木々に囲まれた広い芝生の庭に出ると、そこにはギンガムチェックのクロスが掛けられた大きなテーブルと、
「はい、どうぞ。テキサスシートケーキも美味しいですよ、適当に好きなものを取って食べてくださいね。午前中はまだ暑くなくて、お外も気持ちいいでしょう。偶には他の人たちともお話してくださいね」
「ありがとう」
着席してレモネードを受け取りながらそう返事をし――他の人? とケイレブは周囲を見まわした。広い庭に集まっている者たちは皆、白と淡いグリーンのストライプのパジャマを着ていた。なかには上だけ真っ白なTシャツを着ている者や、カーディガンを羽織っている者もいるが、メアリーのようにエプロンを付けた女性以外は全員、同じ恰好だった。
ふとケイレブは視線を落とし、自分の恰好を確かめた。やはり皆と同じストライプのパジャマ姿だった。不思議そうに小首を傾げたそのとき――近づいてきた気配に、ケイレブははっと振り返った。
「やあ。よければそっちにあるケーキを取ってもらえないか。あっちのテーブルのはもうなくなっちまってね」
声をかけてきた男は車椅子に乗っていた。やはり同じ恰好で、片袖が不自然にだらりと下がっている。ケイレブがつい目を離せずにいるとその袖が風に吹かれ、ふわりと揺れた。袖の中は、どうやら
「あ、ああ……、あのケーキだね。ひとつでいい? クッキーは?」
「ケーキだけでいい、たすかる」
小皿にカットされたテキサスシートケーキを取ってやり、ケイレブはフォークを添えて渡した。
「大丈夫、食べられる? ……その、いったいその腕は……」
すると男は少し驚いた顔をして、呆れたように云った。
「なに云ってんだ、此処は俺みたいな奴が大勢いるじゃないか。……ははあ、おまえさんはあれか、頭のほうをやられたクチか。そういや見ない顔だな、新入りか?」
頭をやられた、などと云われ思わずかちんときたが、男はケイレブを莫迦にするつもりはないようだった。
「ほら、あっちにいる奴らも同じだ。両脚を吹っ飛ばされた奴やら、片腕を失った奴やら、片眼を潰された奴やらいろいろさ。あんたみたいに躰はなんともなくても、精神的にぶっ壊れた野郎も多い。ま、そういう奴らのほとんどは、別なところに閉じこめられてるけどな」
男が指したほうを見やり、ケイレブは途惑いながら尋ねた。
「いったい……此処は」
「此処か? なんだ、それもわかってないのか。此処は
訊いても頭や心をやられたんじゃ答えられねえか、と云いながら、男はさっさとケーキを口に放りこみ、離れていった。
動揺し、ケイレブは一息にレモネードを呷ると建物内に戻った。出るときは気にもしなかったが――ひょっとすると、無意識にそうしていたのかもしれない――確かに此処は大きな屋敷というのではなく、病院かなにかの施設に見えた。
どちらを向いても壁は白く、廊下には手摺が付けられ、すべての窓には面格子が嵌っている。そしてずらりと並んだドアの左上には、番号と名前が記されていた。
――僕も、患者なのか。
ケイレブは自分がなぜ此処にいるのか思いだせず、ふらふらと広間のほうへ向かった。
そんなふうに過ごした覚えは、自分にはなかったが。
ケイレブは自分のなかにある記憶を辿った――子供の頃のことや両親、祖父母の顔はちゃんと憶えている。学生の頃から本を読むのが好きで、いつか小説家になりたいと夢をみていた。その勉強のため、さらに様々な書物を読み、新聞も毎日隅々まで読んだ。そのおかげか、学校の成績も常に上位だった。
そして夢は叶って小説家になり、いつもタイプライターに向かっていた――と思う。しかし、あらためて考えてみると自信は持てなかった。小説を書いていたのは確かだが、書いた本が出版されたことがあるかどうかはわからなかった。
――否。原稿を催促する電話を、しょっちゅう受けていたような気がする。ケイレブは目を閉じ、必死に頭の片隅に残る記憶の欠片を掴もうとした。タイプライター、ペンと手帳、そしてデスクの上いっぱいに広げた資料。ふと鳴り響く電話の音と、大勢が忙しそうに動いている光景がぼんやりと浮かんだ。壁一面が窓になっている広いフロア、ずらりと並んでいるデスク。煙草のけむりで白く靄がかかっている天井には、直管型の照明が整然と埋めこまれている。
……ここはいったいどこだろう?
しかし思いだそうと手を伸ばすと、その光景は砕けるように散ってしまった。かわりに浮かんだのは、ついさっきまで書いていた、殺人鬼が若い女性を惨殺するシーンだった。まるで実際に見たかのように被害者と現場の様子、そして蒸し暑い夏の空気に融ける血の匂いや、ナイフで刺す感触までもがありありと想像できた。
頭のほうをやられたクチか。さっきの男の言葉を思いだしてしまったが、ケイレブにはヴェトナムへ行った記憶もなかった。自分はいったい、なぜ此処にいるのか。本当にヴェトナムで頭がどうにかなってしまったのだろうか。
――だとしたら自分はいったいなにをして、なにを忘れてしまったのだろう。
足許がぐらつくような感覚に、ケイレブはふらふらと背後にあった椅子にへたりこんだ。