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第9話 練習試合

 土曜日になった。

「よし、今日は練習試合だ。お前ら気合入れて行けよ!」

 ボクシング部顧問の原田は集まった部員に檄を飛ばした。

「いいか、今日の相手の華流高校は、お前らもすでに知っているように、このあたりじゃワル学校で知られている。当然ボクシングの試合とはいっても油断はできん。ケンカのつもりで来ることは十分予想される。特にあそこの顧問の石垣は卑劣漢だから絶対なにか仕込んでくる。気を付けるんだぞ」

 原田は部員を見まわした。

「あれ、立神はどうした? まさかあいつ来てないのか?」

 原田は焦った。

「いえ、来てます。さっきコンビニで食うものを買ってくるって言ってましたけど」

 部員の一人が答えた。

「まったくあいつは緊張感がない奴だ」

 そこに立神が戻ってきた。手には山盛りのパンやおにぎりを持っている。

「お前、これからボクシングをやるんだぞ。そんなに食うのか?」

 原田は目を丸くしした。

「ガハハハ、いやぁ、朝飯食ったんすけど足りなくて。つい買い過ぎちゃいました」

 立神はそう言いながら、早速買ってきたパンを齧りだす。

「まったく、お前という奴は」

 原田としては、今日は立神に頑張ってもらわないと困るので、あまり言ってへそを曲げられたくなかった。

 とにかく華流高校の石垣だけには負けたくない。例え練習試合とはいえ、負けることは原田としては我慢ならなかった。

 それに石垣がなんの対策もせずにいるはずがない。そもそも今回の練習試合は石垣の方から申し込んできたのだ。

 それはつまり、石垣は勝てると思っているからこそなのだ。

 それがわかるだけに、原田としては警戒を怠れなかった。


 華流高校までは路線バスで移動だった。

 バスの中でも立神はムシャムシャと遠慮なくおにぎりやパンを食べた。

「おい、立神。バスで食べるからみんながこっちを見てるじゃないか。恥ずかしいからやめろよ」

 原田が注意した。

(いや、みんなが見てるのは立神の顔の問題だろう)

 それを聞いていた部員の一人が思った。

「立神、お前、それうまそうだな。俺にもちょっと分けてくれよ」

 元相撲部の巨漢、太田が言う。

「ほらよ」

 立神は、おにぎりを一個太田に渡した。

「おお、ありがとう!」

 太田はうまそうにそれを食った。

 立神は雄ライオンらしく、ボス的な性格であった。


 華流高校に着いた。

 土曜日だから基本的にあまり生徒はいない。部活で来ているのがチラホラいるだけだ。

 しかし、校門を入ろうとすると、華流高校の生徒が睨みを利かせてくる。

「なんだか、かなり敵意があるな」

 井上が言った。

「優越学園ってだけで気に入らいないんだろうな。偏差値三十以下のこいつらからしたら絶対入れない学校だからな」

 優越学園ボクシング部のメンバーはゾロゾロとつらって、華流高校ボクシング部の部室に向かった。途中壁などに落書きがあったり、割れたままになっている窓ガラスがあったりで、優越学園とはだいぶ雰囲気が違った。

「来やがったな、原田。今日はお前のところの生徒をボコボコにしてやるからな」

 華流高校ボクシング部顧問の石垣は、原田の顔を見るといきなりそう言ってきた。

「フン、舐めるな。お前のところ生徒こそボコボコになるんだ。首を洗って待ってろ」

 原田も言い返す。

「なんか、練習試合の雰囲気じゃないんだけど……」

 井上は不安そうだ。

「確かに、生徒もいかにも悪そうな連中ばかりだしな。眉毛のない奴とか、剃り込みを入れてる奴とか」

 太田も周りを見渡して言った。

「おい、井上! 太田! お前らがそんな弱気でどうするんだ。さあ、着替えてウォーミングアップだ」

 原田に言われて、部員は着替えて準備をした。

 そして、ある程度時間がたったところで、

「じゃあ、そろそろ練習試合を始めるか」

 石垣が言った。


 やり方としては、お互いに一人ずつ選手を出して試合をして行くという流れだった。

「じゃあ、まず井上! お前だ。いいか、お前はうちの部では一番ボクシングがうまいんだから、自信を持って行くんだぞ」

 県大会で優勝するぐらいの実力がある井上ではある。通常なら楽勝ということなのだろうが、ここの生徒は雰囲気が違った。クリーンな試合をできるかどうかがまず不安だ。

 井上の相手は、眉毛のないチンピラみたいな選手だった。

「ぶっ殺す!」

 相手はいきなりそんなことを言ってきた。

 ゴングが鳴る。

 相手は思い切り拳を振り回してかかって来た。どうやらボクシングに関してはまるっきりの素人のようだ。

 井上はあっさりその大振りパンチをダッキングでかわすと、思いきり右のパンチを顔面に叩き込んだ。

 肉を打つ音がして、相手はあっさりリングに沈んだ。

「ハハハ、見たか、石垣! これがうちの実力だ!」

 原田は手を叩いてはしゃいだ。

 井上はリングを降りた。

「良かったな。無事で」

 太田が言った。

「ああ、だけど相手は完全に素人だな。これだったらそんなにビビる必要もなさそうだぜ」

「そうか。よし、俺も頑張るわ」


 そこから何試合か行われて、そこからは一進一退だった。そこそこボクシングができる者もいたし、そうでない者もいた。勝ち負けの数はどちらも同じだった。


「よし、太田。今度はお前だ。お前なら大丈夫だ。頼んだぞ」

 原田は太田を送り出した。

「おおっ!」

 太田の巨漢に相手側から思わず声が上がった。

 太田は身長二メートル体重百五十キロだ。

(フフフ、この太田のデカさに相手はビビってるな)

 原田はニヤッとした。

 すると、華流高校からも負けず劣らずの巨漢がリングに上がった。

「ハハハ、見たか、原田。こいつはウチに秘密兵器だ!」

 石垣はその巨漢を指さして言った。

「久しぶりだな。太田」

 相手の選手が言った。

「あっ、お前は、北尾!」

 太田は驚いた。

「お前とはちびっこ相撲からのライバルだったが、お前がボクシングに転向したって聞いて、俺もボクシングをすることにしたんだ」

 北尾は睨みつけながら言う。

「なんだ、お前ら知り合いか?」

 原田が訊いた。

「ええ、そうです。こいつは北尾っていって、ちびっこ相撲でいつも決勝で当たってたんですよ。セコい相撲をすることで有名だったんです」

 太田の説明に、

「うるせえ! セコいのはお前の方だろうが!」

 と北尾が吠えた。

「なにを! お前はそんな巨漢のくせしてネコダマシとか使ってたじゃねえか!」

 太田が言い返す。

「やかましい! あれも一つの相撲の技だ!」

 北尾も下がらない。

「フン、お前、さっきボクシングに転向したって言ったけど、本当は相撲をクビになったんだろう。知ってるぜ。へへへ」

 太田は笑った。

「なに!」

「お前、手伝いに来てた相撲部の監督の奥さんのことをクソババアって呼んで追い出されたんだろう」

「う、うるせえ! 俺はボクシングに行きたくてわざとそんなことをしたんだ。そうでもしないと監督が俺を離してくれなかったからな」

 北尾はかなり狼狽していた。

「へへへ、なんとでも言い訳しな。どっちにしてもお前は今日、俺にノックアウトされるんだからな」

「やれるもんならやってみろ!」

 そこでゴングが鳴った。

 北尾は猛烈に殴りかかった。

 太田も下がりはしない。

 そこから一気に激しい殴り合いになった。

 太田が殴れば、北尾も殴った。

 まるで相撲の張り合いである。バチンバチンと肉を打つ音がした。

 お互いにボクシングらしくかわすということもせずに、激しく打ち合って、どちらも徐々にスタミナが消耗していった。しかも、二人ともデブなので汗がひどい。リングの上には二人の汗で水たまりができていた。

「はあ、はあ、コノヤロー、早く倒れやがれ」

 お互いに譲らず膠着状態になった。

(もう、これ以上はスタミナの限界だ。次の一発にすべてを賭ける!)

 太田はそう心に決めて、渾身の右ストレートを放った。

 しかし、踏み出した脚が汗でツルッと滑った。

「わっ!」

 太田はそのままひっくり返り、リングで頭を打ってそのまま立てずKО負けになった。

「お前、なにやってるんだ」

「すみません」

 太田は恥ずかしそうにリングを降りた。


「ワハハハ、原田、お前の選手は情けないのう。自爆で負けるんだからな。今度はこっちは最終兵器を出させてもらうぞ」

 石垣がそう言うと、リングに黒人の選手が上がった。

 身体中の筋肉が盛り上がり、身長も百八十以上ある。

「こいつはジャック田中。米兵と日本人のハーフでな。アメリカでギャングをやっていたところを俺がスカウトして来たんだ。日本のワルなんて目じゃねえぜ」

(さっきからもうボクシングは関係なくなってるじゃん)

 井上はリングの下で思った。

「お前、卑怯だぞ、そんな奴を連れてくるなんて!」

 原田が吠えた。

「やかましいわい。お前には絶対負けねえ。そのためだったらなんだってするぜ」

「コノヤロー。卑怯な手を使いやがって。だがな、こっちも奥の手があるぜ。立神、出番だ!」

 原田が言った。

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