私は幸せだった。だって今日は大好きな婚約者のレイモンドとの結婚式ですもの。
そう、この瞬間まで。
「え?」
私はレイモンドが言っている言葉が理解できなかった。
「だからそのいま着ているドレスを脱げと言っている」
「だって今日は結婚式で一年前から準備を……」
「そう! 結婚式だ! 俺とナタリーとの!」
私はナタリーという名ではありません。それは今日私の結婚式に呼んだ友人の名前です。
私の婚約者のレイモンドの横には、紫のふわふわとした髪を綺麗に巻いている友人のナタリーがいます。それもレイモンドにベッタリとくっついて。
「わ……私との結婚は……」
「そんなもの無しだ! 俺は運命と出逢ってしまったのだ!」
「うんめい……」
私はレイモンドの言葉をただ繰り返すのみ。何が起こっているのか理解できません。
だって今日は私とレイモンドの結婚式ですのに。
「そう! 運命だ! 俺は
「つがい」
つがい。それは運命の伴侶と呼ばれる存在。出逢えば、互いが互いを番だと認識し求め合うと言われている存在。
しかし本当に出逢えるのは稀のこと。
「「「おめでとうございます!」」」
今まで私の着付けをしてくれていたメイドたちが、一斉にレイモンドとナタリーに祝福の言葉を言った。
そして今まで『とても綺麗ですよ』『お似合いです』とか言ってくれていたのに、無言でドレスを脱がせていきます。
どうして? どうして? だって今日は……
私はくる時に着ていた普通のドレスを着せられ、放置されました。そして、一年かけて作ったドレスがナタリーに着せられていきます。
こんなことって……こんなことって……つがいだからと言って許されるのでしょうか?
「レイモンド。お祖父様たちが、私達を婚約者にと決められたのよ。こんなの……」
「は? 何を言っている。婚約なんて破棄に決まっているだろう!」
その言葉に私は今までの全てが崩れていきました。子供の頃から大好きなレイモンドと結婚できると……幸せになれるのだと思っていましたのに。
私はこの場にいることが出来ず、ふらふらと部屋を出ていきます。でも誰も止めてくれる人はいません。
そうこの場にいる者たちはレイモンドとナタリーを心から祝っているのですから。
何も考えることが出来ず、そのまま屋外にでていきます。いつも以上に賑やかな王都の街とは正反対に、私の心は虚無のように空っぽです。
ああ、そう言えば明日は急遽シン国の龍王が外交に来られると聞きましたわね。幼い頃にお会いしたことがありましたが、今の私には全く関係のないことですわ。
ふらふらと歩いていますと、嘶きが聞こえ顔を上げると……
「きっと馬車に轢かれて死んだのね」
私はなんと前世の記憶を持ったまま生まれ変わっていました。
前世は公爵令嬢という何かと周りの目を気にしながら生活をしていましたが、今は気楽な子爵令嬢。五歳。
三日前に家の階段で足を滑らせて、転がり落ちた時に頭を強く打ったらしく、前世の記憶が蘇ってきたのです。
「国王陛下のお名前は変わっていないので、私が死んでからそんなに年月は経っていなさそう」
とはいっても、田舎に領地があるエランディール子爵領には王都の情報は入ってこず、ただ国王陛下と王妃殿下の小さな絵姿が家に飾ってあるのみ。それも王位につかれた戴冠式の絵姿なので、それからどれぐらい経っているかは今の私にはわかりません。
「情報が欲しいわ」
エランディール子爵領はハイバザール辺境伯領の端にあるというのは知っています。
もし王都の情報が欲しければ、ハイバザールの領都までいかないと得られないでしょう。
「はー。今思えばレイモンドを殴って良かったと思います。だって長年婚約関係にあったのに、結婚式当日に婚約破棄って『一度死んで来い』と思いっきり殴っても……そうです。次に会えば殴りましょう。ボコボコになるまで殴って差し上げるべきです。だって私は死んだのですもの」
これは今から鍛えるべきですわ。
拳を作って思いっきり振ってみるも、小さな手に細い腕ではクッションぐらいしかへこませられません。
それからもう一つ重大なことを、私はなさなければなりません。
「
そう、前世の人生を終わらせるきっかけになった番。そんなモノ存在しなければいいのです。
「何が運命よ! そんな運命に私は逆らってやりますわ!」
取り敢えず一生に一度会えるか会えないかわからない番に対して、私は屈することは無いと断言します。
そして番を感知するのは、相手の魔力との共鳴と言われています。ならば、これから魔力を使わず感知出来ないほど、抑え込めばいいのです。
それが互いの一番の幸せですわ!