「立神、出番だぞ! あれ、立神はどこだ?」
原田は周りを見渡すが立神の姿が見えない。
「立神なら、校門の前にあった牛丼屋に行ってましたけど」
「なに! 早く呼んで来い」
原田がそう言うと、一人が走って立神を呼びに行った。
そして、しばらくすると戻ってきて、
「連れてきました」
と立神の手を引いていた。
「お前、まだ着替えてもいないじゃないか。さっさと着替えろ!!」
原田は怒鳴った。
「え、もう出番っすか?」
立神は爪楊枝で牙の掃除をしている。
「そうだ! 早くしろ!」
原田に言われて、立神は服を着替えだした。
「おい、原田。そんな奴しかいねえのか? ハハハ、大丈夫か? なんならもう不戦敗でもいいぜ」
石垣が意地悪そうに言った。
「うるせえ。ちょっと待って。すぐに準備ができる」
原田は言い返した。
「ハハハ、まあ、待ってやるよ。お前のそのかわいい生徒が、うちのジャックにやられるところを観たいかなら」
石垣は余裕だ。
相手のジャック田中も、余裕の様子でコーナーポストにもたれかかってニヤニヤしていた。
「準備できたっす」
立神はトランクスに着替え終わった。
「よし、じゃあリングに上がれ」
立神は原田に言われて、リングに上がった。
「おおっ」
相手サイドからどよめきの声が上がった。
「見たか、石垣。こいつが俺の秘密兵器だ。こいつの筋骨隆々の身体にビビッただろう!」
原田は石垣を煽った。
(いや、体格よりもどっちかというとライオン顔の方だと思うけど)
井上はそんなことを思いながら、その様子を見ていた。
「じゃあ、始めるぞ」
ゴングが鳴った。
「お前、なかなか身体はできているようだが、それだけじゃあ、喧嘩は勝てねえぜ」
ジャックは立神に近づきながら言った。
「へえ、じゃあ他になにがいるの?」
「それはな、こういうことだ!」
ジャックはそう言うと、不意に頭突きを立神の鼻っ柱に打ち込んだ。
ガツンとジャックの額が、立神のライオン鼻に当たった。
「ああっ、汚ねえ! いきなり反則じゃねえか!」
井上はリングの下から叫んだ。
「グワハハハ、反則もクソもあるか! 勝てばいいんだ!」
石垣は怒鳴り返した。
(いや、これって確かボクシングの練習試合だったよね)
井上は思った。
「喧嘩で大事なのは不意打ちってことさ」
ジャックはニヤついた。
(いや、だからボクシングじゃなかったっけ)
井上はさらに思った。
頭突きを喰らった立神は、痛そうに鼻を押さえたが、あまりダメージはなさそうだった。
「ガハハハ、面白れぇ!」
立神は相手の反則にまったく怒っていないようだ。むしろ、少し喜んでいるぐらいである。
「俺も、行くぞー!」
立神は、ジャックに向かって行った。
「来やがれ、ライオン野郎!」
ジャックは向かってくる立神の顔面に向かって、強烈なパンチを繰り出した。
それを立神は、サッとかわし、右ストレートをジャックの顔に叩き込んだ。
それをもろに喰らったジャックは、ロープまで飛ばされた。そして、その反動で跳ね返って、立神の方に戻ってきた。
それに対して、立神は右腕を横に伸ばして、ラリアットを喰らわせた。
ジャックの喉元に、立神の太い腕がぶち当たり、ジャックの身体は宙に浮いた。
そして、そのままリングに倒れた。
ジャックはかなりのダメージのようだ。
「ガハハハ、これ、一回やってみたかったんだよ」
立神は嬉しそうである。
「ジャーック! 立てー!」
石垣がリングサイドから叫んだ。
さらに立神は、倒れたジャックを抱えて、ジャックの頭に噛みついた。
「ギャアアアアア!!」
ジャックの悲鳴がこだました。
「うわあああ、た、立神、やめろ!」
原田がさすがに止めに入った。
立神の大きなライオンの口の中に、ジャックの頭がすっぽり収まっている。
「バカ、出せ! 早く!」
原田は噛みついている立神の頭を叩きながら怒鳴った。
立神は口からジャックの頭を出した。
ジャックの頭には牙の痕が付いていた。
(確か今日はボクシングの練習試合に来たんだったよな?)
井上はその状況を見ながら、なにしに来たのかわからなくなった。
そして、すべての練習試合が終わった。
ジャック田中は救急車で運ばれた。
結局勝敗はあいまいにし、原田も石垣も痛み分けということで終わらせた。
「よし、じゃあ、帰るぞ」
原田が言うと、
「焼肉を食わせてくれる約束っすよね」
立神が大きな声で言った。
「えっ、なにそれ?」
それを聞いた他の部員がざわつく。
「そんなの聞いてないぞ」
「おい、焼肉ってなんだよ?」
部員が立神に詰め寄る。
「ああ、顧問が試合の後で焼肉奢ってくれるって約束なんだよ。だから俺は今日試合したんだ」
立神はあっさりバラしてしまった。
「お前、そういうことはきちんと覚えているのか?」
原田は苦々しく言った。
「顧問、それなら俺たちも当然焼肉奢ってくれますよね」
部員全員が今度は原田に詰め寄った。
原田としては逃げようがない。
「も、もちろんだ。じゃあ、このまま焼き肉屋に行くぞ」
原田は財布の中にいくらお金があるか考えていた。
その頃、華流高校の不良の一人が、火土井組の向島のところに駆け込んでいた。
「あいつ、いましたよ」
「なに! どこだ?」
「うちの学校です」
「学校? 華流高校か?」
「そうです。なんかボクシング部の練習試合かなにかのようです」
「ボクシング部? あのライオン野郎、ボクシングやるのか?」
「どうやら、そのようです」
「あいつ、強いのか?」
「それは、ちょっと。俺は試合は見ずに急いできたものですから」
「そうか。ボクシングねぇ」
「あの、なにか?」
「フフフ、いいこと思いついたぜ。なにもあいつをやるのにわざわざ法を犯すこともねえなって思ってな」
向島は不敵に笑った。
「さあ、食いたいだけ食え」
原田はやけくそだった。
「いただきまーす」
部員全員が、どんどん注文する。まったく遠慮というものがなかった。
育ち盛りで、しかも運動をしているので食欲はとめどなかった。
誰もがガツガツと肉を食べていく。
特に、立神と太田は別格だった。
二人は競うように食べていた。
「おい、立神。お前にはボクシングでは勝てねえが、食う量では負けないからな」
元相撲部の太田が言った。
「ガハハハ、俺だって食う方も自信はあるぜ」
立神も負けじと、箸を動かす。
「お前ら、ホント、よく食うよな」
井上が感心していた。
「まあ、ライト級のお前とは必要な燃料が違うからな」
太田は太った腹を叩いた。
「お前、それボクシングする体型じゃないぞ」
井上は笑った。
「ガハハハ、ボクシングってのは自由でいいよ。ボクシングがこんなに楽しいなんて知らなかったぜ」
立神は豪快に笑った。
「お前が今日やったのはボクシングじゃないから」
井上が訂正する。
「肉はやっぱり生が一番旨いな」
立神はそう言いながら、出てきた肉を途中からは焼かずに食べだした。
赤身だけではなくホルモンもまったく焼かずにバカバカと食べるのだ。
「おいおい、お前、焼かなくて大丈夫なのか?」
太田が心配そうだ。
「こいつは大丈夫だろう。顔見て言えよ」
井上が言った。
「それもそうか。見慣れたせいで忘れてた」
太田は頭を掻いた。
「ガハハハ。今日は徹底的に食うぞ」
立神のそのセリフに、原田はほとんど気を失いかけていた。