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第13話 従う

 翌日から朱音はできる限り真面目な生徒を演じ続けた。講義では最前列に座り、サークルも毎回きちんと出る。コメントペーパーも隅々までぎっしりと埋め、わずかでも疑問に思ったら講師に質問しに行った。


 「朱音ちゃん最近すごい真面目だよね。何かあったの?」


 一緒に学食を食べていた同じコースの友人、京花は心配そうな顔で朱音を見つめる。


 「いやぁ、学費のこともあるし真面目に受けようと思って。バイトも探してるんだけどね」

 「そっかぁ。私も見習わないとな」


 そう言いながら京香は人気メニューのとんかつを頬張った。

 友達や先輩に聞かれたときは必ず健気で真面目な受け答えをしろ、というのも室戸の指示だ。


 朱音はボランティアサークルにもついに仮入会をし、できる限り出席するよう心掛けた。


 「朱音ちゃんごめんね。数馬もいなくなったのにボランティア来てもらっちゃって」


 仮入会の日、終始天野は申し訳なさそうにしていたが、朱音は「大丈夫です」と笑顔で返した。

 ボランティアの会には仮入会の段階では10名ほどが登録しているが、朱音のように毎回出席する生徒はほとんどいない。


 「朱音ちゃんってまじめだね~。俺なんか1年生の頃は5回に1回ぐらいしか来なかったのに」


 サークルの会議中、森田はしっかりと来るようになったのはここ最近のことで、友人と遊び歩いていたという話が出たのを皮切りに、会議は脱線し始めた。


 「森田君ほどはちょっとあれだけど、息抜きは大切だからね。そういえば朱音ちゃん、新刊で面白い推理小説があったの!」


 笹野はきらきらとした目で朱音に分厚い推理小説を差し出す。


 「設定はありきたりに見えるんだけどトリックが一味違くてね、しかも人間味もあってとにかく感動できるの!」

 「じゃあ読ませていただきます」


 朱音は笹野の熱意に押されつつ、小説を受け取る。その様子に加藤は冷たい視線を向ける。


 「さ、会議に戻るよ」

 「加藤君冷たいなー」


 天野の茶化しにも見向きもせず、加藤は推し進めた。

 加藤は現在のボランティアメンバーの中で一番真面目で脱線した話を引き戻すことを得意としている。

 この加藤を凌駕するしっかり者を演じなければならないと思うと、少々先が思いやられた。


 「夏川さん、近況は?」

 「サークルに仮入会してから数日経ちました。講義も問題ないです」

 「誰かに遊びとか勉強会とか誘われた?」

 「いえ、特にないですけど」


 朱音は不思議そうな顔をしながら首を振る。


 「じゃあ今日は終わり」


 室戸からあまりにもあっさりとした返答があるだけで計画に進展は見られない。これで本当に良いのか。朱音は徐々に焦り始めていた。


 ある日、大崎の講義を終えた朱音は今となっては当然のような流れで大崎のもとへ質問をしに行った。


 「夏川さん熱心だね」

 「はい。折角講義を受けるなら全力の方が良いですから」


 大崎は「そっか」と笑って続けた。


 「今日もサークル行くの?」

 「はい、そのつもりです」

 「あんまり気張りすぎないでね」

 「ありがとうございます」 


 朱音が305号室に行くと、先に加藤が真剣な面持ちでパソコンで作業をしていた。


 「お疲れ様です」

 「お疲れ。講義終わったばっかり?」


 あまり自ら話題を振ることのない加藤が、わざわざ作業を中断し話しかけてきたことに朱音は少々驚く。


 「そうです。大崎先生の理科の講義で」

 「そうだよね、お疲れ。あ、そうだ。フィールドワークが土曜にあるんだけど興味ある? 人数に空きがあるんだけど」


 フィールドワーク、これはチャンスかもしれない、そう直感的に朱音は考える。


 「面白そうですね。どんなフィールドワークなんですか?」


 朱音が食いつくと、加藤は珍しく口元を緩める。


 「学校参観みたいなもので、最近の学校事情も知れるから勉強にはなると思う。興味あったらあとでメッセージ送って」

 「分かりました。考えておきます」


 計画から初めての誘い。失踪とは直接関係はなさそうだが、朱音は室戸に報告することにした。

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