「不良が立神に挨拶に来るって、あいつって有名なのか?」
岸田が訊いた。
いまは朝のホームルームが始まる前だ。
「さあ、わからないけど、でも、確かにそう言ったんだよ」
佐藤が答えた。
「でも、立神が有名っていうのはわかる気がするけどな」
そのやり取りを聞いていた宮下が言う。
「あの顔だからねぇ」
そこに立神が来た。
「あ、立神君。大変だよ」
佐藤が言った。
「うん? なんだ、地味キャラの佐藤。どうした?」
「実は、俺、カツアゲされたんだけど、その相手の不良が君に挨拶に来るって言ってたんだ」
佐藤は昨日のカツアゲされた時の状況を話した。
「挨拶? 転校祝いなんていいのになぁ」
立神はあまり興味なさそうに言った。
「いや、転校祝いじゃないと思うよ。相手はたぶん
「転校祝いじゃないってことは、なんの挨拶だ?」
「不良が挨拶っていうと、喧嘩をしに来るというか、締めに来るというか、そういうことだと思うよ」
「おっ、喧嘩か、それなら面白そうだ」
「あの、でも相手は四人だよ。大丈夫?」
「大丈夫だ。俺はこう見えても結構喧嘩には自信があるんだ」
(こう見えてもって、十分強そうな見た目だけどね)
「ま、まあ、とにかくそういうことらしいから気を付けて」
「ガハハハ、任せとけ。お前のカツアゲされた金もついでに取り返してやるよ」
立神の様子だとまったく問題はなさそうだった。
その日の放課後、佐藤と宮下は立神と一緒に下校しようと校門を出たら、そこに佐藤をカツアゲした華流高校の不良がいた。四人だ。
「おい、お前が転校生だな?」
不良のリーダーが声をかけてきた。
「うん? 誰、お前?」
立神は返した。
「うっ」
不良たちは立神の顔を実際に見て一瞬ビビった。
「俺は、華流高校の番長やってる石渡だ」
石渡はリーゼントを決めている。身体も立神に負けないぐらいの大柄だ。
石渡も少しビビったが、ここでビビっていては話にならないと気合を入れなおした。
「へえ、それで何か用?」
いかにも悪そうな不良に絡まれても、立神はまったく怖がる素振りも見せなかった。
「立神君、たぶん朝話した挨拶ってのに来たんだと思うよ」
佐藤がコソコソと立神の耳元で話した。
「そんなこと聞いてないぞ」
立神はすでに忘れていた。
「言ったじゃないか。とにかくこの連中に、俺はカツアゲされたんだよ」
「そうなのか?」
立神は初めて聞いたようなリアクションだ。
佐藤はもう言うことがなかった。
「なにをコソコソ話してるんだ。ちょっとそこまで付き合ってもらうぜ」
石渡はそう言って、立神、佐藤、宮下の三人を連れて近くの河川敷まで行った。
周りは他の不良どもに囲まれているので逃げられない。
いや、逃げることはできるのかもしれないが、そんな雰囲気ではなかった。
「ここなら邪魔も入らねえ。俺と勝負しろ!」
石渡は立神に言い放った。
「お、喧嘩か」
立神はここに来てやって状況を理解したようだ。
「立神君、大丈夫か?」
佐藤は心配そうだ。
「立神、相手は四人だぞ。それにあんな連中だ、どんな卑怯な手を使ってくるかわからないぞ」
宮下も心配そうに言うのだった。
「ガハハハ、心配するな。俺、こういうの好きなんだ」
立神はまったく動揺していなかった。
「ゴチャゴチャ言ってねえでかかって来な。来ないならこっちから行くぜ!」
(俺が手ぶらで来てると思ったら大間違いだぜ。こうやって話をしている間に、手にはすでにメリケンサックを装着済みだ。こいつで殴れば一発だぜ)
石渡は、飛び掛かるように立神に殴りかかった。
しかし、その拳が立神に当たる前に、立神の蹴りが石渡の腹に入った。
「ウグッ」
強烈な蹴りに、石渡はその場にくの字に折れ曲がって倒れた。
「石渡ー!!!!」
不良仲間が叫んだ。
「ヒャッホー!!」
立神は愉しそうに雄たけびを上げると、倒れた石渡に馬乗りになり、ボコボコに殴った。
「いやあ、男の同士っていうのは、こうやって拳で語りあるものなんだなぁ。青春ドラマで見て憧れてたんだぁ」
殴られ過ぎて石渡は既に意識がない。
「ストップ、ストップ! 立神君、それぐらいでやめないとまずいよ」
佐藤が楽しんでいる立神を止めに入った。
「あ、そうか。悪ぃ、悪ぃ。ガハハハ」
立神は立ち上がって、残りの不良三人を見た。
「さあ、今度はお前たちと語らおうじゃないか!」
立神は二ッと笑った。鋭い牙が西日に光る。
「ヒイイイイイ。ゆ、許してください!」
不良たちは完全にビビって震えあがっていた。
「こ、これはその彼からカツアゲしたお金です。利子もつけて返しますので、どうかお納めください」
不良はお金を佐藤に渡した。
「では、これで失礼します」
不良たちはそう言うと、ボロ雑巾のようになっている石渡を担いで逃げるように去っていった。
「おーい、待てよ。俺はもっとお前たちと青春を謳歌したいんだぁ」
立神はそんなことを言っている。
しかし、不良たちは振り返ることなく、一目散に逃げていった。
「いやぁ、楽しかったな。やっぱ、男の青春っていうのは河川敷での殴り合いだな。俺にもいい青春の一ページができたぜ。ガハハハハ」
立神はのんきにそんなことを言っている。
「ま、とにかく良かったな。仕返しもできたし、佐藤のお金も返って来たし」
宮下が佐藤の肩を叩いた。
「良かったよ。まあ、ちょっとやり過ぎた感じもするけど……」
佐藤は沈みかかる夕日を眺めた。
「あ、そうだ! お礼といってはなんだけど、二人にラーメンでも奢るよ」
「お、そいつはいいな。行こう行こう」
三人はラーメン屋に向かった。
「さあ、二人とも食べてくれよ。ここのラーメン旨いんだ」
三人はラーメン屋のカウンターに並んで座っていた。
「おう、旨そうだ。いただくぜ」
「いただきまーす」
立神と宮下はそう言ってラーメンを食べだした。
「アチィ!」
立神はラーメンを食べようとしたが、ライオンの口なのでうまく啜れないようだった。
その頃、ボクシング部の部室では、原田がイライラしていた。
「立神のヤロウ、焼肉をバカバカ食っといて、いきなり練習をサボるとは許せねえ」
そう言ってサンドバッグを力いっぱい殴った。
石渡を連れて帰った不良たちは、極道の道に入った先輩に今日の出来事を話していた。
「とにかく、やたらと強い奴なんですよ」
「顔はライオンでかなり凶暴なんです」
極道の先輩は興味深そうに聞いていた。
「その、顔がライオンってのはなんだ?」
「だから、そのう、つまり首から上がライオンでして」
「ほう、そいつは面白い」
先輩の目が光る。
「あの石渡を簡単にボコってしまいましたよ」
「そんな奴がこの街をのさばるってのは良くないよな?」
「そりゃそうですよ。先輩、あいつを締めてくださいよ」
「フフフ、まあ、そう焦るな。俺はもう組員だぜ。子供の喧嘩にそうそう簡単にでしゃばるってのもカッコがつかねえ」
先輩はタバコを咥えて火を点けた。
「でも、先輩。このままじゃあ、俺たちは納得できねえよ。石渡のこともあるし」
不良の一人が訴える。
「わかった。それじゃあ、俺の舎弟でまずは様子見だな。まあ、もっともそいつにやられてすぐにこの話は終わりそうだが。ハハハ」
先輩は鷹揚に言った。
「そ、そんなすごい舎弟がいるんですか?」
「ああ、そいつはレスリングで国体に出たけど、試合中にやり過ぎて相手に重傷を負わせたって奴だ。それでいまは俺の舎弟をやってる」
「そ、それはすごいですね。そいつなら勝てそうです」
「ま、所詮は子供の喧嘩だからな。本職のヤクザには敵わねえってことだ」