「誰かなんか言った?」
「気のせいだと思うよ」
つい声が出てしまったが気づかれなかったらしく、朱音は難を逃れる。朱音が隙間から目撃したのは、写真でしか見たことがなかったが、間違いなく失踪した学生たちと中井の姿であった。
中に入った方が良いだろうか。しかし状況も分からないまま飛び込むのは危険かもしれない。しばらく朱音はドアの前で固まり、そこを動くことができない。
「今日は何するんだろうね」
「どうせ研修でしょうね。早く帰りたいのに」
中井はそう言い、大きく伸びをする。そしてこちらの方を向く。その時、朱音は中井と目があった気がした。
「ここやっぱり早く出た方が良いんじゃないすかね」
中井は軽い口調で提案するが、他の学生は下を向く。
「でも、今更戻れないだろ。半監禁状態だしさ」
半監禁、ということはやはり何かしらの事件に巻き込まれているのだろうか。学生たちに外傷は見られず、弱っている様子でも無いようで少し安堵する。
「お金ももらっちゃってるし」
「でも、明らかにやってることは間違ってるんだよな」
お金をもらっている、ということは単純な監禁ではないのか。一体何の話をしているのだろうか。朱音はさらに聞き耳を立てる。
「そういえばこの階の一番西側の部屋入りました?」
中井はにやにやとした顔で言う。
「入ってないけど、どうかしたの?」
「あそこ、ちょっとやばいもの入ってるって噂があるんですよ」
そういいながら再び中井はこちらの方を向く。偶然だろうか。
「やばいもの? 関わらない方が良いんじゃないの」
朱音が先ほどまで追っていた女性は不安そうな顔で言う。どこか見覚えがあると思いよく見てみると、失踪したサークルメンバーの一人の神田さんであった。
「でも、あそこ暗証番号入れちゃえば開くんすよ」
「え、試したの?」
「いえ、でもカード型式じゃなかったから」
もしかすると、これは中井からのヒントだろうか。
「でも暗証番号なんてわからないでしょ」
「まあそうなんすけど。でも、ああいうのって大体記念日とかじゃないすか? 誕生日とか」
誰の誕生日よ、と神田は笑う。確かに誕生日といっても誰か分からなくては元も子もない。いや、誰のものでもないとしたら。
人じゃない。この学校の誕生日、なのではないだろうか。
「そろそろあの人来るかな」
「もうちょっとで来るだろうね」
中井は腕時計をちらちらとみる。これはこの場を去れ、という意味だろうか。中井たちが関係のない雑談をし始めたので、朱音は静かにその場を去った。
一番西側の部屋を目指し朱音は忍び足で歩き始める。
一番西側につくと、確かに他とは違う形式のロックがついたドアがあった。スマホで森の星学園の設立日を検索する。
11月9日
1109
数字を打ち込むと、ピピッという音を立て、ドアは見事に開いた。少々安直すぎる気がするが、暗証番号などこんなものなのかもしれない。
中にはぎっしりと棚が並べられていて、資料でびっしりと埋められている。この中から機密文章を探し出せるだろうか。
地道に一列ずつ見ていくが、過去の学校運営や生徒資料などがほとんどで、核心に迫るものではない。
「ん、これは」
見ていく中で、一つ違和感のあるファイルがあった。他のファイルと見た目は同じだが、異様に重い。開いてみると、中からもう一つファイルが現れた。表面は真っ白なファイルで、裏返してみると。
「はっ、はぁ⁈」
なぜかそこには虫眼鏡を持ったトーブー君のイラストが大きく書かれていた。
これは罠か。いや、罠にしては可愛すぎる。朱音は中身を見ていると、どうやら森の星学園の構想段階の話らしい。
夢中になって読んでいると、ふと後ろに嫌な何かを感じる。
まさか、誰かがいる。
勘違いを願いながら後ろをゆっくりと振り返ると、そこに一人の男が立っていた。
その男は驚いた表情で朱音を見つめる。
朱音も、開いた口が塞がらない。
「なんでここにいるんですか」
二人の声が暗闇の中で重なった。