「立神君、来たわよ。なに大事な話って……」
留美は上機嫌で立神の方へと歩いてきた。留美としては嬉しい告白があると完全に思い込んでいるのだ。
「あれ? どちら様、こちら?」
留美は立神と同じテーブルにいる虹川杏子に気づいた。
「あ、この人は……」
立神は言葉に詰まった。
「ちょっと、誰、このブス?」
杏子は突然現れた留美に、明らかに敵意をむき出しな言い方をした。
「あら、食べ過ぎたお化けには言われたくないわ」
留美もムッとして言い返す。
「キー、なによ! あんた家に鏡ないの? あたしならそんな顔見るたびに自殺したくなるわ」
杏子は口から食べかけのパフェを飛ばしながら言った。
「あなたなんかに私の良さはわかってもらう必要はないわ。それよりもよく椅子が壊れないわね」
「うるさいわね。急にきてゴチャゴチャと言ってるけど、あたしはいまこの人にパフェをごちそうになってるんだから邪魔しないでよ。シッ」
杏子は手で追い払うようにした。
「ごちそうになってるってどういうことよ!」
「どうも、こうもないわよ。この人がパフェを奢ってくれるっていうから、あたしはこうしてパフェを食べてるのよ。悪い?」
「なんで、立神君にあなたが奢ってもらうのよ。私もまだそんなことしてもらったことないのに!」
「知らないわよ。そんなこと」
杏子は面倒くさそうに言った。
「そうはいかないわ。立神君、これはどういうことなのか説明してくれる」
留美は立神に詰め寄った。
「いや、そのう、なんて言うか、ガハハハ」
こういう時にどうしたら良いかなんて、当然立神にわかるはずがない。
「あら、このカバ、ひょっとしてあんたの彼女なの?」
杏子がニヤッとした。
「えっ」
立神は冷や汗をたらりと流した。
「へぇ、あんた、こんなのと付き合ってるんだ。おもしろいわねぇ」
杏子はニタニタと意地悪な笑みを浮かべた。
「ち、違う。そ、そうじゃ……」
立神が否定しようとすると、
「そうよ。悪い? 私と彼はそういう関係なの。付き合ってるのよ。あなたのような人には一生そういう相手はできないでしょうけどね」
と留美が言い放つのだった。
「いや、ちょ、ちょっと、待て」
立神は焦った。
「ハハハ、そうなんだ。ま、あたしは別にこの男に興味はないからどうでもいいけど。ただ、パフェを奢ってもらうってだけで来たんだし。じゃあ、もう食べたから帰るわね」
そう言うと、今日は立ち上がって店から出て行った。
「なによ、あのデブ」
留美はプンプンしていた。
立神もさすがにこの流れは、自分にとってヤバい方に行っていることに気づいているだろう。
「ところで、立神君。なにか大事な話があるんでしょう?」
留美がさっきまで杏子のいた席に座った。
「えっ、いや、別になんの話もないけど」
「そうなの? でも、佐藤君は立神君が大事な話があるって言ってたよ」
「それはあいつの勘違いだろう。俺、そんなこと言ってないよ」
「そうなの、残念。じゃあ、せっかくだから、二人でこのままお茶しましょうか」
留美はそう言って、紅茶を注文した。
「立神の奴、うまくいったかなぁ」
宮下が佐藤に言った。
「どうだろう。でも、そろそろなにか結果は出てるだろうけどね」
佐藤と宮下は、立神のいる喫茶店の近くにある公園にいた。
「あっ、あれは虹川さんだ」
道を歩く虹川杏子を宮下が見つけた。
「えっ、じゃああれが立神君の彼女役をやった子?」
佐藤はどういう人が彼女役をやったのか知らないのだ。
「そうだ。あの子が帰ってるってことは、もう終わったんだな」
「あれが彼女役って、立神君、怒らなかった?」
「ちょっと、怒ってた。いや、結構怒ってたかも。なんせ顔がライオンだからいまいち表情がわからないんだよなぁ」
宮下は苦笑いした。
「確かに……」
佐藤も同意した。
「伊集院さん、立神君のこと、諦めたかなぁ」
「どうだろう。でも、他の女と喫茶店で仲良くしてるところを見たら、ショックでなにも言わずに立ち去るんじゃないのか?」
「そんなにうまくいくのかなぁ」
「俺の予定ではそういうことになってるんだけど……」
宮下はそうは言ったものの、少し不安になってきた。
「終わったら立神君もここに来るんだよね」
「一応そういうことになってるけど、あいつちゃんと来るかなぁ」
宮下は喫茶店のある方を見た。
数十分ほどすると、立神が宮下と佐藤のいる公園に現れた。
なんだかげっそりした感じがある。ライオンの顔色も心持ち悪い感じがあった。
「どうだった、うまくいったか?」
宮下が訊いた。
立神はなにも言わない。
「伊集院さん、諦めてくれた?」
佐藤の言葉にも、立神は黙っていた。
「どうなんだよ?」
宮下がさらに訊いた。
「まったくダメだったよ。むしろカバはますますその気になった」
立神はがっくりと肩を落としていた。
「なんで、そうなるんだよ。虹川さんを彼女って紹介しなかったのか?」
宮下が言った。
「あんな白ブタを彼女って言えるか!」
立神は急に大きな声を出した。
「だ、だけど、それはとりあえずの彼女なんだから。そう言って伊集院さんが諦めてくれたらそれでいいわけで……」
「いやだ! 嘘でもあれを彼女なんて言いたくない!」
立神は首をブルブル左右に振った。
「それで、どうなったの?」
佐藤が続きを訊いた。
「あの白ブタとカバが言い合いになって、カバが俺と付き合ってるって白ブタに言ったんだよ」
立神はまた肩を落とした。
「なんか、あの白ブタ、俺とカバが付き合ってるっていうのを聞いて、ニヤニヤしてたよ。あれ、絶対カバにしてるよなぁ、いや違う、バカにしてるよなぁ」
その話に宮下と佐藤は顔を見合わせた。
「ま、まあ、そう気を落とすな。またなにか方法を考えてやるから」
「そうそう、俺も一緒に考えるよ」
宮下と佐藤はそう言って慰めた。
「でも、白ブタが帰った後、カバは逆に上機嫌になって、将来の話とか始めやがって、もう完全にその気だよ」
立神はライオン頭を抱えた。
「そ、そうなんだ……」
宮下も佐藤もかける言葉が見つからなかった。
「おい、石渡。お前の仇を取る方法を思いついたぞ」
火土井組の向島は、華流高校の番長である石渡に言った。
「え、そうっすか、先輩」
石渡は立神にボコボコにされて入院していたが、最近退院できたところだ。
「ああ、任せとけ。お前のこともあるが、舎弟の坂上もやられてるからな。このまま放っておいたらヤクザの示しがつかねえってものよ」
「ありがとうございます!」
石渡は頭を下げた。
「それで、先輩。どんな方法であのライオン野郎を倒すんですか?」
「フフフ、なんでも聞くところによると、そのライオン野郎はボクシングをするそうじゃねえか。だったら、そのボクシングにかこつけて、やっちまえばいいって思ってな。それなら、仮にそいつが死んだところで、事故ってことで済むだろう」
向島は自信たっぷりにしゃべった。
「なるほど! そいつは名案ですね。それで具体的にどうやるんですか?」
「そいつの学校のボクシング部に乗り込んで、試合をさせろってやってやるのよ。ま、言ってみれば、道場破りのような形だな。それで無理やり試合をやらせて、ライオン野郎をやっちまえばいいってことだ」
向島は不敵な笑みを浮かべた。
「でも、そのライオン野郎と対戦するボクサーはどうするんですか?」
「フフフ、まぁ、心配するな。俺の知り合いにプロボクサーをやってた奴がいる。そいつは凶暴過ぎて、試合相手を半殺しにしたので、プロのライセンスをはく奪されたが、ボクシングの腕は確かだ」
「プロの試合で半殺し?」
「ああ、そうだ。そいつは相手が倒れたところを蹴りまくった狂犬みたいな男だ。レフェリーが止めに入ったら、そのレフェリーまで半殺しだからな」
石渡は、聞いていて身震いがした。