街娼が出没する通りはだいたい決まっていて、サムたちは思ったよりも早く、似顔絵の女を知っているという娼婦をみつけることができた。
作成した似顔絵を見てすぐ「ああ」と反応した娼婦たちは、「パトロンみつけて街を出たのかもなんて話もあったけど、やっぱり死んでたんだね」と、暗い顔で俯いた。
しかし似顔絵の女についてわかったのは、
そして、サムたちは金髪の若い男についても尋ねてみたが、これといった話はまったくなく、空振りかと思われた。
その風向きが変わったのは、常連客について話を聞いたときだった。
「――いつも買いに来る客? いるいる、だいたい週に二回か三回も来るの」
「あー、あのちょっと背が低めでがっちりした、よく喋る男でしょ? 来るよねー、あたし稼がせてもらってんのに、あんまりにもアレだからちょっと控えて貯金しな? って云っちゃった」
「ボブでしょ。あいつほんとよく飽きないわよね。ここであたしら買うようになってから、もう二年くらいは経ってると思うけど」
「二年! やっばーい」
おかしそうに女たちが盛りあがっているところ、サムは「その、ボブって奴が何者か、誰かなにか知ってる?」と尋ねた。女たちはすぐには答えない。サムは懐から財布を取りだし、女たちの顔を見やりながら札を一枚、二枚と抜きだしてみせた。
「……なにも知らないけど、でもどっかの工場で働いてる奴よ。指とか油で真っ黒で、あたし、いつも石鹸で洗ってって云うの」
「そうそう! 油と、なんだろう、お父さんの車庫みたいな独特の臭いがするのよね」
「鉄工所の臭いよ。この辺、多いもの。あいつと一緒に三人か四人来たこともあるけど、みんな同じ臭いがしてた」
それを聞き、ひとりがあっと声をあげた。
「そうだ……思いだした。一度だけ、その男の連れのなかに金髪の男がいたことが――」
サムは逸る気持ちを抑え、努めてゆっくりと質問をした。
「それはいつ頃のことか、憶えてる?」
「えー、はっきりとは……でも、例の殺人鬼が騒がれるよりは前よ。後だったらいくらなんでも気にしてると思う」
「顔を見ればわかるかな。写真とか、ガラス越しとか」
「どうだろう。正直あんまり印象には残ってないのよね。今の今まで忘れてたくらいだし」
「金髪で、特徴がない感じの整った顔?」
「んー、そんな感じだったかもだけど……でも、ハンサムだった。映画スターみたいに」
サムはゆっくりと首を縦に振った。――奴だ。間違いない。
ネッドとも視線を交わして頷きあい、サムは頭のなかで聞いたことを整理した。週に二、三度現れる鉄工所勤めらしいボブという男。背は低めでがっちりした体型。同じ職場におそらく〝
「とても助かった。お礼だ、みんなで分け合ってくれ」
そう云ってサムは、財布から取りだした紙束を女に手渡した。それを広げて確かめる女に背を向け、サムとネッドは反対側の路肩に駐めた車へと戻っていった。そのとき――
「
背後から、娼婦たちの罵倒の声が聞こえた。
サムとネッドは話を聞いた街娼たちが立っている通りを張り込み、件の男が現れるのを待った。一日め、二日めは待ちぼうけを喰らったが、三日めの晩、ボブらしき特徴を備えた男が現れた。
男がひとりの娼婦とホテルに向かって離れていくと、サムはその場に残っていた女たちに今のがボブかと尋ねた。先日のドーナツ券に憤慨していた女は初め、ふんっと外方を向いたが、サムが今度こそドル紙幣を渡すと、ボブだとあっさり答えてくれた。
ボブを尾行していたネッドとホテルの前で合流し、サムは対象が事を終えて出てくるのをじっと車の中で待った。意外と早くボブが出てくると、さらに尾行を続け、住んでいるところも確かめた。
交代で仮眠をとりながら、サムは古びたアパートメントの前に駐めた車のなかで朝を迎えた。八時過ぎ、アパートメントから出てきたボブが、欠伸をしながらよたよたと歩きだす。車から降り、サムとネッドはそのあとを、一定の距離をおいて尾け始めた。
しばらく歩いて賑やかな通りに出ると、ボブは角にあるカフェに入っていった。そしてすぐにコーヒーのペイパーカップをふたつ手にして出てきたと思ったら、そこにフォルクスワーゲン・ビートルが停車した。ボブはカップをひとつ運転席の男に差しだし、助手席に乗りこんだ。どうやら同僚のようだ。
「金髪……ではないっすね」
「男前の部類だが、あれは違うな」
車はアパートメントの向かいに駐めてきてしまった。「追います」とネッドが駆けだそうとしたが、サムは「いい」と肩に手を置いて制し、カフェに入っていった。
腹を満たすと眠気に襲われそうだったが、もう空腹も限界だった。ついでとばかりに二人分のコーヒーとホットドッグを買い、サムは店員に尋ねた。
「ついさっき、ここでコーヒーをふたつ買っていった男が財布を落としていったんだが、眼の前で車に乗っていっちまってね。どこの誰だかわかるかい?」
すると、カフェの店員の女性はすぐに「ああ、ボブのことね」と答えてくれた。
「青いビートルに乗ってったんでしょ? フレッドの。ボブもフレッドもW&Gって製作所に行ってるのよ。ほら、工場の多いあの川沿いの辺りの」
「W&Gね、ありがとう。俺らもあっちのほうに行くんで、追いかけて届けるよ」
そして、ビートルには追いつかなかったものの、『W&G』と看板が上がっている小さな製作所に辿り着くと。
「――みつけた。ついにみつけたぞ……奴だ。間違いない、奴があの、〝魅惑の殺人鬼〟だ」
みな同じバスから降りてきたのだろうか――ぞろぞろと出勤してきた工員たちが歩くなか、一際目立つ黄色みの強いバターブロンドが目に入った。長身で痩せ型、おとなしそうに見える優しげな面差しはこれといって特徴はないが、整った綺麗な顔をしている。十人いたら十人ともがハンサムと評するだろう顔だ。
「確かに犯人像にはばっちり合ってますが……あれが三十五人も殺したのかって思うと、見えませんね」
「見えないから奴なんだ。被害者の死に顔を忘れたか? ……俺にはわかる。奴だよ」
「じゃ、雇い主に話聞いてきます?」
「いや、奴に気取られたくない。ここまできたら遅かれ早かれ、名前や住所はわかる。慌てるな、慎重にいこう……写真は撮ったな?」
「撮りました。でも、本当に奴だとして……これからどうするんです?」
「とりあえず先ず、現像した写真をマイラに見せて確認を取ろう。間違いなく十月二十日の客だとわかったら参考人として引っ張って、部屋に行ってすぐひとりで帰ったのはどうしてか、
云いかけて、サムは言葉を切った。消えた街娼のことを訊いて揺さぶりをかけても、自分が帰ったあとのことは知らんと云われてしまえばそれまでだ。それどころか、FBIが自分のことを疑い、迫ってきていると知れば州外に逃げてしまうかもしれない。どこに逃げたって自分たちは追うが、ここまできてその展開は失態でしかない。
「……証拠をみつける必要がある。車だ。いま奴はここまでバスで来たようだが、移動に使った車が必ずあるはずだ。他にもやるべきことは山積みだぞ。ここまでの捜査なんざ前戯みたいなもんだ。これからが本番だ」
「うへぇ、萎えてる場合じゃありませんね」
確認が取れたら応援も頼まなきゃならんな、とサムは呟き、ごぉんごぉんと音をたて始めた工場を振り返りつつ、車へと戻った。