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第7話 告白

 ホームルームも終わり放課後になった。

 クラスの誰もがさっさと教室から出て行った。

「さあ、帰るか」

 立神も立ち上がった。

「おい、立神。お前、今日は放課後に隣のクラスの女子と会うんじゃないのか?」

 宮下が言った。

「なんのことだ、いったい?」

 立神はやはり覚えていなかった。

「ほら、朝に隣のクラスの女子が声かけてきたじゃん。お前を好きな子がいるって」

「ああ、そんなことあったような」

「せっかくだから会ってやりなよ」

 佐藤が言った。

「でも、女とどうこうっていうのは、オヤジがうるさいからなぁ」

「立神のオヤジさんてどんな人なんだ?」

「それは、なんて言うか、パッと見は俺とよく似ているんだが、とにかく厳しい人だ」

「立神君と似ているってことは……」

 佐藤と宮下は想像した。

(まあ、この顔は遺伝しかないよな。それに人間からするとライオンの顔ってほとんど判別つかないから、たぶんこの父子は実質同じ顔なんだろうな)

「悪い人ではないんだけど、代々息子を厳しく育てるというのが伝統なんだよ。かわいい子を地獄に突き落とすっていうあれだよ」

「地獄じゃなくて谷だろう。地獄はひどすぎるよ。自力じゃ這い上がれないし」

 佐藤が訂正した。

「とにかく、俺は家に帰ったら落ち着く暇がないんだ」

 立神は遠くを見つめて言うのだった。

「は、はあ」

 佐藤と宮下はどう返して良いのかわからなかった。


「立神くーん。迎えに来たよ」

 声の主は今朝来た隣のクラスの女子だった。

「ほら、立神。頑張れよ」

 宮下は立神の肩を叩いた。

「頑張れって言ってもなぁ」

 立神は頭を掻いた。

「あれ、立神君、ひょっとしてこういうのは苦手なの?」

 佐藤がからかうように言った。

「いや、苦手ということでもないけど、どうしたらいいんだ?」

 立神は少し顔を赤らめていた。

 ライオンの頬の血色が少し良くなっている。

「どうしたらいいって、そんなのはその子と会って、気に入ったら付き合えばいいじゃないか」

「う、うん。ま、まぁ、そうなんだが……さっきも言ったように俺のオヤジは女のことにはうるさいから」

 立神はいつになく自信なさげで、もじもじした。

「おいおい、お前本当に苦手なのか?」

 宮下は驚いて言った。

「そういうわけではないが、ただ、慣れていないというか……」

「ハハハ、お前にそんな面があったなんて、なんか安心するよ」

 そう言って宮下と佐藤は笑った。

「お前ら、ついてきてくれ」

「え?」

「ついてきてくれよ」

「い、いや、それはまずいんじゃないか? お前一人で行ったほうがいいと思うけど。こういうことは」

「頼む!」

 立神がライオン頭を下げた。たてがみがそよいだ。

「わ、わかったよ。ついて行ってやるよ。なぁ、佐藤」

「あ、ああ」


 そうして、宮下と佐藤がついて、立神は女子二人の後について行った。

「彼女、体育館の裏で待ってるから」

 女子の一人が言った。

「どんな子かな?」

「かわいかったらいいのにな」

 佐藤と宮下は自分のことのように楽しみだった。

 しかし、立神はどことなくぎこちない。こういう経験がまったくないのだろう。

 五人は体育館の裏に行くと、そこには一人の女子が反対方向を向いて立っていた。

「おいおい、あの背中の感じは、ひょっとしてかわいいんじゃないか」

 宮下が立神を突く。

「ホントだ。あの感じは悪くないよ」

 佐藤も同意した。

 その女子は髪はサラサラとしたミドルで、身体は中肉中背だ。脚はすらりとしていてスタイルは良い。

「留美! 来てもらったわよ」

 女子の一人がその待っている子を呼んだ。

 留美と呼ばれた子が振り返った。

「あっ」

 宮下は思わず声を漏らした。

「この子が立神君のことが好きな伊集院留美。よろしくね」

 留美はそう紹介されて、頭を下げた。

「あたし、留美。よろしくね。立神君のこと大好きなの。付き合ってくれるでしょ!」

 留美はまったく照れる様子もなく、堂々と告白してきた。

 しかし、立神は身を固くしてなにも言わない。

「あの、立神君、なにか言ってやったら」

 黙っている立神に佐藤が促した。

「ねえ、立神君。上品なかわいい子でしょう。お付き合いしてくれるわよね」

「絶対オッケーよ。ね、立神君にピッタリでしょう。交際するでしょう」

 留美を紹介した女子二人は楽しそうにそんなことを言った。

 それでも立神は黙っていた。

「な、なあ、立神。なにか言わないとまずいよ」

 宮下も促した。

「ねえ、立神君、もし結婚ってことになったら、私たちも式に呼んでよね」

「そうよ。子供なんてできたら、キャー、どんなかわいい子かしら」

 女子二人はやたらとはしゃいでいた。

「やめてよー。もう恥ずかしいじゃない。立神君も困ってるわ」

 留美はそう言いながら満更でもなさそうだ。

 その状況に、宮下と佐藤は立神を見た。

 すると立神は細かくプルプルと震えていた。 

 そして、

「ふ、ふ、ふざけるなー!!」

 と、立神は急に大きな声で吠えた。

「ど、どうしたの? 立神君」

 女子たちはあたふたした。

「どうしたもこうしたもあるか。こんなドブスと付き合えるか!」

 立神は遠慮なく言い放った。

「まあまあ、立神君。そんなにはっきり言っちゃ悪いよ」

 佐藤は立神をなだめた。

「そうだよ。落ち着け、落ち着け」

 宮下も慌ててなだめるのだった。

「帰るぞ」

 立神はそう言うとプンプンと怒りながら振り返って帰っていった。

 佐藤と宮下もそれに続いた。

「もう、立神君たら、素直じゃないんだから」

 留美はクネクネと甘えるように身体をくねらせた。

「ホント。かわいいわね。男子って高校生になってもまだまだ子供ね」

「照れてるみたいだから時間をかけてあげた方が良さそうね」

 女子たちはそんな会話をしながら、去っていく立神を見ていた。


「あれはないよなぁ」

 宮下が言った。

「さすがに俺もフォロー出来ないよ」

 佐藤も言った。

 伊集院留美の顔は、ほぼカバだった。鼻の穴は十円玉ぐらい大きくて上を向いているし、口はスイカを丸呑みできそうなぐらい大きい。目はクルッとしているので、そこだけをとらえたらかわいいと言えなくもないが、それは人間としてのかわいさではなく、カバとしてのかわいさだ。

「この俺様にあんなドブスを紹介するなんて。しかも、俺にピッタリって言いやがった」

 立神は怒り心頭だ。

「しかし、立神にピッタリってのはある意味わかる気もするけど……」

「そ、そうだよね。野生の王国的な」

 宮下と佐藤は立神に聞こえないようにコソコソ言った。


 その頃、華流高校の不良たちは先輩を連れて、立神にやられた坂上の見舞いに来ていた。

「こんな姿にしやがって。許せねえ」

 先輩の向島は怒りに震えた。

 坂上は、立神に強烈ビンタを喰らったせいで、首を脱臼していた。そして、いまはコルセットを嵌めてまったく動かせない状態だった。

「アニキ、すみません。こんな情けないことになって」

 坂上は涙ながらに謝った。

「いや、お前が悪いんじゃねえ。俺の読みがちょっと甘かったんだ。まさか高校生でそんなのがいるとはな」

 向島は本当に反省していた。

「それにしても、そんなに奴が強ぇってことは、こっちも本腰入れてかからないとな」

「そりゃ、もう、強いってもんじゃなかったっすよ。俺たちの想定を軽く超えてきましたよ」

 華流高校の不良は話した。

「坂上、お前はどう思う?」

 向島が訊く。

「あいつ相手に素手では難しいと思います。なにか獲物があった方がいいじゃないですか」

「ほう、獲物ねぇ。フフフ」

 向島は不敵に笑った。


「立神ー!! どこだー!」

 その頃、ボクシング部の顧問原田は、立神を探して学校中をさまよっていた。


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