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第7話:るりと名付けた少女について

 冷静に考えると、やっぱり普通じゃないよなぁ。

 消耗品の品出しをしながら、たてははテントに取り憑いた少女ーーるりについて考えていた。


 彼女が幽霊、この世の理から外れた存在であることは、あの黒い影のような容姿からも明らかだ。創作の中でなら似たような存在を何度も見たことがあるが、実生活の中であんな得体の知れないものを見たことはない。

     スマホの画面を通して見た彼女が美少女の姿をしていた事で警戒心が薄れていたし、コミュニケーションの中で私達に害をなす存在では無いだろう判断していたが、果たしてどこまで信用していいものか、そうたてはは考えていた。


 優しい老婆や美女の仮面を被って人を欺き、近づいてきた者へ危害を加える妖怪変化。そんな伝承や昔話は、古今東西数多に存在している。彼女がその一つでないとは言い切れないのだ。


 彼女の知るための手掛かりは、やはり彼女の取り憑いているあのワンポールテントだろう。テントについて詳しい情報を得られれば、何かヒントが得られるかも知れない。


 ほんとは、あんまりやりたくないんだけどなあ。


 コンプライアンスというか、個人情報保護的にあまり褒められた行動ではないのだが、たてはは件のテントの買取台帳を調べてみる事にした。そこにはテントを持ち込んだ人の名前、年齢、住所なんかが記載されているはずだ。


 客が空いてきたお昼過ぎ、レジカウンターの下に置かれたファイルを取り出してページを捲る。あのテントが商品として並び始めた頃の日付付近に当たりをつけて、一枚一枚商品名を確認していく。


 あった。


 数分でテント買取時の台帳を見つける事が出来た。

    持ち込みされた方の名前は『灰塚はいづか誠子せいこ』、年齢は64歳、住所は市内だった。

     応対は店長がしているようだったが、どのような人相の女性なのか聞いてみるのはなかなか難しそうだ。そもそもこの台帳を個人的な興味で見る事自体、社内のルールに反している。


 女性の年齢が若干高めな事が気になった。

     還暦を過ぎた女性で、あのサイズのワンポールテントを売りにくる女性は多くない。若い頃にソロで使っていたテントというのなら何も違和感はないのだが、あのテント自体は2年ほど前に販売されたモデルである。

     退職を機にソロキャンプを始めたのだろうか? そんな女性がいてもおかしくはないし、むしろ好感が持てて応援したくなる、けど。


     謎は深まるばかりだが、いずれにせよ名前と住所を知れたことは大きい。       もし何か大きな問題が発生した時には、この住所からテントの正体を探る事が出来る。

 しかし、何も起きないようであれば、この情報は自分の頭の中で風化させてしまおう。


 何もないに越した事はない。自分だって、るり名付けたあの人懐っこくて可愛らしい女の子と、もっと仲良くなりたいのだから。


 たてははそう自分の中で締めくくると、そそくさと台帳のファイルをカウンター下に仕舞った。



   △



 棚の雑誌を並べ直していると、ボサボサ頭で三白眼で無精髭の、明らかにアレな感じの後輩が来店した。たてはが手を振ってアピールする。それに気付いた宗助がのそのそと歩いてくる。


「どうもす」


「相変わらず人間社会を拒絶するような格好をしているね」


「なんすか、それ」


「お花見キャンプ、行って来たの?」先日消耗品を買いに来た時の話を思い出し、たてはは尋ねる「桜は見れた?」


「まあ、いい感じでした」


「るりちゃんも、桜見れた?」


 好奇心旺盛な彼女であれば、きっと喜んで桜を眺めるだろう。


「まあ」


 気のない返事は相変わらずなのだが、その口元に微かな笑みを浮かべた事をたてはは見逃さなかった。どうやら、るりとの二人キャンプも楽しんで来れたらしい。


「それで、今日は何をお買い上げに?」


「いや、あの」


 そこで珍しく宗助が口籠る。キャンプ道具や消耗品を購入するときは、アレが何個、コレが何個と、機械音声のように澱みなく言葉を並べ出すのがこの後輩の生態なはずだ。それがなんだろう、この初めてのお使いを頼まれた子供のような反応は。

 たてはは頭に疑問符を浮かべながらも、辛抱強く次の言葉を待った。


「えーっと、雑誌‥‥」


「雑誌?」


 キャンプギアの紹介雑誌か何かが欲しいのだろうか。


「そっす、その、こんな感じのやつ、っすかね?」


 宗助が指差したその先には『キャンプ女子必見!春夏のアウトドアコーデ』と書かれた雑誌が置かれていた。2人の女性が、テントをバックに向かい合って座り、コーヒーか何かを飲んでいる。たてはもたまにファッションの参考にしている雑誌だった。


「え、これ?」首を傾げるが、そこで気付く「ああ、るりちゃん」


「頼まれて」


 目線を逸らし、照れた顔で赤くなった頬を掻くこの後輩が、なんだかとても可愛らしく感じた。そして親愛なるこの後輩と、幽霊のるりちゃんの関係が若干深まっていることに、たてはは子供の成長を見たような微笑ましさを感じていた。


 先ほどまで脳裏を過っていた『るりの正体』、もしかしたら起こるかも知れない『大きな問題』、そんなものはきっと杞憂に終わるに違いない。

 今まで見たことのない、後輩の気の抜けた表情を目の当たりにして、たてははそう思い込もうとした。


 知る必要のないことは、無理に知るべきではない。


 グランドシートの下に隠れた小石のように、どこか落ち着かない居心地の悪さ感じながらも、たてははシュラフに潜り込むようにそれ以上の思考を遮断した。




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