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モラトリアムな乙女たち
独楽居十四彦
現実世界現代ドラマ
2024年11月04日
公開日
3,305字
完結
モラトリアムに直面している乙女たちの物語。

モラトリアムな乙女たち

 友人のことで相談があります。

 この友人の将来を考えると、私は不安でなりません。

 どうかアドバイスをお願いします。


 私とその友人・時任葵さんは、女子校の同級生でした。

 卒業式の後、こんな会話をしたことを覚えています。


「田代さんって、卒業した後どうするの?」

「まだ何も決めてない。時任さんは? 将来何をしたいの? 夢とかあるの?」

「それが何もないのよ。とりあえず、いろんなことに挑戦してみたいな、とは思ってるんだけど。実際に試してみないと分からないし」

「そうよねえ」

「私たち二人とも、モラトリアムってやつだね」

「モラトリアム?」

「私もよく分からないけど、いわゆる『分からない』って状態のことじゃない? 分からないけど。話していても分からないし」

「そ、そうね。分からないね……」

 確かに、何を言っているのか全然分からなかった。


 それから半年後。

 私は、駅前のコンビニでアルバイトをしていた。将来何をしたいのか、依然見えていない。

 そんなモラトリアム継続中な、ある日。時任葵さんと出会ったのです。それはコンビニに向かう途中のことでした。


「ちょっといいですか。職務質問させて下さい」

「えっ? って、時任さん、だよね?」

「久しぶり、田代さん。ちょっと職務質問させてくれる?」

「職務質問って、時任さん、警察官になったの?」

「ううん」

「じゃあ、なぜ?」

「警察官に向いてるかどうか試してみようと思って。警察官といえば職務質問でしょ。だから試しているの」

「そういえば、いろんなことに挑戦したいって言ってたね」

「試してみて手応えがあったら、警察官になってあげても、まあ別にいいかなと思って」

 と長い髪をかき上げながら、気持ちいいほどの上から目線で言ってくる。

「だから、ちょっと職務質問させてね」

「うん」

 生まれて初めての職務質問が、職務質問ごっこで、しかも相手が時任さんだとは……不安。

「これから、どこに行かれるんですか?」

「駅前のコンビニです」

「強盗をしに?」

「違うよ。バイトだよ」

「名前は?」

「田代直子です」

「田代直子……? えっ、まさか、あの……!」

「その、指名手配犯を見つけた、みたいなテンションで言うのやめて」

「年齢は?」

「19歳です」

「本当に? 49歳ではなくて?」

「それ失礼だよ」

「干支を言ってみて」

「寅です」

「今49歳だとしたら、干支は……んんん?」

「急に干支を聞いて、相手にボロを出させようとするのはいいけど。そういう時はちゃんと干支を把握しておかないとダメだよ」

「じゃあ、学生時代の楽しい思い出は何?」

「そんなこと職務質問で聞かれるかな? えっと、家から自転車で十分で通えたところかな。我ながら、何もない高校生活だったな」

「私は、私を叱った古典の先生が、階段から滑り落ちた時かな。本気で『滑り落ちろ~!』って願ったら、その通りになったから」

「そんな人が警察官になっていいのかな……」

「じゃあ、悲しい思い出は?」

「席替えで、真ん中の一番前の座席になったことかな。先生の真ん前で、すごく嫌だった。しばらく経って、また席替えすることになったんだけど、また同じ座席になっちゃって……」

 あの時は本当に悲しかった。

「私は、そのケガをした古典の先生に『一生治るな~!』って呪いをかけたんだけど、すぐに治っちゃったことかな。あの時は本当に悲しかった」

「やっぱり、警察官目指すのやめた方がいいんじゃない?」

「ところで、先ほど起こった重大事件の犯人と、あなたすごく似てるのですが」

「急に警察官っぽくなったけど、どんな事件なの?」

「東京タワーが倒されたり、東京の街並みが破壊された事件よ」

「さっきまで怪獣映画見てた? それ、絶対私じゃないよね?」

「正直に吐け。お前がやったんだろう! 田舎のお袋さんが泣いてるぞ!」

「職務質問飛び越えて、取り調べになっちゃってるよ」

「アメちゃん食うか? 思い出すだろう、子供の頃よく食べたおいしいアメちゃんを。あの頃に戻りたくないか? 無邪気に遊んでいたあの頃に……」

「それは、ある程度年齢のいった人にしか効かないフレーズだと思うけど」

「田舎で夜なべしているお袋さんのことも考えてやれ!」

「実家すぐそこだし。お母さん、そんなに年老いてないから」

「ほら、アメちゃん食え、アメちゃんを」

「もしかして、アメちゃんで自白させようとしてる? アメちゃんにそんな力はないと思うけど」

「ふぅー。警察官もなかなか大変ね。私のモラトリアムはまだまだ続きそうだわ」

「私もだよ」

「とりあえず、アメちゃん食べながら考える?」

「そうだね」


 時任さんのせいでというか、おかげでというか。一刻も早くモラトリアムから脱け出したくなった私は、時間を見つけては図書館に通うようになりました。幅広くいろんな勉強をしようと思ったのです。

 まだ将来のことは見えていませんが、自発的に行う勉強の日々は、私に充実感を与えてくれました。

 たまにですが、時任さんのことも思い出しました。

 これは図書館に向かいながら、ちょうど彼女のことを思い出していた時のこと――


「あら、田代さん。久し振り」

「時任さん! 久し振り。ちょうど時任さんのことを思い出していたのよ」

「奇遇ね。私もちょうど、その辺に1億円が落ちてないかな、って考えていたところよ」

 『奇遇』の使い方、間違ってるよ。

「ところで今、時任さんは何をやってるの?」

「私? 私は今、リアルRPGをやっているところよ」

「リアルRPG?」

 何だそれは?

「勇者になるのはどうかなと思って、いま試しているところなの。勇者に向いてそうだったら、この世界を救ってあげても、まあ別にいいかなと思って」

 と長い髪を何度もかき上げる。しばらく会わないうちに上から目線に拍車がかかったようだ。

「で、どうなの勇者は? 向いてそう?」

「なかなか大変。第一、魔物って全然見つからないのよ」

 普通にいたら大問題だ。

「仕方ないから、野良犬や野良猫を魔物に見立てて戦ってみたんだけど、連戦連敗で」

 戦ったのか。しかも負けたのか。というか、何をやってるんだ、この人は。

「賢者への転職が叶わなかったことが、最大の敗因だと思うんだけど」

 それが理由ではないと思う。

「そうだ。あなた、私の仲間にならない?」

「えっ、嫌だよ。私、ただのフリーターだし」

「一緒に魔王を倒そうぜ!」

「そういうこと言っていいのは、小学生男子だけだよ」

 小学生男子でも、リアルでは言わないと思うけれども。

「じゃあ、13時~17時勤務でもいいわよ」

「そんなパートみたいな感じで、世界を救えるの?」

「無給でお願いね」

「パートですらないじゃない」

「困ったわねえ。――あっ、もしかしてあなた! そうか、だから断ったのね!」

「えっ、何? どうしたの?」

 もう嫌な予感しかしないんだけど。

「ただのフリーターって言ったところが尚更怪しいわね!」

「だから何が? 何が怪しいの?」

「RPGにつきもののアレよ、アレ。田代さん、あなたが――ラスボスなのね!」

「何でそうなるの?」

 私はただの一般ピーポーです。

「いっそ私も、勇者なんてやめて魔物側になっちゃおうかしら。魔物に転職って感じで♪」

「そんな求人ないと思うよ」

「というわけで、弟子にして下さい田代さん! いえ、ラスボス様!」

「お願いだから、私を巻き込まないで」


 時任さんのモラトリアムは、まだまだ終わりそうにありません。

 誰か、時任さんがモラトリアムから脱出できるようにアドバイスをお願いします。

 ただし、「時任さんはそのままでいいです」という意見だけは即却下させていただきますが。


 図書館で、そんな相談ハガキを書いていると――

「あら、田代さん。久し振りね。何を書いているの?」

「あ、いや、これは何でもないの」

「お悩み相談ハガキ? 何か悩んでいるの、田代さん。私で良ければ相談に乗るよ。私、今、世界中の悩める人々のためにカウンセラーになってあげても、まあ別にいいかな、って思っているところだから」

 と長い髪を何度もかき上げつつ、鼻で笑ってくる。

「今では、見ていて清々しい気分になってくるよ、その上から目線」

 ただ、あなたにだけは相談しないと思うけれども。


 皆様、どうかお願いします。こんな時任葵さんを救って下さい。

 いや、私を救って下さい。


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