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第2話 この拳は復讐のために

 階段から落ちて頭を打ってから、私がおかしくなったと、親兄弟に心配されながら十三年の月日が経ちました。


 私。カトリーヌ・エランディール。18歳。


 前世の死んだ歳になりました。


 鍛えに鍛えた私はムキムキ筋肉淑女……にはなれず、普通より背が低く細い子爵令嬢になっています。


「何故に! 筋肉がつかないのです!」


 日課の訓練が終わって地面に項垂れる私。そんな私に声をかけてくる人物がいます。


「それは元々付きにくい身体だと、毎回説明しているわよ」


 その声の方に視線をむけると、私よりも背が高く男装の麗人と言っていい御方がいます。


「イーリア様」


 イーリアイグレイシア・ハイバザール。ハイバザール辺境伯令嬢です。

 太陽のようなきらめく金髪を一つに結い、空を映したかのような澄んだ青い瞳を私に向けています。

 一瞬十八歳の青年にも見えなくもありませんが、婚約者もいるご令嬢です。


「ほら、今日は戴冠式なのですから、いつものようにグジグジと言っている暇はありませんよ」

「私は招待されていませんよ?」


 はい。今日は前世の記憶では、幼い第一王子殿下だった方の戴冠式なのです。しかしただの子爵令嬢でしかない私は招待されていません。

 招待されているのは各家の当主のみです。


「私の侍女は誰?」

「私です。しかしマリエッタさんが行くとお聞きしています」


 今の私はハイバザール辺境伯家に雇われた侍女です。そしてイーリア様の身の回りのお世話兼護衛という仕事についています。


「私と共に王城に行くのはカトリーヌよ。貴女の方が私より所作が綺麗でしょ。公爵様の恥になってはいけませんもの」


 そう言って頬を赤く染めているところを見ると、恋する令嬢に見えます。ヴェルディール公爵。それがイーリア様の婚約者です。


 そして前世の私の甥。私の所作が綺麗と褒められる理由は、ヴェルディール公爵令嬢として恥ずかしくないようにしつけられたからです。


 ですが、今は子爵令嬢でしかない身。使うべきところはありません。

 いいえ、ハイバザール辺境伯様から私の所作が綺麗なことを認められて、剣術バカと言われているイーリア様の侍女を命じてくださいました。

 イーリア様には、私を見習うようにと何度も言われていたのを思い出します。


 この仕事につけたのも前世の記憶があったからですね。


 しかし戴冠式となりますと、きっとレイモンドも来ることになるでしょう。ただの子爵令嬢であれば王城に足を踏み入れることなどありませんが、ヴェルディール公爵の婚約者の侍女としてなら、王城に入れますから。


 腕が鳴りますわ。


「何、凄く怖い顔で笑っているの?」

「イーリア様! 支度をしてまいります!」


 私はそう言って、土を払って駆け出しました。


「待ちなさいカトリーヌ。貴女がするのは私の支度よ!」


 そんなことはわかっています。私の支度はすぐに終わりますから、少し待っていてください。





 そして私は完璧な装いに仕上げました。勿論、イーリア様の侍女としてです。


 戴冠式は出席できませんが、その後の祝賀パーティーはイーリア様の付き人として会場内に入れます。

 そこがチャンスでしょう。


「カトリーヌ。何故貴女、さっきから拳を振るっているの?」


 イーリア様も完璧に仕上げた私は、身体を温めるために正拳突きを繰り返しています。気合は十分です。


「イーリア様。いかなるときでも鍛錬は必要です」

「これ以上強くなってどうするの? そろそろ結婚する相手を見つけた方がいいのではないのかしら?」


 結婚……その言葉を聞くとイラッとします。私は結婚などするつもりはありません。


「ほら、ヴェルディール公爵様が迎えに来てくださったから、そろそろ止めなさい」

「はい」


 仕方がありません。私は振るっていた拳を下ろし、身なりを整えます。


 そしてイーリア様のドレスが着崩れしていないか確かめてから、玄関ホールに向かいました。


 イーリア様は緊張されているのか、いつものおしゃべりは聞こえず、ただ床を叩くヒールの音のみが響いています。


 実は前世の甥であるヴェルディール公爵とは初めて会うのです。

 番という存在が優先されてしまうのが常識。そのため、貴族の令嬢という立場で、他の殿方に直接会うということは良しとされていません。


 ええ、婚約破棄問題が頻発してしまうからです。


 ですが、婚姻後であれば、番を愛人として囲うことができるのです。

 私としましては、その時点で背後から殴っていいと思いました。


 今の私はエランディール子爵令嬢ではなく、イーリア様に侍女でついていくため、その問題には引っかからず、王城に行くことができるのです。

 まぁ、抜け穴というものですわ。


 そこでいい殿方でも見つけろというハイバザール辺境伯様の意図が見え隠れしています。はい、ハイバザール辺境伯領の殿方は、私の訓練相手として何かとボコっているので、私を珍獣扱いしているのです。


 それは大いに結構。ムキムキ令嬢になって殿方からドン引きされよう作戦が、暴力令嬢でドン引きされるに変わっただけですから。


 玄関ホールにつきますと、そこには赤い髪の長身の男性がイーリア様を待っていました。イーリア様は頬を染めながらその人物に近づいて行きます。


 レイリヒト・ヴェルディール公爵。前世の兄の子になります。私が死ぬ前に生まれたばかりでしたが、兄によくにています。


 公爵もイーリア様に好感を持っているのか、優しい目でイーリア様を見つめています。


 三ヶ月後に籍をいれることが決まっている二人が、幸せになれることを祈っていますわ。



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