サムは車から本部に応援を頼み、ソガードの背恰好と特徴を事細かに知らせた。シンシナティ警察も協力して包囲網を張り、その日のシンシナティは街中が物々しい雰囲気に包まれた。
やがて日が暮れ始めた頃。ソガードらしき金髪の男を発見、現在包囲中と無線で連絡が入った。急いでその場所に赴き、サムは適当な警官を捕まえ、尋ねた。
「ソガードは」
「あそこです」
警官の指さした先――ソガードは何処からどうやって来たのか、オハイオ州とケンタッキー州を結ぶ吊り橋の上にいた。
まるで映画スターにライトをあてているかのように、何台もの警察車両が弧を描いてソガードを取り囲んでいる。ソガードは吊り橋の歩行者側の柵ぎりぎりのところにいて、警官が近づこうとすると飛び降りる素振りを見せていた。下にはオハイオ川が流れている。川に飛びこみ、泳いで逃げるつもりなのだろうか。しかし水上に顔を出せば、確実に撃たれるとわかっているだろうに――
サムは警察車両の後ろまで駆けていき、バッジを見せ「俺の事件だ」と一言云った。そして両手を広げ、丸腰であるというジェスチャーをしながら、ソガードのほうへゆっくりと歩を進める。
「まったく、おまえの逃げ足の速さには驚いたぞ。……もう逃げられないぞ、ソガード。わかってるだろう……どうする気だ、そこから飛び降りる気か? 蜂の巣になりたいのか? もしもそうしたいのなら、その前にいろいろ話しちゃくれないか。……おまえは俺のことなんざ知らないだろうが、俺はもう一年半もおまえのことを追ってきたんだ。おまえがいったいなんで三十五人も……いや、女房も合わせて三十六人か。あんなに女を殺し続けたのは何故なのか、
ソガードは無表情に、じっとサムを見返していた。背後の警官とFBIの助っ人たちは一瞬の隙も与えまいとソガードに狙いをつけ、銃を構えている。その殺気と緊張感を振り解くように、サムは立ち止まってふぅ、と息を吐いた。
「……なあ、あんなに幸せそうだったじゃないか。なんでロザリーまで殺したんだ……。いったいなにがあった? おまえの人生の、いったいなにがおまえにあんなことをさせたんだ。……話す気があるなら、俺はいつまででも待つ。だから頼む。教えてくれ」
そのとき――サムは見た。ソガードがその表情を緩め、ふわりと哀しげに微笑むのを。
「ジョニー――」
ソガードが素早く背を向け、柵に脚を掛けた。同時に何発かの銃声が響く。「やめろ! 撃つな!!」とサムは両手を振って怒鳴ったが、そのときにはもうソガードの姿はそこにはなかった。
銃声が止み、サムは駆け寄って橋の下を見た。そこにはオハイオ川がいつものようにただ揺蕩っているだけで、ソガードの姿はどこにもみつけられなかった。かわりに柵に真新しい血痕が発見され、ソガードを狙った銃弾のうち、何発かは命中していたらしいことだけがわかった。
二十分後には川と付近一帯の捜索が始まった。しかし、すっかり陽が落ちるまで捜し続けても、ソガードを発見することはできなかった。
支局に戻り、サムは報告書に『生存の可能性はほぼ無し』と書き、サインをした。ソガードが手にしていたナイフの刃の形状も、被害者の遺体の記録とぴたりと一致した。ソガードが一連の事件の犯人であることは疑う余地がなかった。あとは捜査ファイルに『
こうして〝
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※ テッド・バンディ・・・一九七〇年代に全米各地で多くの若い女性を殺害した、アメリカで最も有名であろう連続殺人犯。長い髪を真ん中で分けた、元恋人に似たタイプの女性ばかりを繰り返し狙い、凶行に及んだ。
ハンサムで好印象、頭脳明晰、弁が立つバンディは裁判で自らを弁護し、マスコミに無実を訴え警察を批判。法廷には毎回多くの女性たちが詰めかけ、収監中には数百ものラブレターが届いたという。ハイブリストフィリア(犯罪性愛)の顕著な例のひとつとしてもよく挙げられる。
シリアルキラーという言葉はバンディを指して、元FBI捜査官のロバート・K・レスラーが使用し始め、広まった。
バンディは一九八九年、フロリダで電気椅子に坐ることになったが、死刑の執行を信じない者があまりにも多かったため、執行の翌日には新聞に遺体のカラー写真が掲載された。
≫ https://ja.wikipedia.org/wiki/テッド・バンディ