に声をかけた。
「うん?」
立神が石渡を見た。
「約束どおり、
「そんな約束したっけ?」
立神は忘れていた。
「おい、お前、ふざけんなよ。昨日牛丼特盛を十杯奢っただろうが」
石渡はすごんで見せた。
「うーん、そう言えば昨日、牛丼食べたな」
立神はうろ覚えのようである。
「立神君、昨日この人に牛丼奢ってもらったよ。その時に小和井高校との喧嘩に加勢するって約束してたよ」
一緒にいた佐藤が立神に教えた。
「そうか。ガハハハ。まあ、いいや。じゃあ、その高校に行こうか。喧嘩は好きだしな」
立神は気楽に応じて石渡と行こうとした。
「おい、立神。お前大丈夫か? そんな感じで」
宮下は、立神があまりに気軽に行こうとするので心配した。
「大丈夫だよ。なんかよくわからんけど、とにかくその高校の番長をやっつけりゃいいんだろ。俺の強さを見せつけてやるぜ。やっぱ男は喧嘩してこそ価値があるってものよ。ガハハハ」
「それはちょっと同意しかねるけどな……」
立神本人がそういうのだから、宮下としてはそれ以上言うことはなかった。それに立神がそんじょそこらの不良にやられることはないだろうと改めて思った。
そこに偶然、帰宅する桐生真希が通りかかった。
「立神君、喧嘩に行くの?」
真希が立神に訊いた。会話が聞こえたのだろう。
「そうなんだ。ガハハハ。こいつがどうしても俺に助けてくれって言うから。俺って強いからさ。デヘヘ」
立神は嬉しそうに真希に話した。他校の番長に頼られていることを自慢したいという感じだ。
「そうなの。でも立神君、喧嘩なんて良くないわ」
真希は聖母の心の持ち主である。当然そういうことを言うだろう。暴力に賛成のはずがない。
「いやぁ、でもちょっと行って番長をボコボコにするだけだから、ガハハ。喧嘩って言うほどのものじゃないと思うけど」
立神は喧嘩に行くっていうのはまずいと思ったのか、ちょっと態度を変化させた。
「そんな、ボコボコなんて怖い。やめて、立神君」
真希は立神の腕を取った。
「え、いや、ガハハハ。どうしようっかなぁ。デヘヘ」
立神はデレデレとし始めた。ライオンの顔が溶けかけのアイスのようである。
「おい、立神。俺との約束はどうなるんだ。いまさらやめたなんて許さねえぞ」
石渡は当然怒った。
「あの、どちらの高校の方か知りませんけど、喧嘩なんて良くありませんわ。立神君を変なことに巻き込まないでください」
真希は華流高校番長のいかつい石渡にきっぱりと言った。
佐藤も宮下も、その毅然とした態度にちょっと驚いた。
佐藤も宮下も、とてもじゃないが石渡に意見する勇気なんてない。
「うるせぇ! 女がしゃしゃり出てくるんじゃねえ!」
石渡は怒鳴った。
「キャッ」
真希はその怒声に驚いて身を縮めた。しかし、それでも引かなかった。
「立神君、行かないで。そんなことに関わっちゃダメよ」
真希は再び立神の腕をつかんだ。
「エヘヘ、じゃあ、やめとこうかな。ガハハハ。俺には関係のないことだし」
(なんだよ。このデレデレした態度は)
立神のあまりの様子に佐藤も宮下も少しあきれた。
「お前、立神! そんなの許さねえぞ! どけ、アマ!」
石渡はそう言うと、立神の腕をつかんでいた真希のことを突き飛ばした。
「キャー!」
真希は悲鳴とともに地面に転がった。
「さあ、行くぞ。立神」
今度は石渡が立神の腕をつかんだ。
「桐生さんになにすんだ! この野郎!」
立神はそう言ったと思うと、腕をつかんでいる石渡の顔面を思いきり殴った。
バコーンっと音がして、石渡は枯れ枝のようにぶっ倒れた。
「こいつめ。暴力はダメだぞ!」
立神は倒れた石渡に言った。
(いや、お前の方がひどい暴力だよ)
石渡の仲間はその様子を見ていて思うのだった。
「クソー、立神。お前卑怯だぞ!」
倒れた石渡は起き上がりながら言うのだった。口と鼻から血が流れている。
「やかましい。俺は喧嘩は嫌いだ」
(これまでそんな風に見えなかったけど……)
佐藤も宮下は心でつぶやくのだった。
「お前、いまさら……。こうなったらこいつをやっちまえ!」
石渡は頭にきて、一緒に来ていた仲間をけしかけた。
しかし、仲間はビビって動こうとしなかった。
「おい、立神をやっちまえ!」
石渡は再びそう言うと、仲間を無理やり押すようにして立神に向かわせた。
「わ、わ、ちょっと待て。俺には無理だ!」
一人は完全に拒否している。
「うるさい。番長の俺がやられたのに、そのままなにもせずに帰る気か!」
石渡は嫌がるそいつを立神の方へ突き飛ばした。
「うわあぁぁ!」
男は立神の方に向かって行く。
立神はそいつの顔面に鋭いビンタを喰らわせた。
バビーン、と音がしたと思うと、男は鼻血を飛ばしながらぶっ倒れた。
「お前ら、こんなことしてていいと思てるのか? 喧嘩なんてしててもダメなんだ。目を覚ませ! 自分たちのこれからの人生のことを考えるんだ!」
立神は青春ドラマの熱血教師になったと勘違いしたのか、そう言うとともに、石渡の仲間を次々にビンタしていった。
ベシベシと石渡の仲間は立神の強烈なビンタの餌食になった。
「お前ら他校との争いなどやめて、少しは勉強しろ!」
立神は石渡とその仲間に言い放った。
しかし、青春ドラマの熱血教師とはけた違いのパワーがある立神がビンタしたのだ。石渡とその仲間は全員、強烈ビンタで失神寸前、その場にぶっ倒れて声も出ない状態であった。
「立神君、良かったわ。悪い誘いを断る勇気に感動したわ」
真希は立神に言った。
「いやぁ、ガハハハ。当然のことをしただけだよ」
立神は頭を掻いた。
「ううん、いまの立神君、素敵だったわ」
真希はそう言うと、立神のライオンの鼻先に軽くキスをした。
「ニョハハハ、ニョハハハ」
立神のライオン顔面はいまや完全に溶けたアイスになっていた。
「じゃ、お前ら、さっさと家に帰って勉強するんだぞ」
立神は真希と佐藤、宮下を連れてそのまま帰っていくのだった。
「石渡、昨日と今日の俺たち、いったいなにをやってたんだ?」
顔面を腫らした一人が言った。
「わからん。結局、牛丼を奢らされただけだよ」
石渡の顔面は殴られてズキズキと痛んでいた。
「小和井高校との抗争はどうする?」
「仕方ねえよ。俺たちだけでやるしかねえ」
「結局、そういうことか」
「あんな規格外の男を俺たちには扱うことができないってことだろう」
「それにしても、女の一言であんなにコロッと意見を変えるんて」
「あのライオン野郎もただの男ってことだろうな」
その日の夜、鬼塚家の夕食。
「おい、お前の友達がいつもの焼き肉屋で暴れたらしいな?」
鬼塚の父親が鬼塚に訊いた。
「そうなんだよ。大変だったよ」
「焼き肉屋の大将が私に泣きついてきたよ。店の修繕費を弁償してくれって。ハッハハ」
「ごめんよ。父さん」
「いや、いいんだ。それぐらいのことはな。それよりも、暴れた友達っていうのがライオンの顔をしているそうじゃないか」
「ああ、そうなんだよ。ライオンの顔でとんでもないパワーの奴なんだよ。俺もあいつのバカ力のせいで腕を折られたし。このまま済ませられないって思っているんだ」
「ところで、その友達の名前はなんていうのだ?」
「立神だよ」
「立神!」
父親は驚いた声を出した。
「どうしたんだよ? 父さん」
鬼塚は怪訝に思い、訊いた。
「いや、その立神っていうのは、立てるに神様って書くのか?」
「そうだけど」
「そうか。よし、わかった。それならお前だけには任せておけんな」
父親の目が光った。
「なんだよ、父さん。急にどうしたんだ?」