「今日からこのクラスに新しい転校生が来ることになった。急遽決まったのでまだ先生も会っていないんだけど、みんな、仲良くしてあげてくれ。いま校長室で手続きをしているところだから、もうすぐ来ると思う」
このクラス、一年二組の担任である森山は言った。森山は教育に燃える若手男性教師だ。
「えええ、転校生」
「どんな奴だ?」
「楽しみ~」
生徒は口々にそんなことを言った。
「あの、先生、その転校生は男子ですか女子ですか?」
生徒の一人が訊いた。
「男子らしいよ」
森山は答えた。
「へえ、男子か」
「イケメンだったらどうしよう」
「キャー、やめてよ。楽しみ過ぎる~」
クラスが盛り上がった時だった、教室のドアがノックされた。
「あ、来たみたいだな。どうぞ」
教室の前のドアが開いた。そして、一人の男子生徒が入ってきた。
その瞬間誰もが自分の目を疑った。
なんとその転校生は首から上がライオンだった。
ここ、
しかも、身体がかなりデカい。身長は目算で百九十センチ近くあるし、体格はガッチリしていて百キロはありそうだ。
「あ、あの、転校生の、人、かな?」
森山はあまりのことにしどろもどろになってしまった。
「はい、今日転校してきました、立神豪太です」
そのライオン頭の転校生は普通に日本語で言った。
「あ、そ、そうか。君が転校生か。よろしく。私はこのクラスの担任の森山だ」
森山は少し気持ちを立て直し、
(見た目で人を判断してはいけない。そんなことを私がしてしまってはこの子がいじめの対象になるかもしれないじゃないか)
と、強く自分に言い聞かすのだった。
「じゃあ、まずはみんなに自己紹介でもしてもらおうかな」
森山に言われて、転校生の立神はチョークを手に持ち、黒板にでかでかと立神豪太と書いた。
「タテガミゴウタです。よろしくな。趣味は肉を食うことです」
立神はいたって爽やかに自己紹介をした。
立神が教室に入ってきた時は、あまりのことに静まり返っていた教室が、今度はざわざわとしだした。
「あれ、ライオンだよな?」
「ああ、どう見てもライオンだよ」
「でも、普通に日本語しゃべってるぞ」
「名前も普通に日本人っぽいし」
生徒が口々にしゃべっているので、
「ああ、こらこら静かにしなさい」
と、森山が黙らせた。
森山としては、できるだけ何事もないようにこの転校生を受け入れたいと思った。
いくら見た目が特種でも、これからは私の生徒なのだと自分に言い聞かせた。こういうことは初めが肝心だ。初めに悪い流れになってしまうと、この転校生がクラスに馴染めなくなってしまう。
「じゃあ、立神君。君はあの席を使ったらいいから」
森山の指定した席は、クラスのマドンナ的存在の桐生真希の隣だった。
「立神君、よろしくね」
桐生真希が立神豪太に向かって言った。真希ももちろん立神の頭がライオンであることに驚いていた。しかし、真希は聖母のような人格の持ち主だ。見た目で人を判断するようなことはないし、したくなかった。だから、できるだけ普通に接しようとした。
(ひょっとしてなにか特別な病気でこんな顔になっているのかもしれないわ。それだったらかわいそう)
真希はなんとかその状況を合理的に理解しようとした。
「ああ、よろしく」
そう言いながら、立神は席にどっかと座った。
近くで見ると立神は、首から上以外は大柄ではあるものの普通の人間のようだった。しかし、やはり首から上は完全なライオンだ。マスクをつけているような感じではない。
「それじゃあこのまま一時間目の授業を始めるぞ」
森山は国語の授業を始めた。
「立神君、君の教科書は明日届くらしいから、今日は桐生さんに見せてもらってくれ。すまんな桐生さん」
「わかりました」
真希はそう返事をして、立神の方へと少し自分の机と椅子を寄せた。
「じゃあ、今日は一緒に勉強しましょうね」
真希がそう言って教科書を開くと、
「俺は勉強は苦手だ」
と立神は言った。
「え、そ、そうなんだ。でも、うちの優越学園はこのあたりでも有数の進学校よ。そこに転入できたってことは勉強ができないってことはないでしょう?」
「ああ、転入試験は選択式だったから、野生の勘ですべて答えただけだ」
「野生の勘? そんな冗談言って、立神君おもしろい」
真希は立神が冗談を言ったと思ってそう言うと、立神は真希の方を向いてニヤッとした。
真希は全身にゾゾッと鳥肌が立った。
(なに、この感覚は? いままで感じたことのない感覚)
真希はその感覚が不快ではなかったが、自分でもなんなのかわからない感覚なので不安を覚えた。
授業が始まって二十分ぐらいたった頃、
「ガー、ガー」
と立神がいびきを立てだした。それは人のものではなく野生の猛獣のいびきだった。
クラスの全員が立神に注目した。
立神はふんぞり返るようにして、完全に寝ていた。ライオンの顔を上に向けて、堂々とした態度で、それは百獣の王にふさわしい悠然としたものだった。
「こら、立神君。起きるんだ」
森山が言った。それでも立神はなんの反応もない。
「立神君、起きて」
横の真希が立神の肩を揺すった。
「ハッ、昼飯か?」
と立神は起きると、そのままどかどかと教室から出て行ってしまった。
「た、立神君!」
森山の声は教室に虚しく響いた。
「あれ、なんなんだ?」
「あいつ、大丈夫か?」
「やっぱりおかしいよ。だってライオンだぜ」
生徒は口々に言った。
真希は、立神が野生の勘だけで転入試験に通ったというのが冗談ではなかったのかもしてないと思った。
そして、立神が教室に戻ってきたのは、一時間目が終わる頃だった。
「ああ、食った食った」
立神は腹を撫でながら教室に入ってきた。
「こら、立神君。ダメじゃないか授業中に出て行っては!」
森山は転校初日だらかやさしく接してあげた方がいいかと思ったが、そうも言ってられないと厳しい口調で言った。
「あ、先生。腹が減ってはノグソもできぬっていうじゃないですか」
「腹が減っては戦はできぬだ。それぐらいちゃんと覚えておきなさい」
「まあ、とにかく俺は腹が減ってはなにもする気にならないんだ」
その時チャイムが鳴った。
「なんだ、もう授業終わりか。時間がたつのは早いな」
立神は大きく伸びをした。
森山は頭を抱えて教室を出て行った。
「おい、立神」
立神にクラスメイトの鬼塚が近づいた。親は金持ちで学業は優秀、見た目も良くてスポーツ万能だ。誰もが一目置く存在だった。しかも入学早々三年の番長をボコったということで、一気に全生徒のボス的存在になったという男だ。
「うん?」
立神が鬼塚の方を見た。
「ウッ」
鬼塚は思わずたじろいでしまった。
立神としては呼ばれたから振り向いただけなのだろうが、顔が顔だけにかなりの威圧感があった。
鬼塚は自分の地位を守るためにも、こいつは締めておかなければならないと感じていた。
「おい、あまり調子に乗るなよ」
鬼塚は思いきって言った。
「調子に乗る? なんのことだ?」
立神はなんのことだかわかっていなかった。
「さっきみたいに、好き勝手なことをするなって言ってるんだよ」
「好き勝手なこと?」
「お前、とぼけるのか? 勝手に教室を出て飯を食いに行っただろうが!」
「ああ、腹が減ったからな。それがどうかしたのか?」
「だから、勝手に事すんじゃねえって言ってるんだよ!」
「俺、勝手な事したっけ?」
「だから、勝手に飯を食いに行っただろうが!」
「ああ、あれは腹が減ったから」
「だから、そういう勝手な事をするなって言ってるんだ!」
「勝手な事ってなに?」
「だから、グアアアア。何回同じこと言わせるんだ!」
鬼塚は頭を掻きむしった。
(こいつ、ひょっとしてバカなのか? いや、待てよ。考えてみたら頭がライオンって事は、頭の中身もライオン並ってことじゃねえの。それだったら、こいつをうまく取り込んだら、なかなか使い勝手があるかもしれねえな)
「わかったよ。俺が悪かった。これから仲良くしようぜ」
鬼塚はさっと態度を変えて、握手をしようと手を出した。
「おお、友達か。嬉しいなぁ。この学校に来て初めての友達だよ」
立神はそう言うと、鬼塚の手を握り返すことなく、ガバッと大きな身体で鬼塚の身体をハグした。
すると、その時、バキッと鈍い音がした。
「ギャアアア」
鬼塚が喚いた。
「どうしたんだ?」
「大丈夫? 鬼塚君」
クラスメイトが寄ってくる。
「折れた。腕の骨が」
立神にハグされて、どうやら鬼塚の腕が折れたようだ。
「すまん。嬉しさのあまりに、つい力が入ってしまったようだ。でも、細かいことは気にするな。俺たちの友情はこれで深まった。ガハハハ」
立神はまるで悪びれることなく高笑いした。
こうして、新しい学園生活が始まった。