『――ギルバート・オサリバンで〝アローン・アゲイン〟でした。まだまだ夜は長いよ、どんどんいこう。次の曲は、一九六七年にイギリスでリリースされた曲です。今年、つまり五年ぶりにこの国アメリカ、西海岸のあるラジオ局から火がついてリバイバルヒットしてるんですね。やっぱりね、いいものはちゃんと誰かがみつけてくれるんだよね。もうすっごく素晴らしい曲なんだ。というわけで、ラジオの向こうのみんな、しんみり聴き入っちゃってちょうだい。ムーディブルースで〝ナイツ・イン・ホワイト・サテン〟』
ラジオからその曲が流れると、ジョニーは僅かに顔を顰めた。
掛けていたベッドから腰を上げ、デスクの上で斜めにアンテナを伸ばしている
〝
ひとり、静まりかえった部屋でジョニーは溜息をつき、ベッドに寝転がった。無意識に左手首のあたりを掻き、痛みにはっとして袖を下ろす。そこには古いものと真新しいものが重なり合い、交差するように無数の切り傷があった。
考えたくはないのに、昔のことが頭に浮かぶ――もう眠ってしまおうとジョニーは目を閉じたが、かえって回想が瞼の裏に鮮明に甦った。人見知りで引っ込み思案なうえ、酷い
宝石のような青い瞳とバターブロンド、そして整った優しげな面差しのジョナサン・ソガードは、子供の頃から母親や親戚たちにその容姿を褒め称され、しかしうまく言葉を発せないことに落胆され続けて育ってきた。幼い頃から利発で学校の成績も悪くなく、
子供は単純明快に残酷だ。ジョニーがまともに喋ることができないとわかると、クラスメイトたちはすっぱりと二派に分かれた――ジョニーと話すことを諦めてまったく近寄らなくなった子たちと、ジョニーを滑稽な奴と苛めて愉しむ対象にしたグループだ。
ジョニーは学校ではなるべく教師の目の届くところで勉強し、授業が終わるとみつからないように隠れながら学校を出、逃げるように帰るという日々を繰り返した。それでも苛めっ子たちは執拗に追いかけてきたが、おかげでジョニーは逃げることが頗る得意になった。もともと走るのが速いうえ、一目散に逃げたと思わせては目に付き難いところに身を隠し、追手をやり過ごして反対方向へ行くなどの術を身に着けたのだ。――偶に逃げることに失敗すると、そのぶん酷い目に遭ったが。
十四歳になり、ハイスクールに通い始めてからしばらくは、ジョニーのことを知らない同級生や年上の女子たちによく話しかけられた。しかしそんなとき、ジョニーは決まって顔を真っ赤にして俯いてしまい、返事どころか朝の挨拶も、相槌すらもできない始末だった。なんとか言葉を押しだそうとしても「お、おおおおお、おは……」「うぅ……、違、あ、あああぅ……」と、挙動不審になってしまうのだ。
女の子たちはそんなジョニーに呆れ果て、『残念なハンサム』と嘲笑だけを残して去っていった。そして、さらにその様子を見ていた男子たちが、なにをしても告げ口すらできないボンクラだと日頃のストレスを解消する対象に、ジョニーを選んだ。
人と違う自分は何処へ行ってもこういう目に遭うのだと、ジョニーの心は冷えた。
傷つき、人生を諦め始めたジョニーは誰とも目を合わさないよう常に下を向き、ぐんと伸びた背も目立ちたくないというふうに小さく丸め、すっかり人を避けるようになってしまった。
それでもジョニーはたったひとり孤立したわけではなかった。ジョニーよりずっと軽度だが人付き合いが苦手なピート、そしてジョニーと同じくしょっちゅう嫌がらせをされているレックスとだけは仲が良かった。レックスが酷い仕打ちを受けるのは、彼がゲイだからだった。本人はオープンにはしていないのに、その事実はすっかり周囲に知れ渡ってしまっていたのだ。
三人でいれば、からかいの言葉をかけられる程度で済む。ふたりの存在は、ジョニーにとって救いだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
♪ Gilbert O'Sullivan "Alone Again (Naturally)"
≫ https://youtu.be/HEhUhF3ivEk
♪ The Moody Blues "Nights in White Satin"
≫ https://youtu.be/qbqxbGm9hBI