目の前に現れた中井数馬はパーカーにジーンズという井出立ちであった。制服姿に見慣れていた朱音にとっては新鮮で、ついまじまじと眺めてしまう。
ふわりとした黒髪で落ち着いた印象を受けるが、一度口を開けば愉快でずる賢い人間に
最後に会ってから見事にそのままだな、と朱音は感心した。
「お久しぶりです」
朱音はもみくちゃにされ爆発した頭を下げる。自分の髪がぼさぼさになっていることに気づき、中途半端に伸びた髪の毛が恨めしくなる。
「よっ。結局東部大入ったんだ」
「そうですね。迷いましたけど、この辺の国公立大学ってここしかないですし」
都会からは少し離れたこの地域には大学が少なく、都市部か田舎へ引っ越して一人暮らしを始める学生も少なくない。
「まあここもそこそこいい所だし。ってか朱音全然変わらないね」
中井はからかうようにへらへらと笑う。
「変わらないのはお互い様じゃないですか。先輩も高校の卒業式からそのまま来たといっても過言じゃないですよ」
「だよねぇ」
中井は自身でも変化のなさに自覚があるらしく照れ笑いを浮かべる。
餌に群がる鯉のような集団を押しのけながら、二人は部活棟の中を進んでいった。
「あ、ここここ」
“305 東部ボランティアの会”と書かれたプレートが目に入る。
「はいはい、入って」
「失礼しまーす」
中に入ると長机が二つ並べられ、パイプ椅子がぽつぽつと置いてあった。
サークルのメンバーだろうか、4人がパイプ椅子に座り談話している。
「おっ、噂の一年生だね」
髪を明るい茶色に染めた、人懐っこそうな女性が立ち上がり朱音を迎える。
「教育学部1年の夏川朱音です。お願いします」
「同じく教育学部で2年の天野春香です」
他の三人も立ち上がり、挨拶をする。
「経済学部2年の加藤祐也です。」
加藤と名乗った人は短髪に眼鏡でいかにも真面目そうな印象を受ける。
「笹野香織です。文学部3年です。よろしくね」
笹野は穏やかな雰囲気をまとった人で、控えめな花柄ワンピースをうまく着こなしている。いかにも文学少女というような人だ。
「理学部3年の森田爽です。よろしく」
森田はさわやかな印象を受け、理系というよりは法学部が似合いそうな明るい容姿をしている。
「えー、じゃあ教育学部2年の中井数馬です! お願いします!」
中井はわざとらしく大声で名乗り、お辞儀をした。
「おっ、お願いします」
戸惑いながら朱音が挨拶を返すとどっと笑いが起こる。
中井のどこでも馴染むコミュ力の高さに朱音は改めて驚かされた。
「まあまあ座って座って」
天野に促され、朱音は近くのパイプ椅子に腰かける。簡単な資料が配られ、どのような活動をしているのかが説明された。
「まあ、こんな感じです。最近は子どもたちの学習支援をやったり、長期休みは地方で農村とかお手伝い行くこともあるね」
大方は中井から聞いていた活動内容と同じであった。朱音は想像していた大学のサークルの規模に比べると人数が少ない気がした。
「サークルは大体何人ぐらいで活動されているんですか」
朱音が質問すると、先ほどまではにこやかに話していた4人が静まり返り、中井も気まずそうな顔をする。
「2年生が4人、3年生が5人、4年生が7人で4年生は就活とか実習があるから最近はほとんど来れてない、んだと思う」
何となく数馬先輩の歯切れが悪い、何か事情があるのだろうか。
触れていいものか朱音は悩み、中々聞き出すことができない。
「やっぱり言った方がいいんじゃない?」
笹野が中井にこそっと言うのが聞こえる。なにかまずいことでもあるのだろうか。
「実は……」
中井が口を開こうとすると、ガチャンと大きな音がした。
「お、もう新入生来てるんだね」
音のした方を向くと、扉の前に作業着に身を包んだ50代後半ほどのすらっとした男が立っていた。
「あ、わざわざありがとうございます。こちらは副顧問の大崎先生です」
日焼けをした穏やかな笑顔を浮かべ挨拶をする大崎に朱音は見覚えがあった。初めは作業着を着ていて気付かなかったが、教育学部のガイダンスで話していた準教授だ。
「教育学部1年の夏川です。まだ入るかは決めてないのですがお願いします」
「教育学部理科コースの大崎政俊です。夏川さんのコースはどこ?」
コースというのは東部大学教育学部の中でも何を専門に学ぶのか、という他の学部でいう学科の様なものだ。
「私は国語コースです」
「おぉ国語ね。天野さんは音楽だし中井さんは数学だし国語コースはうちにはいないかぁ。でも同じ教育学部だから困ったことあったら先輩頼るんだよ」
ここまで親切にされてしまってはもう「入りません」とは言えない空気になってしまった。ドラマや漫画に登場する教授陣の堅いイメージとはかけ離れている。
「何されてたんですか」
笹野が大崎に聞くと子どものようにはしゃいだ様子で答える。
「今東部農園で地域の方たちと花壇作っててさ。ちょうど人手欲しいからみんなも来る?」
「じゃあ行くか。朱音はどうする? 無理しなくてもいいよ」
「ついて行ってもいいですか」
初めからずかずかと行くのはどうかと迷ったが、サークルという響きにあこがれを抱いていた朱音はついていくことにした。