気がつけば、シンセイ様の悲壮感漂う顔が視界に映り、なぜ貴方がそんな顔するのかと言いたかったですが、右手の痛みが無くなっていたので、口に出すのは止めました。
「カトリーヌ。どこか痛むところはあるか?」
その言葉に首を横にふります。
あの痛みはなんだったのかと思うほど、右腕の痛みはなくなっていました。
「何が起こったのでしょう?私は何かしてしまいましたか?」
女官から注意されたということは、私はしてはいけないことをしたということでしょう。
シン国の文化は独特で、一ヶ月ほどでは覚えきれなかったのは確かです。
「いや、カトリーヌは何も悪くない。カトリーヌは我が国に馴染もうと頑張っているのは誰の目にもあきらかだ。そこを咎めることはしない」
私は逃亡計画を実行するためにシン国のことを知ろうとしているだけで、別に馴染もうとはしていません。
「女官共には再度忠告しておく。龍人の力を振るうことは人にとって死を意味すると」
どうやら、私はシン国の神を祀っている神殿を指で指してしまったために、手を下ろすように注意をされたそうです。
その時に近くにいた女官に腕を叩かれ、腕の骨が折れたのでした。その折れた骨はシンセイ様の力で治してくれたそうで、痛みがないのなら、いつも通り過ごしてくれていいと言われたのでした。
そうなのです。龍人のただの女官が、私に注意するために軽く腕を叩いただけで、私の腕の骨が折れたのです。
今まで辺境の地で鍛えて、辺境の兵たちをボコ殴りしていても、それは、井の中の蛙でしかなく、種族という壁には敵わなかったのです。
前世のお兄様。絶対に大丈夫ではなかったですわよね。
それから、シンセイ様の忠告がされたためか、女官たちからは一定の距離を取られ、私の腕を叩いた女官の姿はあの日以降見かけることはありませんでした。
そして、この半年の間様子を窺っていると、月に一度シンセイ様が丸一日来ない日があるのです。
どうも龍王としての神事があるらしく、その日は私の元には訪れない。
これも元妃の女官の方々が教えてくださいました。私の腕が折れるきっかけとなった建物で行われているそうです。
ただ、一日だけではどのルートを通っても国外に逃げることはできないのです。最短でも三日。
三日間、シンセイ様と離れる機会があれば、私はこの国から逃げられるところまで、情報を集めることができました。
そして元旦に当たる今日から三日間は龍人の方々にとっては大事な祭事があるようなのです。
それには後宮にいる方々も出席を求められているらしく、人族である私は危険だから後宮にいるようにと言われています。
ええ、ここに来て龍人の方々と人族でしかない私の種族の差別というのを、何度も見せつけられてきました。
そして、元妃の一人に教えてもらった地下の抜け道を使って、後宮を抜けだします。本来は敵襲を受けて秘密裏に逃亡するために使われる地下道らしいのですが、結局のところ後宮の外に出られても、龍王が住む城の外に抜け出せるわけではなく、そこからは自力で突破しなければなりません。
恐らく別のところに、城の外に出られるルートがあるのでしょうが、私には教えてもらえませんでした。
その時に教えられたのが、後宮を出て、シンセイ様に助けを求めるようにと。
絶対に助けなんて求めませんわ。
私の今の姿はその辺りで忙しそうにしている下女の簡素な衣服をまとっています。私の目立つ赤い髪は黒粉という髪を黒く染める粉を降って、赤みを抑えていました。
後宮を抜けた私は、少し速歩きで使用人の通用門に向かいました。
「お嬢ちゃん。こんな日に外に出るのか?」
一番の難関の城の門番です。
お嬢ちゃん。龍人の子供は龍人の特徴である額に角が生えておらず、背が低い私はここでは子供あつかいされているのです。
「どうしてもって、お使いを頼まれたの」
私が女官から渡された通行証は、王妃直属の使用人の通行証であり、私は王妃の命令で動いているという体裁がとれるのです。
「そうか。人族の王妃様は祭事に出席できないものな。何か正月を楽しめるものを買ってくるといいよ」
私はその言葉に頷いて、開けられた門を通り抜ける。
そして年が明けた祝に沸き立つ王都の中に紛れ込んだ。