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第2話 天才

「校長、あの立神という生徒はいったいどうなっているんですか?」

 森山は校長室に入るなり言った。

「なんだね、いったい? なにか問題でもあったのか?」

 校長は鷹揚に構えて言った。

 この校長は、並の学校だった優越学園を、地域一番の進学校にした実力者だった。

「あの立神という生徒は、私の授業中に勝手に抜け出して食事に行ったんですよ。この優越学園ではこれまであり得なかったことです」

「まあ、ちょっと変わった子ではあるが、彼は転入試験に満点で合格したんだよ」

「え、満点ですか?」

「そうだよ、君。いまうちの生徒であの転入試験を受けて満点を取れる生徒が何人いるかね? おそらくほとんどいないだろう。だが、彼は満点だ。しかも試験官をした先生によると、初めの十分ほどでどの教科も解答し終わったということだ。まったく迷う素振りもなく次々に答えを書いていったそうだぞ」

 校長はまるで自分の事のように自慢げだ。

「そ、そうなんですか。そうは思えないですが……」

 森山は信じられなかった。

(あの立神の態度からすると、あり得ないと思うけど……)

「まあ、信じられないのも無理はない。しかし、彼はわが校始まって以来の天才かもしれないぞ。私にはそう思える。彼の顔を見たまえ。あの精悍な顔つきは将来、総理大臣にでもなれる顔だぞ」

「は、はあ」

(顔は確かに精悍と言えるけど、ライオンだしなぁ。あんなのが総理になったらどうなるのだろうか?)

 森山は納得できない思いだった。

「とにかくだ、この学園始まって以来の天才だと私は思っているし、信じている。担任の森山先生にも、ぜひ彼の才能をより伸ばす方向で取り組んでもらいたいのだよ。期待しているよ」

 校長はそう言って、森山の肩を叩くのだった。

 森山としては、期待されるのは嬉しいが、あまり自信がなかった。


 一年二組の授業は数学になっていた。

 数学は女性教師の金山恭子だ。真面目が取り柄のハイミス中年教師だ。

「じゃあ、この問題を佐藤君、答えてくれるかしら」

 指名された佐藤は、なんとか答えた。

「いいわね。正解よ」

 金山は佐藤が答えて満足げだ。

「おお、やるじゃねえか。佐藤!」

 立神は、話もしたことがない佐藤のことを呼び捨てにした。

「あなたが転校生の立神君ね。授業中は勝手にしゃべらないでくださる」

 金山が言った。

「まあ、そう固いことは言いなさんな。俺だって黙ってたら眠くなってしまうしな。ガハハ」

(さっきは思い切り寝てたじゃねえかよ)

 と佐藤は思った。

「ダメよ。寝るのはもちろんだけど、勝手にしゃべるのもね」

 金山はイラっとした調子で言うのだった。

 しかし、その時には立神はまるで聞いておらず、机に向かってなにかを書いていた。

(あら、もう反省してしっかりノートになにか書いているようね。さすがに転入試験で満点を取っただけあるわ。授業にチャチャを入れるだけじゃなくて、やることはちゃんとやるって事ね)

 金山も校長からすでに立神に対する期待を聞かされていた。

 金山は立神を見直した。

「じゃあ、授業を再開するわよ」

 立神も黙り、しばらく授業は順調に進んだ。

 進学校だけあって、基本的にどの生徒も真面目に授業は受けるのだ。

「それではこの問題は、立神君に答えてもらおうかしら」

 金山は、立神ならこれぐらい簡単に答えるだろうと思い指名した。

「まったくわかりません」

 立神は悪びれることなく即答した。

「え? あの、この問題よ。よく見て。わかるでしょう」

 金山は困惑した。

 この程度の問題を答えられないはずがないと思ったのだ。

「わかりません。俺、数学ってさっぱりわからんのです。もう中学の時からちんぷんかんぷんで」

「そ、そうなの? じゃあ、勘でもいいからなにか答えてみて」

「ほんじゃあ、勘で三十分の十三」

「正解よ! やっぱりわかってるじゃない。そうよ。Xイコール三十分の十三」

 金山は、立神が答えを言ったので嬉しかったが、その反面、最初答えなかったのはなぜだろうと疑問もわいた。

 しかし、天才肌にありがちな、ちょっとエキセントリックなところがあるのかもしれない、と金山は善意に考えた。

 授業も終盤になり、それまで立神はカリカリとノートに向かって書いていたものを、上に上げた。

「できた! みんな見てくれ。俺の力作を」

 立神が掲げたノートには、金山の似顔絵が描かれていた。だが、それはあまりうまくなく、しかも結構なブスに描かれていた。それでいて特徴はとらえているものだから、金山であることはわかるから質が悪い。

 どうやら熱心に机に向かっていたのは、これを描くためだったのだ。

 クラスのみんなが、それを見てゲラゲラ笑った。

「ちょ、ちょっと、やめなさい。なにやってるの! 授業中にそんな落書きしていいと思ってるの?」

 金山は激高して立神に詰め寄った。

「ほら、そっくりだ。先生、せっかくだから記念撮影しよう。おい、佐藤、お前のスマホで撮ってくれ」

 立神は、似顔絵の書いたノートを金山の顔の横に並べて、そう言った。

「じゃあ、撮るよ」

 佐藤は言われたままに写真を撮った。

「佐藤、後で俺にその写真くれよな。先生にも、この写真あげますよ」

 立神は無邪気に言うのだった。まるで旅行に来ているような感覚のようだ。

「キーッ、もう、立神君、いい加減にしなさい!」

 と、その時、チャイムが鳴った。

「お、もう授業終わりか。やっぱり真面目に授業を受けると時間がすぐに過ぎるな。ガハハハ」

 立神は、そのまま教室から出て行った。

 教師の金山と他の生徒は、呆然とその様子を見送った。


 昼休み、立神は弁当をカバンから出した。

 その弁当は広辞苑ぐらいあった。

 それを立神は、ガツガツと食べ始め、あっと言う間に食べ終えた。

 口も当然ライオンなので大きいから、食べ物がどんどんと入るのだ。

「立神君って、確か一時間目から外にご飯を食べに行ってたけど、もうそんなに食べられるんだね」

 佐藤が感心して言った。

「これぐらい余裕だぜ。まだ足りないぐらいだ」

 立神は爪楊枝を使っていた。

(ライオンでも歯の間に挟まるんだな)

 佐藤はそんなことを思いながら、それを見ていた。

「ところで、俺、佐藤。よろしく」

 手は出さなかった。変に手を出して鬼塚のようになりたくなかったのだ。

「よろしくな」

「さっき数学の時間に撮った写真だけど、ラインで送ろうか?」

「写真? なんのことだ?」

「いやだなあ、写真撮ったじゃないか。金山先生の似顔絵と」

「知らねえ」

 立神は相変わらず爪楊枝を使っている。まったく写真のことに関心がないようだ。

(忘れてる? ひょっとして。いや、しかし写真を撮ったのはついさっきのことだ。しかも自分が撮れっていったくせに忘れるはずはない)

 佐藤は、どうして良いやらわからなかった。冗談なのか、それとも本当に忘れているのか。

「じゃ、じゃあ、いらないよね。ハハハ」

 佐藤がそう言った時には、すでに立神は立ち上がってどこかへ行こうとしていた。

 佐藤はそれを見送るしかなかった。


 しばらくすると、

「ブリブリブリ!!!!!」

 と大きな音がトイレのある方から聞こえてきた。

「うわ、クッセー、なんだよ、この臭い!」

「ゲー、誰だ! クセー糞だな」

 と廊下から聞こえてきた。


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