もうあの大崎はいない。朱音は絶望で頭が真っ白になる。
大崎が大きく腕を振り上げた。その手にはスタンガンが握られている。
その瞬間、“ドン”という荒々しい音とともにドアが開き朱音は押されて倒れこむ。一体何があったのか、振り向くと、人の姿が目に入る。
「ハイとイエスで答えろって言ったでしょ。全く人の言うことを聞かんで」
「室戸先生⁈」
そこには珍しく必死そうな顔をした室戸の姿があった。ドアはがたんと大げさな音を立てて再び閉じる。
大崎は朱音にスタンガンを向け、室戸に向かって穏やかな口調で言う。
「今は交渉中なので出てってもらえますか」
大崎は極めて落ち着いた様子でいる。
「残念だけども、夏川にやらせなきゃいけない雑用があるんで連れて帰ります」
どちらに付いて行っても地獄が待っているのではないか、朱音は室戸に使われる場面を想像し、身震いする。
「もともとは室戸さんが構想を立てたんじゃないですか。僕はそれが素晴らしいと思ったし、実行に移した、ただそれだけです」
構想、室戸、一体どういうことか。
「俺は仮説を立てただけで、警告もした。なのに押し通したのは大崎さんでしょ」
あの計画を立てたのは、室戸?
「あなたは学部長候補に上るために危険を冒さなかっただけですよね」
「誰が学部長になるなんて言ったのよ。あんな面倒な役職ごめんだね」
室戸はさげすむような眼で大崎を見つめる。一体何が真実なのか。朱音には分からない。だが、室戸の目には怒りのような何かが映ったような気がした。
「とにかくうちの雑用係を渡してもらおうか。そもそもあんたね、学生脅して研究に参加させてる時点で失格なのよ」
二人は向かい合い、動かない。朱音は室戸が気を引いているうちに逃げられるかもしれない、そう思い、少しずつ大崎から離れる。
「大崎先生、この研究は教育の役に立たない。なぜなら、子どものためにならない大人の自己満足だからだ」
「実際に子どもたちの能力は格段に伸びています。これのどこが自己満足ですか」
室戸は大崎を挑発するような発言を続けるが、大崎は冷静だ。朱音は大崎から1メートル程の距離まで到達する。朱音は室戸に目配せをした。
「あんた、子どもを教育する権利はないよ」
室戸がそう一言放つと、大崎はスタンガンを振り上げた。それと同時に朱音は室戸の方まで走り込み、室戸がドアを開けた。