朱音は中井たちが何を言おうとしていたのか気になって仕方がない。
しかし、大崎が来たことによって遮られてしまい、それからタイミングをつかむことができないでいる。
「そうだ、夏川さんは中井さんの幼馴染なんだよね」
農場に向かう途中大崎にそう問われたが、はっきりと「はい」ということができない。朱音がちゃんと面識を持ったのは中学で出会ってからであるから、正確には幼馴染ではないのだ。
「幼馴染っていうか部活おんなじだったんですよ。それで高校も同じだったんで」
中井は朱音に代わりすらすらと答えた。普段はおちゃらけているがこういうところで気遣いができるところは憎い、と思いながら朱音は相槌を打つ。
「あ、そうなの。それで大学も同じってすごいね」
「まあ近所ですからね」
変な誤解を招いてはいけないと朱音は慌てて付け足した。
実際それほど人口が多い地域ではないため、進学先がかぶることはよくある話だ。
「さ、着いたよ。道具はあるからどんどん植えてね」
運動習慣のない朱音にとって花の植え付けは想像以上にハードなものであった。
立ったり座ったりが足腰に疲労をためていく。
それでも皆おしゃべりを交えながら一生懸命広い花壇に植えていった。
「みんなお疲れ様。ありがとうね」
手慣れた地域の方に比べるとあまり戦力にはならなかっただろう。それでも感謝してくれた地域の人のやさしさが朱音の体の疲れを少し和らげた。
ボランティアに参加したことはなかったが、朱音にもやりがいというものが少し見えた気がした。
それと同時に、このまま沼にはめられてボランティアサークルに入れられてしまうのではないだろうかと想像してゾッとする。
「この農園は大学構内にあるけど、地元の方々も自由に使えるんだよ。こうやって花植えたり野菜育てたり、結構憩いの場なんだよね」
大崎は嬉しそうに花を植え終えた農園を眺める。
元々は農学部が使っていた農場だが、農学部のキャンパスが移動したため荒れ放題になっていた。それをこのボランティアサークルが引き取り整備していったという。
「まだ入ってもないのにこんな重労働させちゃってごめんね」
天野は泥のついた顔で朱音に謝る。
中井によればこんな作業は日常茶飯事だという。
「いえいえ。あの、入会期限はまだ先なんですよね」
「そう。仮入会が一回あるから、そこで入会してしばらく活動してから本入会を決めるって流れかな」
仮入会をしてしまうと逃げられなさそうだな、と朱音は考える。折角の大学生活だから、サークル選びは慎重にならなければならない。入学前に見た高校生向けサイトの記事にもそんなことが書いてあったと朱音は思い出す。
活動を終え、朱音はそのまま帰ることにした。現在17時半で家につくのは18時半ほどになるだろう。朱音が想像していたドラマやアニメに登場する大学生たちよりも、現実の大学生の拘束時間はずっと長い。
「まって、俺ももう帰るから」
朱音がバス停に向かおうとすると、後ろから中井が走ってきた。 額には汗が浮かび、部活棟からの長い距離を全力で走ってきたことが読み取れる。
朱音と同様に万年文化部の中井だが、昔からなぜか足だけは速い。
「わざわざ走ったんですか」
「まあね」
タオルで汗をぬぐいながら中井はどや顔を浮かべる。
朱音はそんな中井にわざと大げさに呆れた顔をして見せた。
「体験してみてどうだった?」
「雰囲気もいいですし、面白そうだなって。でも他のサークルもちょっと見てみたいんですよね」
中井は「いいんじゃない」と賛成しつつも、少し眉を下げる。
「確かに今のうちにいろんなとこ見といたほうがいいよ」
「そうします。あ、そういえばさっきの説明会で大崎先生が来るとき言おうとしてたことって何ですか?」
作業中もずっと気になっていたので朱音が聞いてみると、中井は「しー」と人差し指を自分の口元に当てる。
やはり公にできないことなのだろうか。
「家の方着いてから」
小声でそう伝えられ、最寄り駅につくまで、得体のしれない何かを抱えながら二人はなんて事のない世間話を続けた。
最寄り駅についた頃には空はすっかり薄暗くなっていた。
駅から家までは徒歩15分ほどで少々歩く。
街灯は少なく、夜遅い時間になると車通りもほとんどない道だ。しかし自転車を使えば駐輪場代がかかるため、このあたりに住む人はたいてい徒歩を選ぶ。
「さっきの話なんだけどさ」
「はい」
先ほどまでの世間話とは明らかに違うトーンで、中井はぽつりと話し始める。
朱音は野次馬根性を押し殺して、深刻そうな顔で中井を見つめる。
「実はさ、最近サークルのメンバーがどんどん音信不通になってんだよね」
「え?」
音信不通、しかも一人ではない?
入学早々厄介なことに足を踏み入れようとしているのかもしれない。
朱音は己の幸先の悪さと、巻き込もうとしている張本人、中井数馬が恨めしく思った。