「どうしたんだ? 岸田。元気ないじゃないか」
宮下が、岸田に話しかけた。
「実は、ちょっと悩んでて……」
岸田は力のない声で言った。
「なにかあったの?」
そこに佐藤も来た。
「いや、なにかあったということじゃないんだ。ただ……」
岸田は言いにくそうにそこで言葉を止めた。
「ただ、なんだよ?」
「す、好きな子ができたんだ」
岸田は恥ずかしそうに言うのだった。
「なんだよ。そんなことか。どうしてそれで悩むんだよ」
「そうだよ。高校生なら普通にあることじゃない。別に悩むことではないと思うけど」
宮下と佐藤はまだいまいち状況がわからなかった。
「そうなんだけど……」
岸田は煮え切らなかった。
「誰だよ。その好きな子っていうのは?」
「そうだよ。教えれくれたらなにか協力ができるかもしれないし」
「そうか。じゃあ、言うけど……」
岸田が言うには、毎朝通学の途中で見かける女子高生を好きになったそうだ。
しかし、話しかける勇気もなく、また話しかける理由もないので、どうしたら良いのかわからずに悩んでいるということだった。
「それはでも、お前が勇気を出して告白するしかないんじゃないのか?」
宮下は言った。
「確かに、そうなんだけど、フラれたらって思うとさ」
「なにを情けないこと言ってるんだよ。告白しなけりゃどうせなにも起こらないんだから、フラれても元々って考えたら、別にどうってことないだろ」
「お前、そうは言うけどさ……」
「でも、俺も宮下君の意見に賛成だな。このままじっとしててもなにも始まらないよ」
佐藤も言った。
そこに立神がやってきた。
「オッス。あれ、どうかしたのか?」
「岸田が好きな子ができたんだって」
宮下が言った。
「おい、あまり人に言うんじゃないよ」
岸田が止める。
「いいじゃないかよ。立神なら」
そう言って、宮下が状況を説明した。
「ガハハハ、なんだ、そんなことか。それなら俺も協力してやるよ」
立神は分厚い胸板を叩いた。
「いや、立神、お前の協力っていっても、こればかりはバカ力があってもどうにもならないことだから……」
岸田は立神には関わらせたくはなかったから、やんわりと断るつもりだった。
「なに言ってるんだよ! 友達だろう。俺に任せろって。ガハハハ」
立神はバシバシと岸田の肩を叩く。
「ところで、その子ってどこの学校かはわかってるの?」
佐藤が訊いた。
「
「切杉って言えば、絶対に美人じゃないか!」
宮下が反応した。
「へぇ、切杉女学院ってだけでわかるのか?」
立神はわかっていないようだ。
「ああ、このあたりで切杉と言えば、美人ばかりで有名だよ」
宮下が言った。
この切杉女学院は、受験科目で見た目の審査もあるという噂で、昨今のルッキズム批判など屁と思っていない学校だった。そのおかげで通う生徒はもれなく美人で、地域で有名なのはもちろんのこと、マスコミが取材に来るぐらいだった。
「そんな学校があったのか」
立神は初めて知ったようだ。
「それで、その子の名前はわかってるの?」
「どうやらリオっていうみたいだ。友達にそんな風に呼ばれてたから」
岸田が答えた。
「よし、じゃあ、今日の放課後、早速告白しに行こうぜ!」
立神はやけに乗り気だった。
「いや、いいよ。俺はまだそこまで気持ちが固まっていないんだ」
岸田はそんな風に言うのだが、
「なに言ってんだ! ぼやぼやしてたら他の奴に取られるぞ。便は急げだぜ」
と立神がやたらと前向きだ。
「便じゃなく、善だよ。立神。お漏らしの話じゃないんだから」
宮下のそんなツッコミも知らん顔で、立神は勝手に放課後にどうするか考えていた。
「とにかく、その子の顔を見ないことには話が始まらんな。よし、今日の放課後、切杉女学院の校門で待ち伏せだ。こいつはおもしろくなってきたぜ。ガハハハ」
立神は一人ではしゃいでいた。
「おい、立神が妙にやる気なんだけど、大丈夫か?」
岸田が心配そうに言う。
「ま、まあ、とにかく行ってみようや」
「そ、そうだよ。立神君の言うことも一理あると思うよ。告白するかどうかはともかく、俺たちもその子を知った上でのほうが、どうするかも考えやすいしね」
宮下と佐藤は岸田を安心させようと思って言ったものの、内心不安ではあった。
放課後になった。
「よし、岸田。早速行くぞ。遅れたらその子が帰ってしまうからな」
立神は岸田の手首をつかんで走りだした。
「ギャー、ちょ、ちょっと待て、そんなに引っ張るな! 腕が抜ける!!」
そんな立神と岸田に、宮下と佐藤も急いでついて行った。
切杉女学院の校門前に四人は到着した。優越学園からはそんなに遠くはなく、歩ける距離だ。
バラバラと切杉の生徒が校門から出てくる。
噂通り、出てくる生徒の誰もが美人だった。モデルやアイドルのような子ばかりである。
「どの子だ?」
立神がキョロキョロとする。
「まだ出てきてないよ。ひょっとしたら、もう帰ったのかも」
岸田はそんな風に言うが、できれば本当に帰っていて欲しかった。
「なに! もう帰ったのか? そりゃまずい!」
立神のやる気が岸田にはただただ怖かった。まだそんなに長い付き合いではないが、立神がどういう男かは知っている。恋愛に関して得意でないのは明白だった。
「うーん、でも、まだ出てきてないんじゃないのか?」
「そうだよね。確か、この学校って授業が終わった後に、お祈りとかの時間があるとか聞いたことがあるし」
宮下と佐藤は、岸田とは違って気楽な感じだ。
「あっ、出てきた」
岸田が言った。
「どの子だ? どの子だ?」
立神が身を乗り出す。
「あの子だよ。ほら、あの三人組の真ん中の子」
「おおっ、か、かわいい」
立神、宮下、佐藤の三人が声をそろえた。
その子はまるでアイドルのようで、キラキラとしていた。小柄でありながら存在感がある。
「あれなら岸田が好きだっていうのもわかるよ」
「確かに、あれなら一目見るだけで心が奪われるな」
「よし行け、岸田!」
立神がけしかける。
「む、無理だよ。今日は様子を見るだけにしよう」
岸田は行こうとしなかった。
「なに言ってんだ! チャンスじゃないか」
「いや、でもまだ決心が……」
そんなやり取りをしている間に、リオを含めた三人組は男たちの前を通り過ぎた。
「おい、岸田、早く!」
立神がいくら言っても、岸田は動かなかった。
「仕方ない。俺に任せろ!」
そう言って立神が一人で飛び出した。
「うわぁ、ま、待て、立神!」
岸田の声で止まる立神ではない。
「おーい、待ってくれ」
立神が、女子三人の背後から声をかけた。
「えっ」
三人が振り返った。
すると、そこには立神がいた。ガッチリとした巨体にライオンの頭が乗っているのだ。
「キャ、キャー!!!」
女子三人は悲鳴を上げて走って逃げて行った。
当然過ぎる結果だ。
「おい、ちょっと待ってくれ!」
立神はさらに呼び止めたが、女子三人は振り返ることもなかった。
「あの顔で突然声をかけてきたら、そりゃ逃げるよね」
「まあな、男でもビビるよ」
「俺の恋も終わりだ」
男三人は立神の大きな背中を見ながら言った。
「俺たちはもう慣れて忘れていたけど、あいつ、普通じゃないものな」
「そうだよ。俺たちにとっては日常だけどね」
「だから、俺は嫌だったんだ」
岸田は半泣きだった。
そこに立神が戻ってきた。
「あの女、逃げ出したぞ。お前らなにかしたのか?」
立神は原因がわかっていなかった。