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第14話:あのテント②

「す、すみません! わたし、無神経に詮索してしまって、あの、すみません‥‥」


 自分の質問が、無遠慮に相手の深部に触れてしまった。あのテントの過去を探りたい、るりの正体を知って、変わりつつある後輩を笑顔で後押ししてあげたい、そんな思いから出た軽はずみな詮索の言葉を、たてはは悔いた。

 表情を曇ららせるたてはを見かねたのか、灰塚誠子は優しく微笑みながら、言った。


「気にしないでください。もう私は、受け入れていますから」


 そんな彼女の優しさに触れ、たてはの罪悪感はより更に膨れ上がる。


「息子は元々体が弱かったから、少しだけ、覚悟はしていたんですよ。でも大人になってからはキャンプだキャンプだって、いろんなところを飛び回ってたから、どこか安心してたんだけど‥‥」


 言葉に詰まるたてはを気遣うように、重苦しい沈黙を打ち消すように、灰塚誠子は息子ーー灰塚達樹(はいづかたつき)の事をポツポツと語る。


「そうだ、息子はアマチュアですけどカメラをやってましてね。ホームページに色々写真を載せていたんですよ。良かったら、見てあげて下さい。いろんな人に自分の写真を見てもらえたら、息子も喜ぶと思います」


 そう言って灰塚誠子は息子のブログのタイトルをたてはに伝える。

 たてはは深く頭を下げて、灰塚家を後にした。



   △



 アパートの窓を開け、流れ込む夜風に近づく夏の匂いを感じながら、たてははタブレットで灰塚達樹のブログを眺めていた。

 母親が他人に勧めるのもう頷けるほど、そのブログは作り込まれていた。バックナンバーを確認すると、過去の画像は身近な風景の写真が多く、後になるにつれてキャンプの写真が増えていった。写真の構図は独特で、写真素人のたてはが見ても、面白い写真だと感じる事ができる。

 そして、そのブログはなんの前触れもなく、半年ほど前で更新が止まっていた。


「キャンプ、好きだったんだね」


 呟くと、物悲しい気持ちが込み上げてくる。

 同じキャンプ好きとして、キャンプ愛を感じる写真達を眺めていると、自然と同情の気持ちが芽生えてきた。

 テーブルの端に置いたほろよいホワイトサワーの缶に手を伸ばし、口腔を潤す程度を口に含んだ。ほんのりとした甘さが、こんがらがった感情を優しく解きほぐす。

 プロフィールに写真が載っていた。生年月日を確認すると、たてはの2歳年上のようだった。メガネをかけた面長の顔に物静かな笑みを浮かべている。 


 思いついて、たてはは例のテントが発売された時期のページを開いた。

 キャンプに関する出来事をブログに綴っているのなら、新しいテントについても何かしらの記事が記載されているかも知れないと考えたからだった。その予想は的中し、販売開始日の翌日にテント購入に関しての記事が書かれていた。


『ついに念願の限定テントが我が家に届きました! 次からはこのテントでキャンプに繰り出します! 乞うご期待!』


 箱に入ったテントの写真と、型番をマクロ撮影した写真が添付されている。この写真を見る限り、灰塚達樹はテントを新品で購入し、メーカーから直接届けられたのだろう。箱を一度開けられ使用された形跡はなかったし、転売ヤーから買ったにしては販売開始日から購入まで日が経っていない。

 そうなると、るりはテントが彼の元に届くまでに憑いたわけではない?

 確信はないが、未開封のテントに何かしらの細工が施されたとは思えず、また新品のテントに霊的なものが既に憑いているとは考え難かった。


「と、なると‥‥」


 あのテントにるりが住み着いたヒントは、テント購入後から更新が途絶えるまでの数ヶ月間に記載されている可能性が高い。

 徐々に情報が整理されてきた。

 ベッドにもたれかかって座っていたたてはだったが、つまみのポテトサラダをひとつまみすると、胡座をかいて座り直す。テーブルに置いたタブレットの灰塚達樹の顔写真を眺めながら、これから確認していくべき内容を想定する。


 るりを幽霊と仮定すると、テントに彼女が取り憑いた原因は一体なんなのだろう。

 地縛霊という言葉があるし、強い情念を纏った霊は、執着がある物や場所に留まってしまう場合があるようだ。そうなると、るりがあのテントに執着する原因には何が考えられるか。例えばるりは灰塚達樹の恋人で、2人でキャンプを楽しんだあのテントを死後も執着してしまう程に愛していたか? もしくは‥‥


 るりが、あのテントで、死んでしまったから?


 たてはは、自然と浮かんできた自分の考えに背筋が凍った。眺めていた灰塚達樹の温和な表情が、心無しか底知れない闇を抱えているように見えて、気を紛らわすようにほろよいを一気飲みする。

 まさかこの男性が、あのテントで、るりちゃんを?

 その可能性は限りなく低い。低いに決まっている。るりがあのテントに取り憑いた経緯については、もっと他にも、色々な可能性が考えられるはずだ。


 疲れのためかアルコールの為か、だんだん頭が回らなくなってきた。今日はもう潮時かなぁ、とたてはは再びベッドにもたれかかった。


 網戸から近くの国道を走る車のクラクションが聞こえ、それが止むと外は再び静寂に戻る。片田舎の夜は静かで、ゆっくりと流れ込む風ですら音を感じ取れそうな気がする。

 両手を投げ出し、目を瞑って、空間に自分を溶け込ませた。今日は本当に色々あった。わかった事も多かったけど、わからない事もまた増えた気がした。それでも、まあいい。少しでも先に進めたなら。

 今日使った一万円は、時期が来たらすけ君に半額請求してやろう‥‥。


 足元にポッカリと開いた大穴の様な睡眠の欲求に抗いながら、たてはは「あ、は、みがかなきゃ‥‥」と呟いた。




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