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第11話 作戦

「立神く~ん、今日もお弁当持ってきたわよ」

 昼休み、留美が手作り弁当を持って立神のところにやって来た。

「おう」

 あれ以来、ずっと弁当を持ってくるので、立神の方も慣れてしまって、留美が弁当を持ってくるのを普通に受け入れていた。

「さあ、食べて。今日はカラアゲよ」

「おっ、旨そうだな」

 立神はそう言ってガツガツと食べた。

「そうやって豪快に食べてもらえると嬉しいわ。ウフフ」

 留美は満足そうである。大きな鼻の穴がさらに膨らんでいた。

 いまは留美も自分の弁当を持ってきて、一緒に食べるようになっていた。

 クラスメイトも周知の事実で、誰もからかったり冷やかしたりする者はいない。もっとも冷やかそうものなら、立神にぶん殴られるので、誰もしないというのもある。

 留美は、立神用には特大弁当を作ってきているが、自分用には掌に乗るぐらいの小さな弁当だった。それをつつましく上品に食べている。

 留美は顔はともかく、良家の令嬢だった。

「はあ、食った食った」

 立神は留美が用意した弁当と、自分で持ってきた弁当の両方を食べて、腹を撫でた。

「おいしかった?」

「ああ、旨かったよ」

「良かった。じゃあ、また明日ね」

 留美はそう言うと、自分の教室に戻っていった。


「おい、立神。お前、大丈夫か?」

 留美がいなくなるのを確認して、宮下と佐藤が立神に話しかけた。

「なにが?」

「あの伊集院留美だよ。あの調子で弁当を食ってると、あの子、完全にその気になるぞ」

 宮下が言った。

「その気になるって?」

「だから、要するにお前と彼女が付き合ってるってことになるというか」

「なに! それは困る。俺は弁当が旨いから食ってるだけで、あんな女と付き合う気はないぞ!」

「いや、お前さ、そんなこと言っても無駄だよ。実際、お前は旨そうにガツガツとあの子の弁当を食ってるんだし。それに、それをみんなが見てるんだぜ。こんな既成事実が積み重なったら、あの子もお前の彼女になれたと思うし、周りもみんな、お前とあの子が付き合ってるって思うよ」

「えっ、そうなのか?」

 立神はまったく心外だって顔である。

「お前、そんなこともわからず毎日あの子の持ってくる弁当を食ってたのか?」

 宮下はあきれた。

「だって、家から持ってくる弁当だけじゃ物足りなかったし、あいつが持ってくる弁当が旨かったし……。なんか毎日食ってるうちに、あまりなにも思わなくなったというか」

「立神君、それはまずいよ。だって、あの子からしたらいつも食べてくれるんだから、自分に好意があるって思っても無理はないよ」

 佐藤が言った。

「あんなブスに興味はないぞ! 俺はもっとちゃんと人間の顔した女がいいよ」

(それを言うなら立神君の方が人間から遠いよ)

 佐藤は思った。

「でも、お前の食いっぷりを見てたら勘違いするよ」

 宮下が言う。

「そうなのか?」

「たぶん、もう完全にあの子は勘違いしていると思うよ。立神君は自分のことを好きだって。なんならもう彼女になったつもりなんじゃないかな。そうじゃないと、こんなに毎日弁当を作ってこないだろう?」

「た、確かに……」

 宮下や佐藤に言われて、さすがのライオン頭でも状況を理解したようだ。

「どうしよう……」

 立神は青い顔になった。

「まぁ、そう落ち込むなよ。なにかあの子に諦めさせる方法を一緒に考えよう。前に約束したし。お前は覚えてないだろうけど」

 宮下は立神の肩を叩いた。

「頼む。一緒に考えてくれ! あんなブスと一緒になったら俺の人生終わりだ」

「立神君も大げさだなぁ」

 佐藤は笑った。

「でも、どうしたものか?」

 宮下は顎に手を置き考えた。

「立神君にはすでに彼女がいるっていうのはどう?」

「ああ、それはいいかも」

「ちょっと待て、俺には彼女はいないぞ」

「だから、別に本当に彼女はいなくても、あの伊集院留美にそう思わせたらいいわけだよ」

「ははん、なるほど。ってどうすればいいんだ?」

 そう言われて、宮下は少し考えた。

「例えば、別の女と立神がデートしているところを目撃させるとか」

「ああ、それいいね」

 佐藤も同意した。

「でも、その別の女ってのはどうするんだよ?」

「それは俺の知り合いの筋でちょうどいいのがいるよ」

「マジか、宮下! じゃあ、早速やろう。いつまでも留美に付きまとわれたらかなわんからな」

「散々弁当食っといてよく言うよ」

 宮下と佐藤はあきれた。


 数日後。

「おい、例の話だけど、彼女候補の子と話がついたぞ」

 宮下は立神と佐藤を呼んで言った。

「おっ、じゃあ、やるか! それで具体的にはどうするんだ?」

「まずは立神とその仮の彼女と二人で駅前の喫茶店に行ってもらって、そこで二人でお茶をしておいてもらう。そこに伊集院留美を呼び出して、鉢合わせさせるって流れだ」

「なるほど」

「伊集院を呼び出すのは佐藤がやってくれ」

「オッケー」

「よし、じゃあ、早速今日の放課後にやるぞ」


 放課後、立神は先に駅前の喫茶店に行った。そして、宮下は仮の彼女役の子を迎えに行った。

「立神、連れてきたぞ」

 宮下は仮の彼女役を連れて立神の待つ喫茶店に入った。

「おう、待ってたぞ。……えっ!」

 宮下が連れてきた女を見て、立神は目を点にしていた。

「この子がお前の彼女役をやってくれる虹川杏子さんだ」

「どうも、虹川です。今日はチョコレートパフェを奢ってくれるって言うから来たんだよね。なんかあまり事情はわからないけど、男の人と喫茶店でパフェを食べてるだけでいいんでしょ」

 虹川杏子は色白でかなり横に太い体型だった。

「おい、宮下。ちょっと」

 立神が宮下をそばに呼び、囁くように言った。

「これが俺の彼女ってことか?」

「そうだ」

「なんか、俺にはかなりデブに見えるんだが……」

「まぁ、ちょっとぽっちゃりだけどな」

「ぽっちゃりって域は完全に超えてるだろ。俺には百キロはあるように見えるぞ」

「でも、こんなお願いをパフェだけでやってくれる子なんてそうそういないんだから我慢しろよ」

「それにしても、いくらなんでも……」

「仮なんだから、本当に付き合うわけじゃないんだし」

「だけど、こんなのと俺が付き合ってるって仮だとしても……」

 立神が宮下に言っていると、

「なにをゴチャゴチャ言ってんの? 早くパフェ食べさせてよ」

 杏子はそう言って、立神の向いの席にどっかと重そうな身体を降ろした。

「じゃあ、俺は行くから。頑張れよ」

 宮下は逃げるように喫茶店から出て行った。

「お、おい、待て!」

 立神の呼び止める声は虚しく店内に響いた。

「すみません。チョコレートパフェひとつ」

 杏子は勝手に注文した。


 その頃、佐藤は留美を呼びに行っていた。

「伊集院さん、ちょっといい?」

 留美は帰り支度をしているところだった。

「なにかしら?」

「立神君が駅前の喫茶店に来てくれって」

「ええ、そうなの。どうしたのかしら?」

「なにか大事な話でもあるんじゃないのかなぁ」

 佐藤は適当に誤魔化した。

「あら、大事な話? まぁ、彼ったらわざわざそんなところに呼び出すなんて、キャ、告白されちゃうのかしら」

 留美は自分に都合よく解釈しているようだ。

「じゃあ、俺はこれで」

 佐藤はその留美の様子が不気味過ぎて逃げるように立ち去った。


「ねえ、あんた。なんか話ないの?」

 杏子は黙っている立神に言った。

「話っていっても……」

「ホント、つまんない男ねぇ。こんな時にちょっとした話題もないの?」

「は、はあ」

 立神は女相手には調子が出なかった。ましてや今回は協力してもらっている立場だ。

「あんた、モテないでしょう?」

 杏子はズケズケとものを言うのだった。

「えっ」

「恋愛なんて男がリードするものでしょう。あたしもさ、これまでいろんな男と付き合ってきたけど、だいたいは男の方が女を楽しませるものよ。あんたみたいなぶっきらぼうな男っていまどき流行らないわよ」

 白ブタのような女に恋愛を語られて、立神も腹は立つのだろうが、立神には言い返せるほどの恋愛知識はない。

「は、はぁ」

 立神は汗をかきながら、ポリポリとたてがみ頭を掻くしかなかった。

 その時、カランカランと軽い音を立て喫茶店のドアが開いた。

 見ると伊集院留美がいた。

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