朱音はふと胸ポケットに入っていたトーブー君ボールペンを思い出し、大崎の手に向かって思い切り振り下ろした。
「うっ」
大崎が怯んだところで朱音は足元を蹴り、大崎を転ばせる。
幼い頃にかじった空手がまさかこんなところで生きるとは。朱音はふとのんきなことを考えながら、ドアまで全力で走る。
必死の思いで腕を伸ばし、ドアノブに手をかける。
しかし、非情にもそのドアが開くことはなかった。
必死にドアをこじ開けようとする朱音の背後で、大崎は立ち上がる。
「この学校の設備はすごいでしょ。不法侵入もしっかり防いでくれる」
大崎はスタンガンを拾い、朱音の方を向く。朱音は近くにあった書類を丸め、チャンバラ遊びのような心許無い剣を向ける。
「室戸さんがトーブー君ファイルを使わなければこんなことにならなかったのにね」
室戸がなぜこのファイルに関係があるというのか、朱音には全く理解ができない。
「さあ、選んでもらおうか。ここで働くか、すべてを忘れ仲間を置いて逃げるか、ここで一生眠るか」
3択ならハイとイエスじゃ答えられない。
室戸先生、こういう時はどうしろと言うのですか。
大崎は朱音に詰め寄り、とうとうドアにまで追いつめられる。
「優秀な生徒を亡くすのは惜しいからね。課題提出まで少し時間をあげる」
右手を押さえつけられ、再びトーブー君をお見舞いするのは難しそうだ。
朱音は家を出る前に限定のアップルパイを食べてこなかったことを思い出し、げんなりとした。こんなことになるなら食べてくるのだった。走馬灯は案外くだらないものかもしれない、そんなことを考える。
今動けば間違いなく先に攻撃され終わりだ。
今動かなくても、いつかはやられる。
「教師が嫌なら、君が実験体になるかい?」
「なるわけないです。この学校を解体してください」
「残念だね。この研究はやめるわけにはいかないから」
そこにあの穏やかな笑顔はない。