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第15話 岸田の恋

「どうしたんだ? 岸田。元気ないじゃないか」

 宮下が、岸田に話しかけた。

「実は、ちょっと悩んでて……」

 岸田は力のない声で言った。

「なにかあったの?」

 そこに佐藤も来た。

「いや、なにかあったということじゃないんだ。ただ……」

 岸田は言いにくそうにそこで言葉を止めた。

「ただ、なんだよ?」

「す、好きな子ができたんだ」

 岸田は恥ずかしそうに言うのだった。

「なんだよ。そんなことか。どうしてそれで悩むんだよ」

「そうだよ。高校生なら普通にあることじゃない。別に悩むことではないと思うけど」

 宮下と佐藤はまだいまいち状況がわからなかった。

「そうなんだけど……」

 岸田は煮え切らなかった。

「誰だよ。その好きな子っていうのは?」

「そうだよ。教えれくれたらなにか協力ができるかもしれないし」

「そうか。じゃあ、言うけど……」

 岸田が言うには、毎朝通学の途中で見かける女子高生を好きになったそうだ。

 しかし、話しかける勇気もなく、また話しかける理由もないので、どうしたら良いのかわからずに悩んでいるということだった。

「それはでも、お前が勇気を出して告白するしかないんじゃないのか?」

 宮下は言った。

「確かに、そうなんだけど、フラれたらって思うとさ」

「なにを情けないこと言ってるんだよ。告白しなけりゃどうせなにも起こらないんだから、フラれても元々って考えたら、別にどうってことないだろ」

「お前、そうは言うけどさ……」

「でも、俺も宮下君の意見に賛成だな。このままじっとしててもなにも始まらないよ」

 佐藤も言った。

 そこに立神がやってきた。

「オッス。あれ、どうかしたのか?」

「岸田が好きな子ができたんだって」

 宮下が言った。

「おい、あまり人に言うんじゃないよ」

 岸田が止める。

「いいじゃないかよ。立神なら」

 そう言って、宮下が状況を説明した。

「ガハハハ、なんだ、そんなことか。それなら俺も協力してやるよ」

 立神は分厚い胸板を叩いた。

「いや、立神、お前の協力っていっても、こればかりはバカ力があってもどうにもならないことだから……」

 岸田は立神には関わらせたくはなかったから、やんわりと断るつもりだった。

「なに言ってるんだよ! 友達だろう。俺に任せろって。ガハハハ」

 立神はバシバシと岸田の肩を叩く。

「ところで、その子ってどこの学校かはわかってるの?」

 佐藤が訊いた。

切杉女学院きれすぎじょがくいんだよ。制服ですぐにわかった」

「切杉って言えば、絶対に美人じゃないか!」

 宮下が反応した。

「へぇ、切杉女学院ってだけでわかるのか?」

 立神はわかっていないようだ。

「ああ、このあたりで切杉と言えば、美人ばかりで有名だよ」

 宮下が言った。

 この切杉女学院は、受験科目で見た目の審査もあるという噂で、昨今のルッキズム批判など屁と思っていない学校だった。そのおかげで通う生徒はもれなく美人で、地域で有名なのはもちろんのこと、マスコミが取材に来るぐらいだった。

「そんな学校があったのか」

 立神は初めて知ったようだ。

「それで、その子の名前はわかってるの?」

「どうやらリオっていうみたいだ。友達にそんな風に呼ばれてたから」

 岸田が答えた。

「よし、じゃあ、今日の放課後、早速告白しに行こうぜ!」

 立神はやけに乗り気だった。

「いや、いいよ。俺はまだそこまで気持ちが固まっていないんだ」

 岸田はそんな風に言うのだが、

「なに言ってんだ! ぼやぼやしてたら他の奴に取られるぞ。便は急げだぜ」

 と立神がやたらと前向きだ。

「便じゃなく、善だよ。立神。お漏らしの話じゃないんだから」

 宮下のそんなツッコミも知らん顔で、立神は勝手に放課後にどうするか考えていた。

「とにかく、その子の顔を見ないことには話が始まらんな。よし、今日の放課後、切杉女学院の校門で待ち伏せだ。こいつはおもしろくなってきたぜ。ガハハハ」

 立神は一人ではしゃいでいた。

「おい、立神が妙にやる気なんだけど、大丈夫か?」

 岸田が心配そうに言う。

「ま、まあ、とにかく行ってみようや」

「そ、そうだよ。立神君の言うことも一理あると思うよ。告白するかどうかはともかく、俺たちもその子を知った上でのほうが、どうするかも考えやすいしね」

 宮下と佐藤は岸田を安心させようと思って言ったものの、内心不安ではあった。


 放課後になった。

「よし、岸田。早速行くぞ。遅れたらその子が帰ってしまうからな」

 立神は岸田の手首をつかんで走りだした。

「ギャー、ちょ、ちょっと待て、そんなに引っ張るな! 腕が抜ける!!」

 そんな立神と岸田に、宮下と佐藤も急いでついて行った。


 切杉女学院の校門前に四人は到着した。優越学園からはそんなに遠くはなく、歩ける距離だ。

 バラバラと切杉の生徒が校門から出てくる。

 噂通り、出てくる生徒の誰もが美人だった。モデルやアイドルのような子ばかりである。

「どの子だ?」

 立神がキョロキョロとする。

「まだ出てきてないよ。ひょっとしたら、もう帰ったのかも」

 岸田はそんな風に言うが、できれば本当に帰っていて欲しかった。

「なに! もう帰ったのか? そりゃまずい!」

 立神のやる気が岸田にはただただ怖かった。まだそんなに長い付き合いではないが、立神がどういう男かは知っている。恋愛に関して得意でないのは明白だった。

「うーん、でも、まだ出てきてないんじゃないのか?」

「そうだよね。確か、この学校って授業が終わった後に、お祈りとかの時間があるとか聞いたことがあるし」

 宮下と佐藤は、岸田とは違って気楽な感じだ。

「あっ、出てきた」

 岸田が言った。

「どの子だ? どの子だ?」

 立神が身を乗り出す。

「あの子だよ。ほら、あの三人組の真ん中の子」

「おおっ、か、かわいい」

 立神、宮下、佐藤の三人が声をそろえた。

 その子はまるでアイドルのようで、キラキラとしていた。小柄でありながら存在感がある。

「あれなら岸田が好きだっていうのもわかるよ」

「確かに、あれなら一目見るだけで心が奪われるな」

「よし行け、岸田!」

 立神がけしかける。

「む、無理だよ。今日は様子を見るだけにしよう」

 岸田は行こうとしなかった。

「なに言ってんだ! チャンスじゃないか」

「いや、でもまだ決心が……」

 そんなやり取りをしている間に、リオを含めた三人組は男たちの前を通り過ぎた。

「おい、岸田、早く!」

 立神がいくら言っても、岸田は動かなかった。

「仕方ない。俺に任せろ!」

 そう言って立神が一人で飛び出した。

「うわぁ、ま、待て、立神!」

 岸田の声で止まる立神ではない。

「おーい、待ってくれ」

 立神が、女子三人の背後から声をかけた。

「えっ」

 三人が振り返った。

 すると、そこには立神がいた。ガッチリとした巨体にライオンの頭が乗っているのだ。

「キャ、キャー!!!」

 女子三人は悲鳴を上げて走って逃げて行った。

 当然過ぎる結果だ。

「おい、ちょっと待ってくれ!」

 立神はさらに呼び止めたが、女子三人は振り返ることもなかった。

「あの顔で突然声をかけてきたら、そりゃ逃げるよね」

「まあな、男でもビビるよ」

「俺の恋も終わりだ」

 男三人は立神の大きな背中を見ながら言った。

「俺たちはもう慣れて忘れていたけど、あいつ、普通じゃないものな」

「そうだよ。俺たちにとっては日常だけどね」

「だから、俺は嫌だったんだ」

 岸田は半泣きだった。

 そこに立神が戻ってきた。

「あの女、逃げ出したぞ。お前らなにかしたのか?」

 立神は原因がわかっていなかった。

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