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第16話 疑う

 まさかと思い他の子のタブレットを覗くと教科はバラバラだが、どれも通常の小学1年生では理解しがたい高難度のものだ。設備が整っているだけでなく、教育内容までも最先端らしい。公立学校にしか通ったことのない朱音は私立学校や年代のギャップを感じ唖然とする。


 「あの、せ、せんせい。この単語分からないです」


 男の子が小さな声でつぶやく。しかし声が届いていないのか、先生は反応しない。


 「あ、あの、この単語が分かりません!」


 恥ずかしいのか、心なしか男の子の声は震えているように朱音には聞こえた。

 大きな声を出したのにも関わらず、男は返事をしない。それどころかデスクに座り何か作業を始める。周りの子どもは気まずそうな顔を浮かべながら、聞こえないふりをする。


 「どうしたの?」


 朱音は見ていられなくなり、男の子に声をかけた。男の子は“manipulation”という単語を無言で指さした。


 「あ、これは操作するっていう意味だよ」


 男の子は静かに会釈して、勉強に戻る。小学1年生がこんな単語を勉強していることにも驚きだが、聞こえているにもかかわらず返事をしない先生にも違和感を抱いた。


 朱音の違和感はこれだけにとどまらなかった。まず、教室をよく観察すると小学校にみられるはずの様々な掲示物が一つも見当たらない。さらに、入室から男は一切言葉を発さずにいる。時間割もなければカレンダーもない、どこかおかしな空気が漂っている。


 不安になった朱音は他の教室も見回るが、どこの教室も状況は同じである。なにか意味があるのか加藤に質問をしてみようと試みたが、姿は見当たらなかった。


 校内をさまよっていると、遠くにスーツを着た若い女性の姿が見えた。他の先生よりも若く朱音に年が近いように見える。学校見学の参加者でもなさそうだ。あとをついて行くと、女性はエレベーターに乗り込んでしまい見失ってしまった。


 この学校の小屋にあの走り書きのメモがあったのだから、どこかに中井がいるかもしれない。


 朱音は学校見学を忘れ、手がかり探しを始めた。


 小学生のクラスと指定されていたが、他の階も見てみることにした。3,4階は中学生、高校生のクラス、五階は特別教室が集まっている。1階は職員室や会議室、ホールなどの特別教室が並んでいる。手がかりとなる部屋は見当たらない。


 人目を気にして階段で移動していたが、先ほど見かけた女性が乗ったエレベーターを使ってみることにした。


 「あれ、これは」


 階段では1階までしかなかったが、エレベーターには地下1階のボタンがあった。何かそこにはあるかもしれない、そう思い、朱音はボタンを押す。エレベーターはぎしぎしと不安な音を立て、地下へ降りていく。


 地下は他の階より少し暗いが、基本的な構造は変わらない。だが、少し違和感がある。少し歩くと、その違和感の正体に気づく。部屋に一切窓がなく、どの部屋にもカードキー付なのだ。


 学校の設備としてはいささか厳重すぎる気もする。何か重要な書類が保管されているのだろうか。


 探索していると、見失った女性が再び遠くに現れた。角の部屋に入ったようだ。

 朱音は小走りで向かうと、女性が入ったらしい部屋のドアにわずかに隙間が空いていた。純粋な好奇心でその隙間を覗く。


「えっ⁈」


 思わず大きな声が出てしまい、朱音は慌てて口に手を当てた。

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