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第3話:幽霊?との対話

「それで、その幽霊はその後どうなったの?」


 たてはは、意味深な発言だけを残しランタン用のOD缶を買って去ろうとする宗助そうすけを引き止め、退勤後にファミレスで落ち合う約束を強引に取り付けると、律儀にやってきた宗助の首根っこをつかんでボックス席に向かい合わせで座らせ、そして今に至る。


 宗助は「今日はじっくりとカレーを作る予定だったんすけど‥‥」と不満そうだったが、食事代を奢ると申し出ると満更でもない様子だった。

 ミックスグリルのエビフライを尻尾までバリバリと齧りながら、宗助はその『幽霊』との出会いを話す。たてはは基本馬鹿正直なこの後輩の話を、半分真実として、もう半分は何かの勘違いなんだろうと訝しみながら聞く。


 気がつけば、たてはが頼んだキノコピザはチーズがすっかり固まっていた。



   △



「幽霊なんですか、幽霊じゃないんですか」


 宗助は曖昧なものがあまり得意ではない。キャンプを繰り返していると否が応でもそんな感覚が芽生えてくる。晴れれば夜空の下で焚き火をして、雨が降ればタープの下でコーヒーを飲む。雨が降るのか降らないのかよくわからない曖昧で宙ぶらりんな感覚は、それはそれでアウトドアの醍醐味ではあるものの、靴下の先っぽがダブついてる時みたいになんとなく落ち着かない。


 自らを幽霊だと思うと言った黒い影は何も答えない。影の中にぼんやり見える表情のニュアンスから呆然と宗助を眺めている様にも感じる。少しの沈黙の後、あの、えっと、と言葉を選ぶように呟くと、影は言う。


「この状況で、まずそこを追求するんだ?」


「だってそこの前提はしっかりしておきたいじゃないっすか」


「そういうものなの?」


「はい」


 宗助は足元のカバンからウイスキーの小瓶を取り出し、胃に流し込んだ。体の中心が熱くなり、幽霊だ何だで疲弊しすっかり鈍麻していた感覚が再び覚醒する。


「そうは言っても」影はうーんと小さく唸る「何も記憶がないから、よくわからないんだよね」


「記憶がないんすか?」


「うん。気が付いたらここに座っていたっていうか」


「はあ」


「それより前のことを思い出そうとすると、記憶に靄が掛かっているっていうか。あんまりいい記憶じゃないような気がするのは、何となくわかるような気がするんだけど」


 その言葉はなんとも歯切れの悪いものだった。彼女自身も自分が置かれた状況に困惑しているのだろう。


「全部、何となく、気がする、なんですね」


「うるさいなあ。何でそこをそんなに責め立てるのよ」


「責めてないっすよ。そういうものだと自分の中で定義づけるための確認作業です」


 宗助はそう言って頷く。


「君変わってるって言われない?」


「言ってくれる相手がいないので。ていうか記憶がないのに変わってる変わってないの評価軸は存在してるんですね」


「うん、不思議だよね。言葉だって普通に話せるし、ここがキャンプのテントの中だってのもわかる」


 彼女は指先を顎に当てて考えるようなポーズをした、ような気がした。ぼんやりしたシルエットがそんな姿勢を取ったように見える。


「はあ。それならあんまり言いたくないですけど、ここ出てってもらえないっすか?」宗助はテントの出口を指さす「俺、1人でキャンプしたいので、他人が居ると嫌なんすよ」


 宗助の歯に衣着せぬ物言いに、彼女は溜息を吐いたようだった。


「こういう存在を『他人』扱いするんだ。うーん、そこまで邪険に扱われると、こっちだって出て行きたくなるけれど、それは出来ないのよね」


「何で?」


「私、どうやらこのテントの下から出れないらしいの。ここに突然現れてから何度も外に出ようと思ったんだけど、そのたび意識が朦朧となって、気付いたらまたこの中に立ってるの」


 彼女はそう言うと颯爽とテントの外に飛び出した。その瞬間に彼女の姿が消え、再びテントの中に出現する。


「ほら」


「確かに」


 実際に見せられると反論のしようがないと宗助は考える。この幽霊女を追い出す事は諦め、この現状を受け入れた上でどうしていくかに考えを切り替えていかねばならない。


 宗助は一旦テントの外に出て、弱まっていた焚き火を火消し壺に突っ込む。その後メインランタンを消して、食料品やゴミ、雨に濡れて困るものをテントの角に仕舞う。そして床に寝袋を広げるとその中に潜り込み、さっさと目を閉じる。


「あれ、もう寝るの?」


「はい。この状況が自分の酔いが生み出してる幻覚かもしれないので」


「なるほど」


「幽霊さんは、本当に存在してるならそこのコットで寝て下さい」


「君がここで寝なくていいの? 床のシート薄そうだし、寒いでしょ?」


「そりゃ寒いっすよ。本当はそこで寝る予定だったんですから。でも女性を地べたに寝転がすのは失礼なんで」


「失礼か‥‥。その物言いは失礼だと思ってないんだね‥‥。でも、ありがとう」


「おやすみなさい」


 そう言った瞬間から宗助は寝息を立て始める。いつでもどこでも寝られる神経の図太さも、キャンプでは重要な要素だったりする。

 一晩明けた翌日、朝日を透過しやわらかな光に包まれたテントの下、コットの上で申し訳なさそうに漂う黒い影の幽霊を見て、宗助は「幻覚ではなかった、と」と呟いた。



   △



「そして、今に至る、と」


 たてはは腕を組んで頷いた。


「テントを畳んでたら、いつの間にか消えてました。きっとまたテントを組み立てれば出てくるんじゃないすかね?」


 食後のコーヒーを飲みながら宗助は興味なさそうに言う。

 たてははこの後輩の眉唾ものの話をどこまで信じればいいのかわからず悩みあぐねていた。作り話をして相手を揶揄うような奴ではないのはそこそこの付き合いで理解しているつもりだから、残された可能性は疲れとかそういう理由で幻覚を見ているのか、もしくは本当に幽霊が存在しているのか、だろう。

 そこをはっきりさせないことには何とも言えない。


「週末空いてる?」


「今日作れなかったカレーを作る予定です」


「空いてるね。じゃあさ、春日ヶ丘公園でデイキャンプ予約しとくから、そこでテント張ってその幽霊を見せてよ」


「ええ‥‥」


「あんたはそこでカレー作ってていいから」


「はあ」


 とりあえず次のアクションを決める。

    しかし、本当に幽霊が取り憑いているとしたら、そんな呪物を客に売りつけてしまった事は店の責任問題ではないのだろうか。事が明確になったら、一度店長をを問い詰めなければならない、とたてはは意気込み、同時にそんなものを売りつけてしまった後輩に対し申し訳ない気持ちが沸き起こる。


「すけ君、あのさ」


「なんすか?」


「なんていうか、変なテント売っちゃってごめんね。これが本当なら店側の責任だよ。もしあれなら、返品できるように店長にかけあってみる」


 宗助は一瞬だけ考え、応える。


「返品、しなくていいすよ別に」


「え、なんで?」


「だって、新しいテント買う金ないんで」


 たてはは申し訳なさを感じていた自分がバカらしく思えてきた。





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