人の往来が多い店が立ち並ぶ区画に入り、風呂敷という布で包んでいた外套を羽織り、王都と地方を結ぶ乗り合い馬車がある場所を目指す。
下女の姿は、王城の周辺では目立つことはありませんが、質素な衣服でも布地の作りが違うため、貧困街というところに行くと、どうしても目立ちます。
乗り合い馬車は、その貧困街の近くにあるため、ボロ布と言っていい外套を羽織って、身なりがいいことを隠すのです。
これは他国の者の往来が多いハイバザール辺境伯の地で学んだことです。
身なりがいいと、変な輩に絡まれてしまいますから。私の拳は龍人には通用しないことが、この半年で十分理解できましたので、絡まれたらアウトです。
「カイザン行きはいつ出発ですか?」
「ん?」
『海棧行き』と書かれた乗り合い馬車の御者に尋ねます。
公爵令嬢として、いろんな国の言葉を覚えていたことが、こうして役に立つとは皮肉なものですね。
「三十分後だが、こんな日に王都を出るのか?」
「地方にいる母が倒れたと連絡が入って、すぐにでも帰りたいのです」
正月の王都を去る理由。よっぽどのことではないと、おかしいと不審がられるでしょう。
だから親兄弟が倒れたという理由が無難でしょう。
「ちっさいのに王都に出稼ぎにきて、偉いな」
御者の男性は納得してくれたようです。そして運賃を払って乗り合い馬車に乗り込みます。
ここで私が自分で買い物をしたいといっていたことが役に立ちました。
公爵令嬢だったときは、お金など持ったことなどありませんでした。そう、身分が高くなると自分で支払いをすることはなく、お金に触ることもなかったのです。
王妃扱いされている私がシン国のお金に触れることは皆無であり、すべて欲しいと言ったものが用意される。
そうなれば、逃げるための資金が得られません。
私が買い物をして、これがシン国のお金かと面白がっていると、元妃たちはバカにしたような目を私に向けて、そのあとのお釣りでもらったお金が、どこに消えたか気にしないのです。
それで、それなりの資金を貯めましたわ。
この三日間で港町であるカイザンにたどり着けば私の勝ちです。
旅は順調でした。乗っている客が私しか居ないというのもあり、何かと御者の男性が気をつかってくれたのです。
泊まるならここがいいとか、ここの食事が美味しいとか、色々情報をくれました。とても助かりましたわ。
カイザンから海の向こうの大陸の国に渡るということを教えてくださったのは、前世のときに会ったシンセイ様からです。
シンセイ様は子供の私に色々とシン国の話をしてくれていました。
そして私が集めた情報と、国土地図と照らし合わせて、このルートを選んだのです。
こうして無事に三日後に、カイザンの街にたどり着きました。町は山の斜面を削って造ったのか、坂の町だからかでしょうか。乗り合い馬車の到着した広場から海がよく見渡せました。前世でも見たことがなかった大きな湖のような海。
広場の端まで行って海を見ます。
曇天の今にも雨が降り出しそうな空ですが、眼下に見える港には大きな船が停泊しています。
あの船に乗れば新たな新天地に行けるのですね。
「ふふふ……」
思わず笑いが込み上げてきます。
今までこんなに笑ったことなないというぐらいに笑いました。
「ざまぁ……」