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第8話 お弁当

「あ、立神君、おはよう」

 佐藤が登校してきた立神に言った。

「おう、おはよう」

「あれ、なに持ってんの?」

 立神の手には手紙のようなものがあった。

「あれ、お前それってひょっとしてあの伊集院留美とかいう子からのラブレターか?」

 宮下がからかった。

「違うわい! これはさっき校門のところにいた不良みたいな奴に渡されたんだよ」

 立神が説明した。

「へえ、不良みたいな奴ねぇ。ちょっと見せてくれる」

 佐藤が立神の持っている手紙のようなものを受け取って見た。

「わああ、立神君、これ果たし状って書いてあるよ」

「果たし状? なにそれ?」

「中身を読むよ。ええっと、立神へ、お前は俺の舎弟である坂上をひどい目に遭わせた。このまま済ますわけにはいかねえから、今晩十時、三丁目のビル解体現場に来い。火土井ひどい組 向島って書いてるよ」

「ええ! そんなこと書いてるの。っていうか、いまどきそんな果たし状ってあるんだな。しかしこれ、手書きで汚い字だなぁ」

 一緒に聞いていた宮下が言う。

「火土井組ってこの街を牛耳ってるっていう、あの暴力団のことだよね?」

 佐藤が宮下に確認した。

「そうだと思う。ということは、立神は暴力団の組員に狙われてるってことか。これはヤバいぞ、立神」

 宮下は深刻な顔をした。

「そんなにヤバいのか? 暴力団て」

 立神はあまり状況を理解していないようだった。

「そ、そりゃ、ヤクザだからな。お前ただじゃ済まねえぞ」

「それにしても高校一年でヤクザに睨まれるなんてことあるんだね」

 佐藤もどちらかというと、あまり現実感がなかった。

「まあ、この前やっつけた助っ人の坂上ていうのが、ややこしい関係者だったってことだろうな」

 宮下の説明に、佐藤もうなずいた。

「面倒くせえなぁ」

 立神はまったく動揺していなかった。

「お前、怖くないのか?」

「別に。だって、俺は毎日ヤクザよりも恐ろしいオヤジと暮らしてるし」

「は、はあ、そんなにオヤジさんは怖いのか?」

「怖いなんてもんじゃねえよ」

 その言葉に宮下と佐藤は顔を合わせた。

(オヤジさんもライオンだろうから、そりゃまあ、怖いか)



 昼休みになった。

「立神君、お弁当作って来たわよ」

 留美が弁当を持って立神のいる教室にやってきた。

 留美はカバのような顔をニコニコさせている。

「おいおい、立神。お前の彼女か?」

 クラスメイトが冷やかした。

「違う! そんなわけないだろう」

 立神はからかったクラスメイトをぶん殴った。

 そのクラスメイトは医務室に運ばれた。

「なにしに来たんだ?」

 立神は留美の方を見ずに言った。

「なにって、お弁当を持ってきたんじゃない。さあ、食べて。おいしいわよ。あなたの好きそうな肉をいっぱい入れてきたから」

 留美はそう言って弁当箱を開けた。

 すると確かに旨そうな料理が詰まっていた。

「勝手なことすんな!」

 立神は怒鳴った。

「やだぁ、もう、遠慮することないのよ。私が好きでやってることなんだから。ウフ」

 留美は立神をあやすように言うのだった。

「立神君、食べてやりなよ。せっかく作ってきたくれたんだから」

 佐藤が言った。

「そうだよ。旨そうじゃないか。愛情も詰まってるようだし。ププッ」

 宮下は笑いをこらえていた。

「テメーら。他人事だと思って……」

 立神は顔を赤くしていた。

「じゃあ、食べてね。私がいたら食べにくいでしょうから、私は自分の教室に戻るわ。お弁当箱は後で取りに来るからね」

 そう言うと留美はいなくなった。

「ああっ、ちょっと待て」

 立神が止めても、留美はもうすでにいなかった。

「おい、あれはマジだぞ。立神、どうする?」

「どうするって言っても、とりあえずもったいないから食べるしかないだろう。捨てるわけにもいかんし」

 立神は留美がくれた弁当を眺めた。

「そうだよ。立神君。おいしそうなんだし、とりあえず食べてあげなよ」

 佐藤が言った。

 立神は仕方なしに留美のくれた弁当を食べだした。

 すると、その様子を見ていたクラスのマドンナ桐生真希が近づいてきた。

「立神君ってモテるのね」

 と言うのだった。

「いや、モテるって言っても、あのカバじゃあなぁ」

「立神君、人の見た目のことを言っちゃダメよ。特に女子のことはダメ」

 真希は飛び切り美人な上に聖母のような人格の持ち主だ。やさしく諭してきた。

 それに対しては、さすがの立神もなにも言い返せなかった。

「でも、彼女がうらやましいわ……ハッ! いやだ、私……」

 そう言うと真希は顔を赤らめて離れて行った。

 そんな乙女の恥じらいも知らずに、立神はもらった弁当をがっつき、自分の持ってきた弁当も続けざまに食べた。

「あのカバの料理、案外旨かったなぁ」

 立神は腹をさすりながら言う。

「良かったね、立神君」

「立神さあ、これから毎日あの女は弁当を持ってくるんじゃないのか?」

「えっ? あのカバが?」

「そうだよ。だって、今日持ってきて、そいつをきれいに食べたってことは、明日も当然持ってくるだろう」

「ま、まずい。全部食べてしまったぞ!」

「しかも、舐めたみたいにきれいに食べてるよね」

 佐藤が言う。

「あまりに旨かったから、つい……」

「もうお前、あの女から逃げられないんじゃないのか。ププッ」

「宮下、テメー、なにが面白いんだ!」

「わああ、待て待て。殴るな。なんとかあの女から逃れる方法を一緒に考えてやるからさ」

「頼むぞ。しっかり考えてくれよ。俺はあんなカバみたいな女と付き合う気はないからな」

「わかった、わかった」


 昼休みが終わる直前、留美が弁当箱を取りに来た。

 すると案の定、

「うわあ、立神君、全部食べてくれたのね。嬉しい! 明日からも作ってあげるからね。じゃあ」

 と大喜びで帰っていった。

「俺はどうしたらいいんだ……」

 立神は女が相手だけにいつもの調子が出なかった。

「立神君……」

 その様子を見ていた真希は、聞こえないぐらいの小さい声でつぶやいた。


 放課後、帰ろうとする立神のところに、ボクシング部の顧問原田が来た。

「立神、今日は逃がさねえぞ。さあ、練習に行くぞ」

 原田は立神の腕をつかんだ。

「どこ行くんすか?」

「バカやろう。ボクシング部の部室だ。決まってんだろう。焼肉を食わせたのに練習をずっとサボりやがって」

 原田は立神をボクシング部の部室まで連れて行った。

 部室ではすでに練習が始まっていた。

 部員は立神を見てもビビって近づいて来ようともしない。前のことがあるので、一緒に練習がしたくないという感じがアリアリだ。

「おい、集合だ」

 原田は部員を集めた。

「今度の土曜日、華流高校と練習試合をすることになった。いいか、練習試合って言っても相手は容赦してこないからな。お前たちも本気でやるんだぞ」

「はい」

 部員は大きく返事した。

「立神、お前も練習試合に参加するんだぞ」

「えええ、面倒だなぁ」

 立神は露骨に嫌そうな顔をした。

「バカやろう。いいか、練習試合の後は、また焼肉を奢ってやるから」

 原田は後半部分は、他の部員に聞こえないように小声で言った。

「焼肉か! じゃあ、頑張るよ」

 立神は単純だった。

(華流高校ボクシング部の顧問は俺と大学時代ライバルだった石垣だ。あんな奴のところに練習試合とはいえ負けるわけにはいかねえ。こっちにはこの立神がいるからな。フフフ、目にもの見せてやるぜ)

 原田はほくそ笑んだ。

「さあ、それじゃあ、練習を始めるぞ」

 それから練習は始まったが、立神がスパーリングを始めたら、すぐに終わった。

 部員が全員あっと言う間に倒されてしまったからだ。


「遅い! どうなってるんだ。ちゃんと果たし状は渡したんだろうな?」

 向島は三丁目のビル解体現場でイライラして待っていた。

「すみません。ちゃんと渡したんですが……」

「クソー、すっぽかしやがったのか。ますます許せねえ」

 向島は歯ぎしりをした。 

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