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第3話 サッカー

 体育の時間だ。

「今日はサッカーをするからな。一組と二組の対抗戦だ。スポーツマンシップにのっとってしっかり頑張るように」

 体育教師の酒井が言った。

「サッカーか。それなら俺たち一組が完全に有利だよな。なにせ本多がいるんだから」

 一組の一人が言った。

 本多は卒業と同時にプロに行くことがほぼ決まっているサッカー部のエースだ。

 スカウトの目に中学の時からすでにとまっていて、優越学園にも鳴り物入りで入ってきた。

「まあ、俺もそれなりにやるけど、みんな頑張ってくれよ」

 本多はそう言って余裕の笑いを見せた。

「そうだよな。、あんまり本多が本気を出すと、二組の連中がかわいそうだよ」


「クソー、あいつら言いたい放題言いやがって」

 二組の生徒はムッとしていた。

「だけど、俺たちには立神君がいるよ」

 佐藤が言った。

「ああ、そうだ。立神、お前サッカーは得意か?」

 一人が訊く。

「サッカーは俺が好きなスポーツの一つだぜ。任せておけ。前もワールドカップをテレビで観た」

 立神は自信たっぷりだ。これなら安心できるとクラスメイトは思った。

「じゃあ、立神はどのポジションがいいかな?」

「それは、背も高いしキーパーがいいんじゃないのか?」

「それもそうだな。じゃあ、立神はキーパーをやってくれよ」

「任せろ。俺がキーパーをやればゴールネットが揺れることはないぜ」

 立神はライオン顔でニヤッとした。牙がキラッと光る。

 いかにも頼もしそうだ。


「さあ、始めるぞ」

 体育教師の酒井の声で、みんなグランドの定位置に着いた。

 ホイッスルが鳴る。

 すると、一組の本多がすぐにボールをキープし、あっさりと四人を抜いてゴール前に来た。

(まったく余裕過ぎるぜ。素人相手にあんまり真面目にやっても、逆にプライドが傷つくってもんだ)

 本多はゴールに向けてシュートを放った。あまり本気のシュートではない。素人相手に本気のシュートを打つ必要はないと思ったのだ。

 するとそのシュートを、キーパーの立神は片手であっさりキャッチした。

「なに?!」

 本多は本気のシュートではなかったものの、片手で簡単にキャッチされたことに驚いた。

(あいつ、例の転校生か。がたいがやたらといいが、本気ではなかっとはいえ、俺のシュートを片手で取るとはやってくれるじゃねえか)

 本多は、これは少しは本気にならないとダメだと感じた。


 立神は取ったボールを、相手ゴールに向けて思いきり蹴った。

 すると、バスンっという音がして、ボールは唸りを上げて弾丸のように飛び、それが味方のディフェンダーをしていた岸田の顔面に直撃した。

「ギャアアアアアアアアアア」

 顔面直撃を喰らった生徒は、鼻血を垂らしながらそのまま後ろに倒れた。

「おい、岸田、大丈夫か?」

 周りにクラスメイトが集まったが、岸田は意識が朦朧としているようなので、とりあえずグランドの外に運ばれて、試合再開となった。


「な、なんだ。あの強烈なキックは? あんなのプロでも見たことないぞ。ひょっとしてあのライオン頭はただ者じゃないのか?」

 本多のセリフに、

「頭がライオンの時点ですでにただ者じゃないだろう」

 と他の一組の生徒が言った。


「すまん。直接ゴールを狙ったんだが、岸田に当たってしまったよ。ガハハハ」

 立神は一応謝ってはいるが、全然すまなそうな様子はない。


 試合が再開された。

 するとすぐにまた本多がボールをキープして、立神の待つゴール前に来た。

(今度は容赦しねえぜ! 俺の本気のシュートを喰らってみろ!)

 本多は力いっぱいシュートを放った。シュルシュルと空気の裂ける音が鳴る。

 しかし、立神はそれもあっさりと片手で止めた。

 すると今度はボールを小脇に抱えて、ダッシュしだした。

「な、なんだ?!」

 周りは一体なにをしているのかと見ていると、立神はそばにいたやつを弾き飛ばし、相手のゴールにめがけて疾走した。

 そして、そのまま相手のゴールに突っ込んだ。

「やったぜ! これで一点だ!」

 立神は嬉しそうに叫ぶのだったが、誰もがなにをやってるんだという視線を送った。

「ピピー、おい、立神、俺たちがやってるのはサッカーだぞ。ふざけるな! ボールを持って走っていいわけないだろう!」

 審判をしていた酒井が激怒して立神のもとに走ってきて言った。

「ええ、俺が見たワールドカップだと、みんなこんな感じでやってたよ」

 立神はなにが悪いのかわかっていないようだ。

「お前が見たのはワールドカップはワールドカップでも、ラグビーのワールドカップじゃないのか?」

「え、ワールドカップってサッカー以外もあるのか?」

 立神の顔は冗談を言っているものではなかった。ライオンだけど。

「お前、ひょっとしてサッカー知らないのか?」

「うん? タックルとかするあれとは違うのか?」

「だからそれはラグビーだ!」

 そこから酒井は立神にサッカーについて説明した。

「そうか。手は使っちゃダメだったんだな。わかったよ先生」


 そして、試合が再開された。

 またしても本多がボールを取ると、そのまま立神のいるゴール前に来た。

(今度こそ、ゴールをいただくぜ)

 本多は渾身のシュートを放った。

 すると、立神は片脚をひょいとあげて、そのボールを弾いた。

 ボールがコロコロと転がる。

 本多はそのこぼれ球を、再度シュートした。

 それも、立神は脚をあげて弾いた。

「コノヤロー、舐めた真似しやがって!」

 本多はバカにされたと思い、またこぼれ球をシュートした。

 だが、それも立神は脚をひょとあげて弾く。

 立神は腕を組んだ状態で、まるで飛んでくる蚊を追い払うぐらいの感じだ。

「クソー、いったいどういうつもりだ! 俺のことをバカにしてんのか?」

 本多はキレた。

「だって手を使っちゃいけないっていうし」

「キーパーはいいんだよ!」

「え、そうなのか。だったらそれを先に言ってくれよ」

「クソッタレ! なんでこんなバカを相手に俺がサッカーをしないけりゃいけないんだ」

 本多は転がっていたボールを、怒りに任せて立神の顔面目掛けてシュートした。これまでで一番強力なシュートだ。

 すると立神は、そのボールをバレーボールのアタックのように叩き返した。

 バシンと強烈な破裂音とともに、ボールは本多の顔面をとらえた。

 本多は岸田と同じく、その場に倒れた。そして、気を失い医務室へと運ばれた。

「もう、今日の授業は終わりだ!」

 酒井がそう言って体育の授業は終わった。


 医務室のベッドで目を覚ました本多は、

「俺、サッカーをやっていく自信がなくなったよ」

 と付き添ってくれていたクラスメイトに話した。

「なに言ってるんだよ。大丈夫だよ。お前ならちゃんとプロでやれるよ。今日のあれは悪い夢を見ただけだよ」

 とクラスメイトは慰めた。

 ちなみに、立神がボールを持って走りだした時に弾かれた生徒も隣のベッドに寝ていた。


「やっぱりスポーツはいいよな。ガハハハ」

 立神は陽気にクラスメイトと話していた。

「立神、お前ボクシング部に入らないか?」

 体育の授業を見ていたボクシング部の顧問、原田が立神に近づいてきてそう声をかけた。

「ボクシング?」

「そうだ。お前のパワーなら、十分インターハイでも通用するし、プロにもなれるはずだ。どうだ、やってみないか?」

「ボクシングねえ」

 立神はあまり乗り気ではないようだ。

「ボクシング部に入るっていうのなら、焼肉に連れて行ってやるぞ」

 原田がそう言うと、

「じゃあ、入るよ。いつ焼肉に連れて行ってくれるんすか?」

(あっさり、乗りやがったな。こいつを俺が発見して育てたとなると、俺もボクシングの業界ではちょっとは評価されるだろうよ)

「よし、じゃあ、今日でも連れて行ってやる」

 原田は、こいつなら間違いなくボクシングの世界でのし上げれると思っていた。

 原田はいまはボクシング部の顧問をしているが、もとプロボクサーで、いつかトレーナーとしてプロボクシングの世界に戻りたいと思っていた。

 この男を育てたら、そのチャンスが来るはずだと計算してのスカウトだった。

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