工場長のウィルキンスは、年季の入った皺に油の染みた腕を組み、本当に申し訳ない、とジョニーに詫びた。
「なにしろ、こんなちっぽけな工場だ。これまでなんとかやりくりしながら守ってきたが……儂にももうどうしようもなくてな。儂はこの我が子みてえな工場を失っちまうが、幸いここを買うってぇでかい会社は希望する従業員をそのまま使ってくれるっていうんで、もうサインしちまったんだ。連中、人の弱みにつけこんで買い叩きやがったもんで額は小せえが、それで辞める奴にも当座の生活費くらい渡してやれる。儂も齢だし……自分のくだらねえ意地や思い入れの所為で、皆を路頭に迷わせるわけにゃいかんからな。……しかしいちおう面接みてえなことはやるって云うし、あっちの工員らも含めて配置換えもあるらしいんで、ジョニー、おまえさんには負担かもと思ってな」
それでこうして前もって知らせておこうと思ったんだ。そう云うウィルキンスに、ジョニーはこくこくと頷いてみせ、「あ、あああ……あり、がと、ごご……ございます」と礼を云った。
その日。仕事を終えて工場を後にすると、ジョニーはピートが帰宅するためバスを降りる停留所に向かった。
ピートは進学し、今は立派な大学生だ。ジョニーと違い、ただ内気で人付き合いが得意ではなかっただけのピートは、成長とともに友人も増え、ファストフード店でアルバイトができるほどになっていた。あの迷子保護未遂事件のとき、警察署でジョニーのため必死に訴えたことも、彼にとっては自信の種になったのだろう。ちょうどあの後くらいから、ピートは少しずつ社交的に変わっていった。
いつもと同じバスが六時少し前に停まり、ピートが降りてきた。ピートはジョニーの姿を認めると片手を上げ、なにか食いに行こうとジョニーの背中をぽんと叩いた。
「買収かあ、いま多いらしいな」
馴染みの店でチーズバーガーとフレンチフライのセットを食べながら、ピートはジョニーの話に耳を傾けた。子供の頃と変わらず、辛抱強くジョニーが云いたいことをすべて言葉にできるまで黙って待ち、聞き取りづらかったところは確認して頷いてくれる。
「――そうか、あの工場長がいなくなるのは辛いな。でも、おまえは不安だろうけど、ちゃんと云っといてくれるってんなら大丈夫じゃないか? そうだ、面接やらで困るのが不安なら、返事用のカードでも作っておけばいいんじゃないかな。吃音があって会話に困ることがあるけど話は理解できています、って表紙に書いといてさ。あとは『わかりました』『問題ありません』『助けが必要です』とか、見せるだけでいいようにしておくんだよ」
初めのうちだけなんとかなれば、あとはきっとこれまでどおり問題なく働けるよ。ピートはそう云ってジョニーを励ました。ジョニーは勇気づけられ、カードはともかくなんとか頑張ってやってみようと、チーズバーガーを平らげた。
店を出ると、歩きながらピートは云った。
「来週、大学の友達と旅行するんだ。マイアミに行くんだよ、あっちはまだまだ泳げる暑さなんだってさ。ジョニー、なにか欲しい土産あるか?」
マイアミと云われても、なにが有名なのかジョニーは知らなかった。「なな、なんで、も」と答え、ほら、とピートが取りだした観光案内のパンフレットと、
「ちち、チケット、は、初めて」
「そっか、そうだよな。……よし、俺が大学を無事でて就職が決まったら、一緒に旅行しよう。約束だ。だからジョニー、おまえも大変なこともあるだろうけど、頑張って貯金しとけよ」
じゃあな、とピートと手を振りあって別れ、ジョニーは晴れやかな気分で帰路についた。