「サム、やっぱりまずいですって。俺なんかに云われなくたってわかってるでしょうけど、なんとか他の説得材料をみつけて令状を取らないと」
「わかってる。強引な手なのは百も承知だ。だが、これで予想通りのものがみつかれば、そこを突いて自供させることができる。もうそれしかない」
サムとネッドは倉庫にいた。あの、ずっと存在を隠されていたマスタングが、今ソガードの家の前ではなく、眼の前にあるのだ。
朝から犬を連れて出てきたソガードが、散歩に行くのかと思いきや車に乗り、この倉庫に入っていったときは何事かと思った。ソガードは車を中に駐めると、犬を連れて倉庫を出ていき、家ではない方向へと歩いていった。やはり散歩らしい。
どうやらこの倉庫が車をずっと隠してあった場所のようだ。今日は車以外の手段で遠出でもするつもりなのか、いたずらや盗難防止のためここに駐車したのだと思われた。
「こんなチャンスは滅多にない。奴はいま犬の散歩で、戻ってきてもここじゃなく家に帰るはずだ。調べるなら今だ」
「……知りませんよ。自供させられればいいですけど――令状無しで不正になんかみつけたって、意味なんかないですからね!」
「わかってる!」
ネッドの云うことは正しい。もしもこれでソガードが連続殺人犯だとはっきりしたとして、ここで今から不正にみつけようとしているものは、裁判では証拠として扱われない。
しかしサムには、これ以上なにをどうしたって捜査に進展が見られることはないだろうとわかっていた。かといって、犯行が再開されることを待ち望むなどありえない。これ以上、被害者を数えるのはごめんだ。このまま手をこまねいているよりは、奴が本当に連続殺人犯だと確かめるほうがましではないか。
――奴に手錠を掛け、引っ張って聴取さえできれば。裁判ではこの証拠は無効になるなどと、取調室で説明してやる必要はない。自供させられればいいのだ。もしも裁判で手段が問題視されたとしても、これだけ世間で騒がれた〝
サムは小脇に抱えていた紙袋からワイヤーハンガーを取りだした。ネッドが天井を仰ぎながら「そんなもんまで持ってきてたんすか!」と呆れる。サムはそのハンガーを伸ばし、一方の先をフックのようにV字に折り曲げた。
「できるんすかぁ? そんなこと」
「
フックの側を、サムはウィンドウとウェザーストリップの間に差しこんだ。勘と感触だけでロックの位置を探し、繰り返しワイヤーを上げ下げして、ようやくロックの解除に成功する。
よし、やったぞとドアを開け、次にサムはミストスプレーのようなものを取りだした。
「返り血を浴びたまま帰る莫迦がいるわけがない。必ず着替えかなにかを用意していたはずだ。しかもどこかに棄てたりもしていない。そんなものがあれば、いくらなんでもこれまでにみつかってる」
ここに来たときは困りきった顔をしていたネッドも、「犯行のたびに服が減るのも困りますし、いちいち処分するのはリスキーっすよね。俺なら血を洗い流せるレインウェアかなんかを着ます」と、サムがスプレーを撒くのを見ていた。
ルミノール溶液――これが血液に反応すると青白く光る。反応が出たからといって、それが人間の血液とは限らないが、付着の仕方によってはかなりの手掛かりとなる。サムはシートからドアの内側、ハンドルを丁寧にスプレーをかけていった。幸い倉庫の中は、入口の隙間から微かに陽が射しこんでいる程度で薄暗い。反応すればすぐにわかるはずである。しかし。
「……光らないっすね……。足許、もっと下のほうもかけてみて」
「ハンドルは反応があるかと思ったが……くそ、手袋をしてたか」
「トランクは? 開けてみましょう。
なんだかネッドのほうが熱心になっているのがおかしくて、サムはくっと喉を鳴らして笑った。微かな音がしてバックドアが浮き、後ろにまわってトランクを開ける。
中にはなにも入っていなかった。いきなり件のレインウェアがあることを期待していたわけではないが、普通なら積んであるブースターケーブルやウォッシャー液、
「……綺麗っすね」
「綺麗過ぎる」
サムはトランクのなかにスプレーを吹きかけ始めた。
薄暗い倉庫の中、ぽぅ、と蛍のように蒼白い点が発光する。少しずつ位置をずらしてスプレーしていくと、それにつれて蛍の数は増えていき、やがて点と点の隙間がないほどの群れになった。
まるで現場写真のネガを見ているかのようなその光景に、ネッドが絶句する。
「こいつぁ……」
「おまえの云うようにレインウェアだろうな。犯行のあと脱いでここに入れてたんで、ラゲッジマットを外して洗ったんだろう」
水や洗剤で血の色を落とした程度では、ルミノール反応はごまかせない。
「決まりだ。間違いない――ソガードが連続殺人事件の犯人、〝魅惑の殺人鬼〟だ」