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三十六人めの被害者:The Untold Story of SERIAL KILLER Jonny Sogard
烏丸千弦
ミステリーサスペンス
2024年11月04日
公開日
78,997文字
完結
若い女性ばかりを狙った連続殺人。被害者たちは先ず喉を掻っ切られ、悲鳴もあげられないまま二十ヶ所以上も滅多刺しにされていた。
FBI捜査官のサムは新人のネッドと組み、〝魅惑の殺人鬼〟という異名で呼ばれる連続殺人犯を追う。が、被害者たちには特に狙われるような共通点もなく、手掛かりがみつからない。
昔気質なサムの地道な捜査とネッドのひらめきにより、ふたりは少しずつ〝魅惑の殺人鬼〟の正体に迫っていくが、そんなさなか連続殺人はぴたりと行われなくなる。
上に捜査をもう打ち切ると云われながらも、サムとネッドは諦めずに〝魅惑の殺人鬼〟を追い続ける。そして、ようやく容疑者と確信できる人物をみつけるが――。

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シリアルキラーという言葉が生まれるより以前、一九七〇年代のアメリカを舞台に描く連続殺人鬼の物語です。
FBIのコンビによる捜査の視点と、殺人鬼であるジョニー・ソガードの視点をそれぞれ描いています。

【番外編】はおまけ的なサプライズです。ラストシーンで是非、奇妙な余韻に浸ってください。


※【カクヨム】【ステキブンゲイ】【pixiv】でも公開しています(文字数の都合でこちらでは [Complete edition] と記していませんが、内容は同じです)。
※ 「シリアルキラー、(…)」 三部作+ 「リプライズ」 を収録したオムニバス短篇集〈 10 Night Songs and Stories -宵闇に融けるころ-〉は【カクヨム】【pixiv】でも公開しています。
※ 作者は未熟です。加筆修正については随時、気づいた折々に断りなく行います。が、もちろんそれによって物語の展開が変わるようなことはありません。
※ この物語はフィクションです。作中に登場する実在の人物・団体等と一切関係はなく、描かれているのは作者のリアリティのある夢に過ぎません。
※ この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

【第一章】シリアルキラー、ジョニー・ソガードの転機 : scene 1. 犯行

 ――一九七三年六月 ハンティントン、ウェストバージニア州――



「――じゃあね、また」

 ヘザーがそう云うと、肩を並べ歩いていたダイアンとその恋人のマイケルは、その場でぴたりと立ち止まった。

「ああ、君はそっちだっけ……もう夜遅いから、家まで送るよ」

「そうよ、ひとりで歩くなんて危ないわ、ヘザー」

 だがヘザーは「大丈夫よ」と云って肩を竦めた。

「もうすぐそこだし、ひとりで帰ることなんてしょっちゅうよ。心配することないわ。それに、あんまりふたりのお邪魔してたら悪いしね」

「邪魔だなんて」

 ダイアンとマイケルは声を揃えて見つめ合い、ふたりして微笑んだ。

「そんなことより、レポートを手伝ってもらって本当に助かった。これで俺もやっと待ちに待った夏休みだ。お礼に今度、なにか奢るよ」

「ほんと? じゃあバーガーシェフBurger Chefのトリプルトリート*、よろしくね」

「シェイクは?」

「チェリークリームがいいわ」

「チェリークリームって、なんだか卑猥」

「えぇ? やぁだ、ダイアンったら!」

 暫し冗談を云い合い、声をあげて笑ったあと。

 ヘザーは手を振り、恋人たちと別れた。


 大学からの帰り道。ダイアンたちは学生寮、ヘザーはそこから少し離れた貸家の一室で暮らしていた。同じ大学に通う女生徒七人で借りて、共同生活している家だ。

 街灯がぽつりぽつりと灯る広い舗道は、もう真夜中過ぎのこの時間、人はもちろん車すら通らない。一定の間隔を置いて建つ家々も、灯りの漏れている窓は殆どなかった。ヘザーは無意識に足早になりながら、歩き慣れた道を進んだ。六月の夜の空気は生暖かく、腕に感じる風がまるで誰かに撫でられているようで不快だった。

 ――ふとそれに気づいたのは足音だったのか、それとも気配だったのか――。ヘザーは振り返り、背後から人影が近づいてくるのを認め、少し歩くのを早めた。この時点では警戒というほどのこともなく、考え得るトラブルの可能性から距離を置きたいだけだった。

 だが、時折そっと肩越しに見やると、その人影は一向に遠ざかっていなかった。歩くペースを自分に合わせている――尾けられている? ヘザーは眉をひそめ、さらに歩く速度を早めた。いつものブロックを照らす街灯と標識が見え、その角を折れると駆けだした。

 背後など気にする余裕もなく、ヘザーは必死に走った。走って、走って、ようやく帰る家が見えてきたところでもう大丈夫だろうと足を止め、乱れた呼吸を整える。

 ふぅと息をついて再び振り返り、来た道を窺う。もうどこにも人影らしきものは見えなかった。ほっとして、汗で貼りついたブラウスの裾を抓み、扇ぐ。

 早く帰ってシャワーを浴びようと思い、ヘザーが向き直ると――そこに、誰かが立っていた。

「え――」

 黒尽くめのレインウェアのような上下にスニーカー――不審者めいた恰好と云えなくもなかったが、不思議と恐怖は感じなかった。さっき背後からついてきていたのが、この男だとは思えなかったからだろう。髭のない、清潔感のある若い男。長めに伸ばした金髪。優しげな面差しに薄く微笑みを浮かべた、ハンサムな青年だった。そう、思わずぽっと見蕩れてしまうような。

 うちの大学の人かしら? とヘザーは男を見つめながら、大勢で賑わうキャンパスの記憶を辿っていた。だからヘザーは、きらりと光るものが眼の前を一瞬過ぎり、云おうとした言葉が声にならなくても、なにが起こったのかわからなかった。

 襟刳りの広いブラウスから覗く胸許に、なにか温かいものが伝うのを感じた。頸から血が噴きだしていることに気づき、ああ、声がでないのはその所為だったんだと思ったときにはもう、ヘザーは地面に背中をつけ、星空と男のシルエットを見上げていた。男は横たわったヘザーに馬乗りになり、なんの躊躇いもなく何度も何度もナイフを振り下ろした。初夏の生温い風が金臭い血の匂いをかき混ぜ、刺激するように鼻孔を擽る。

 刺された回数を数えることなく、痛みや恐怖さえ感じることもないままに、ヘザーは二十年と少しの短い人生を終えた。開いたまま、もうなにを見ることもないその瞳には、男の恍惚とした表情が映っていた。









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※ バーガーシェフ(Burger Chef)・・・かつてアメリカ全土でチェーン展開していたファストフードレストラン。トリプルトリートとは、ハンバーガーとフライドポテト、シェイクのセットのこと。


 物語とはまったく関係ないが、一九七八年、インディアナ州のバーガーシェフで従業員四人が犠牲となった殺人事件が起きている。

 深夜、従業員が同僚に会いに店を訪れると、いるはずの四人の姿がなく店内はもぬけの殻だった。金庫からは五八一ドルが失くなっており、警察は当初、従業員たちによる窃盗事件と判断。そのため通常どおり営業した店は清掃され、四人が遺体で発見されたときにはあったかもしれない証拠など欠片もなく、また軽微な事件と誤認されたために現場の写真すら撮られていなかった。

 その後、容疑者を特定することはできたものの物的証拠がないため起訴に至らず、事件は未解決となっている。


≫ https://en.wikipedia.org/wiki/Burger_Chef_murders

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