私は笑った。公爵令嬢であれば、はしたないと言われるぐらい笑った。
「ざまぁないですわ」
そう、こぼす私の頬に冷たい雨が流れていきます。
愚か。本当に愚か。
嘶きが聞こえ、私は背後を振り返ります。そこには色彩豊かな衣服をまとった者たちが整然と並んでいました。
その中央には見慣れた黒髪の龍人がいます。
番という者から逃げられると思っていた私は愚か者です。この呪いを解かない限り私は番から解放されない。
「カトリーヌ。心配で迎えに来ましたよ」
番に囚われた愚かな王。
龍人という強種族。王という権力者。
その者が一度番を失って、執着しないわけがない。
「少し遠出し過ぎで、心配で心配で……」
今思えば、私に見張りがついていないわけがない。そう思うとあの御者の男も怪しく思えてくる。
こちらから聞きもしないのに、客にあそこまで言う必要はなかった。そして普通であれば、王都に引き返すために客を待つはずなのに、先程乗っていた乗り合い馬車の姿がない。
「我が国のことを知ろうとしてくれるのはとても嬉しいが、ここまで遠出したかったのなら、今度からは我に言うといい。好きなところに連れて行こう」
そう言って私の被っている外套を取り外す。
番とわからないように日常的に魔力を抑えていたというのに、この執着。
この呪いから解放されるには、もう『死』しかない。でもエリザベートが死んでも、カトリーヌとなった私が囚われてしまった。ということは長命種に『死』は意味がない。
ならば、番に囚われたこの男を殺すしかない。
「シンセイ様。私と一緒に……」
死んでくれますか?
「カトリーヌ?」
「……帰りましょう」
「そうだね。雨に濡れてカトリーヌが寝込んだら大変だ」
ああ、私は呪われている。
番という神から与えられた運命に。
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ここまで読んでいただきましてありがとうございました。
以下は補足になります。
【ヴェルディール公爵(兄)Side】
「公爵様。今年も届いたのですが、如何いたしましょう」
公爵と呼ばれた二十代中頃の青年は、届いた物を見て嫌そうな表情を浮かべた。
何が嫌なのだろう。
燕尾服を身にまとった青年が差し出しているのは、銀色のトレイに乗せられた分厚い箱だ。
それも細長く厚みがある。長さで言えば公爵の手から肘までの長さはあるように見えた。
その箱を留めている紐を引っ張り、嫌そうに蓋を持ち上げた。
中にはクッション材なのか布が敷き詰められ、巻いた紙が入っている。
巻いた紙を取り出し端を引っ張ると、どこまで続くのだろうという紙が公爵によって伸ばされていく。
その紙には文字が書かれているが、それを読んでいるようには見えない。
「で、なんと書かれている?」
やはり読んでいなかったようだ。
しかし尋ねられた青年も困り顔になっており、書かれている文字が読めないようだ。
「色々つてを使って調べてはいるものの、龍王御本人が書かれたものとしか……極東と取引がある商人でも、かなり文字が崩されており読めないと言われました」
「エリザベートは?」
「エリザベート様なら解読できるでしょうが、今はレイモンド様と観劇に行かれていますので……あの、使者の方がお返事をいただけるまで王都に滞在しているとおっしゃられているのですが……」
その言葉に公爵はますます嫌そうな顔をしている。婚約者とのひと時を楽しんている妹に頼むことを躊躇っているのだろうか。
「何度も確認するが、ヴェルディール公爵家とシン国とは何も関わりはないのだな?」
「何度も申しておりますが、関わりがあるとすれば、先々代のヴェルディール公爵夫人です。しかし先々代の公爵様に確認いたしましたが、そのようなことは一度も口にされていなかったと」
「お祖母様は王家から降嫁されているから、確かに何かしらの関わりがあるかもしれないが、もう五年前に亡くなられている」
そして、室内に二つのため息が響き渡った。
「適当に挨拶文を書いて、礼状をしたためておけ、それでヴェルディールの特産を返礼品として渡しておけ」
「いつも通りということですね」
「そうだ」
こうして、龍王からの番への手紙は、公爵の手元で止まっており、エリザベートには一切伝わっていないのでした。
そしてその行動が龍王の怒りに触れたのだった。
シン国での補足
女官たちの行動について、
女官たちが店の外にでていた理由。
それは龍王からの通達があり、カトリーヌの行動を阻害しないという命令が出されていたからです。
多くの龍人が側におり、ちょっとしたカトリーヌの行動でカトリーヌ自身を傷つけない配慮のため、遠くから見守っているという行動をとっていました。
そしてもちろん離れた位置に護衛がおり、店に誰かが入ろうとすれば、入店を断っていました。
人であるカトリーヌでは認識出来ないところからでも龍人族では問題ないという種族としての差がここにもでてきていました。
その護衛はカトリーヌの逃亡計画にも随行しており、早々に龍王の耳に入っていました。
御者の龍人は一般人であり、関係ありません。