「立神君、これ食べる。俺はなんだか腹の調子が悪くてさ。残すのももったいないから良かったら食べてよ」
佐藤は腹をさすりながら、自分の弁当を差し出した。弁当にはハンバーグをメインにいろいろ入っている。
「えっ、いいのか? じゃあ、もらうよ」
立神は、三時間目に早弁でいつもの特大弁当は食べてしまっていた。
学食に行くところを、佐藤が声をかけたのだ。
立神は佐藤のあげた弁当をあっと言う間に食べてしまった。
「いや、なかなかうまかった。お前のおふくろさんは料理がうまいな」
「立神君のいつもの弁当はお母さんが作ってくれてるの?」
「ああ、そうだ。うちのおふくろも料理は得意だぜ。へへへ」
立神は少し自慢げだ。
「そうだろうね。いつもおいしそうな弁当だし」
そして、放課後、立神と佐藤と宮下は一緒に下校した。
「あ、痛てて」
立神が腹をさすった。
「どうしたの?」
佐藤が言った。
「いや、なんだかちょっと腹の調子が……」
「なんだよ、立神。なんか悪いものでも食ったんじゃないのか?」
宮下が言った。
「いや、そんなことはないと思うけど……」
「そう言えば、少し顔色も悪いな」
宮下はライオンの顔色がわかるようになっていた。慣れとは恐ろしいものである。
「あ、ひょっとしたら俺があげた弁当のせいかな?」
佐藤は心配そうだ。
「うん? いやあ、あれは普通に旨かったから、そんなことはないと思うぞ」
立神はやはり腹をさすっていた。
「それにしても、お前のようなのが腹が痛いなんて、なんか信じられないよ」
宮下の言葉に、佐藤もうなずいた。
「俺も、腹が痛いなんていつ以来か覚えてない」
「まあ、立神君の場合は、だいたいのことを忘れているからねぇ」
「ハハハ、それもそうだ」
三人は仲良くそんなことを言いながら帰っていたら、前に河川敷で対決した不良たちが現れた。
今日は前に見た三人に知らない一人が一緒だった。
その一人は高校生ではないようだ。服装などはいかにも悪そうな雰囲気で、絵に描いたようなチンピラだ。
「おい、この前は世話になったな。ちょっとツラ貸せや」
不良の一人が言う。
「なんだよ。面倒くせえなぁ」
立神は心底面倒くさそうだ。
「大丈夫か?」
「いや、大丈夫じゃなさそう。きっと仕返しに来たんだよ」
佐藤と宮下は小声で話した。
佐藤と宮下は関わりたくなかったが、この状況では逃げるわけにもいかない。
「いいから来な」
不良どもが立神たち三人を取り囲んだ。
「わかったよ。ついて行けばいいんだろう」
立神はそう言って、不良に連れられるままについて行った。
佐藤と宮下も仕方なしにその後に続いた。
そして、近所の公園に来た。
「この前はやってくれたな。石渡は入院したぜ。全治一か月だそうだ」
不良の一人が言う。
「石渡って誰だ?」
立神が言った。
「お前、忘れたのか? 前にお前が半殺しにした奴だよ」
「ああ、あいつ石渡っていうのか。それで今日はなに?」
「フン、今日はな、俺たちの先輩の舎弟の人に来てもらったぜ。坂上さんだ」
坂上がグイっと前に歩み出た。
「はあ、それでなにすんの?」
立神はいまいち興味がなさそうだ。それよりも腹の調子の方が気になっているようだった。
「俺はお前に恨みはないが、兄貴に頼まれたんでな。悪いが石渡と同程度に半殺しにさせてもらうぜ」
坂上がすごんで見せた。
坂上は身長こそ並程度だが、首や腕は太く発達していた。いかにも力があるという感じだ。
「それならそうと早くしてくれる。俺、早く家に帰りたいんだ」
立神は腹をさする。
「テメー、舐めやがって」
立神の様子に坂上はギリギリと歯ぎしりした。
「坂上さん、やっちゃってください!」
「おう、任せとけ!」
坂上はさっと構えた。
(このライオン頭め。鍛え抜かれたレスリングの技であっさり地面に投げ倒して、それからボコボコにしてやるぜ。素人高校生相手に本職が本気を出すのもみっともないが、こいつの舐めた態度は許せねえ)
坂上はカッカしていた。
立神は腹が痛いのか、少し前かがみだ。
(なに! こいつ俺がタックルに来ると見切ってるのか? 前かがみになって警戒している?)
「早くしてくれ!」
構えている坂上に立神は催促する。
「コノヤローが!」
坂上はわずかにフェイントをかけて、一気にタックルに行った。
すると、立神はフェイントにはまったく惑わされることなく、頭から向かってきた坂上の顔面に強烈なビンタを喰らわせた。
バビンッ!!!!
空気が割れるような音がして、坂上の顔は明後日の方向に向いてしまった。そして、坂上はそのまま地面に倒れた。
「ヤバい!」
立神はそう言ったかと思うと、慌てて公園のトイレに駆け込んだ。
そして、
「ブリブリブリ、ブリブリブリ!!」
と、大きな音を立てて出すべきものを出した。
坂上は地面に倒れて、白目を剥いて気を失っている。
「さ、坂上さん!!」
不良たちが駆け寄った。
「しっかりしてください!」
不良の呼びかけに反応がない。
「ヤバいぞ。首が回ってはいけないところまで回っているぞ。早く病院へ運べ!」
不良三人は気絶している坂上を抱えるようにして去っていった。
そこにスッキリした立神が出てきた。
「いやあ、参った参った。でも、出したらスッキリしたよ」
立神はそんなことを言いながら、すっかり笑顔だ。
「立神君、大丈夫か?」
「ああ、腹はもう大丈夫だ。あれ、あいつらは?」
「あの坂上って人が気を失ったんで、病院に行ったみたい」
「そうなのか。なんだ。腹がスッキリしたから、これから本気で相手をしようと思ったのに。残念だな。ガハハハ」
「まあ、無事で良かったよ」
宮下は言った。
「立神のヤロー! また練習をサボりやがって」
ボクシング部の顧問、原田は今日も苛立っていた。
「立神君、おはよう」
翌日、立神が学校に来ると、隣のクラスの女子二人が声をかけた。
「なにか用か?」
「立神君にちょっと質問なんだけど、立神君て彼女とかいるの?」
女子の一人が言う。
「彼女なんていねえ」
「いないんだ。良かった。実はさ、私たちの友達で立神君のことが好きって子がいるんだけど、会ってやってくれないかな?」
「ふーん。俺、そういうの興味ないんだけど」
「そんなこと言わないでさ、その子、本気なのよ。ちょっとだけでいいからさぁ」
「まぁ、別に会うぐらいだったらいいけど」
「やった! じゃあ、今日の放課後ね。お願いよ。二組に迎えに来るから」
女子二人は、そう言うと自分たちの教室に戻っていった。
「おい、立神。聞いたぞ。モテモテじゃん」
宮下が立神の腕を突く。
「フン、女なんて興味ねえよ」
「強がるなよ。かわいい子だったらいいのにな」
「どうせ、ドブスに決まってる」
「そんなことないだろう。俺はたぶんかわいい子だと思うよ」
佐藤が言った。
「まあ、どんな子だとしても、俺は興味はない」
立神は本当に興味がなさそうだった。
「でも、お前、そんなこと言っておきながら、かわいかったら付き合うんだろう?」
「さあね。俺はそんなことにうつつを抜かしているわけにはいかねえんだ」
「どういうことなの?」
「俺はオヤジに言われてるんだ。女は男を狂わすから一人前になるまでは女を知ってはならんってね」
「そうなの? でも、いまどきそんなこと言う親がいるんだな」
「うちのオヤジは特別さ。昔気質というか」
昔気質かどうかはともかく、特別であることは理解できる佐藤と宮下だった。