「で、ここで無くしたって?」
時刻は夕暮れの……午後四時ってところか? 日が傾いて目に刺さるぜ。
俺達がいるのは街外れの畑やらが緑々しいそんなトコ。この先は確か使われてない工場があるんだったな。
で、この辺りでグウィニスは大切な物を落としたらしい。
落とすねぇ……、俺の予想通りならすぐに見つかりそう。
と、思っていたんだけども実際はといえば……。
「な~んも無いじゃないのよ」
「そうなのよねぇ、何も無いのよ。困ったわ」
溜息をつくグウィニス。美人さんの溜息姿は絵になるらしい。
実際そうとも言えなくはないが、あまりそそられないのはスッカスカの胸だからか、果たして?
ちなみにラゼクのヤツは荷物を置きに部屋に戻っていった。置いたら来るとの事だ。
だったら俺がと言ったところ、『アンタは戻ったっきり帰ってこないでしょ』とのこと。信用無いんだぁ。
てなワケで、俺達二人のオールドパーティー再結成でやって来たのよ街外れ。
そして悲しい何も無い。ま、悲しいのは隣の大女だけなんだけどもども。
こんなとこでウロウロしたって埒があかんね。
「とりあえずもっと先の方にでも行くか? 一人でに動いたって事はないんだろうぜ。誰かが動かしたんだろうからさ」
「やっぱりそうなのよねぇ。でも、交番に行っても届けられて無いと言っていたわ。……何を落としたか言ったら顔を引きつっていたけれど、そこまでかしら?」
「普通は、落とす、なんて言わないしな。あんなもん」
なのに落としたと言い張れるんだから恐ろしい女だ。
「じゃあ、ちゃっちゃか行こうじゃないの。日が暮れるまでには帰りたいもん俺。育ちがいいもんで、母ちゃんに門限を過ぎたらぶっ飛ばすと言われて育ってきたんだよね」
「昔から思っていたけど、パワフルなお母様よね? 一度お会いしてみたいわ。将来の子供の躾の事とかはやっぱり経験者の意見が重要だと思うから」
「会わせたくねぇな、絶対勘違いされるもの。いろいろとさ、固めるには早いお年頃なんでね」
「? どういう意味なの?」
「うぅん……。そのうち素敵な旦那様とお姑さんに出会えるんじゃないのって事で一つ」
「まぁ! エルちゃんったら嬉しい事言ってくれるわね」
笑顔でバシバシ叩かれる俺の背中。
痛いなぁって、俺より力のある女の掌が俺の肩甲骨にめり込んでるんだけど。
「…………あ、そうそう! そういえばエルちゃん知ってる?」
「何を? ティリートのヤツの貧乳好き疑惑の事か? でもアイツその割には俺の母ちゃんと昔から親しげに話してたんだよなぁ、母ちゃんデケぇから。ま、その分尻もかなりなんだけど……」
「ん~、多分ティルちゃんは違う目的があったと思うけど。……ってそうじゃないのよ。えぇっとね、実はこの辺りに……」
歩きながら話を続ける俺達。
だが、廃工場の姿がハッキリと大きくなって来てから、誰かが門の前にいるのに気づいた。土地の関係者か?
「待て! ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ」
「別に入りたいとまでは思ってないんだけど……。こちらのお姉さん、ちょっとこの辺りで落とし物をしてしまいましてね? 誰かが運んでないかなぁって」
「っ!?」
何だ?
俺はちょっとした世間話のつもりで聞いただけなのに、急に顔が険しくなったぞ。
「き、貴様ァ! 我々が盗んだとでも言いたいのか?!」
「は? いやだから拾ってないかどうかだけ聞いて」
「何も無い! 我々は何も盗んでなどいない!! 冤罪は許さんぞッ!!!」
何の話をしてるんだよ? 俺達はただ落とし物を探しに来ただけなのに。
困惑している俺に、グウィニスが肩をちょこんと叩いて話し掛けてきた。
「エルちゃん、さっきの話の続きなんだけど? ――この辺りは強盗団のアジトがあるって噂があるのよ。気を付けましょうね」
「……は?」
「な!? 何故貴様らッ! 我々の正体を知っている?!!」
「え?」
「敵襲だ!! みんな出てこい!!!」
「ん?」
「あら? ここが強盗団のアジトだったのね。へぇ~廃工場がアジトなんてロマンを感じるわね」
「?????」
おかしいぞ? 俺の思考が全く働いてくれなくなっちまったぜ。
何で? 何が? どうして? そのように?
誰も俺の疑問に答えてなぞくれようともせず、事態だけが急激に変わっていく。
「知られたからには生かして帰さんぞ!!」
「おう! やっちまうぞ野郎共!!!」
「うおおおおお!!!!」
「困ったわねぇ、どうしましょう?」
ただ一人、俺だけを置いて……。
時代の流れというもんは、こんなにも俺に冷たい風を浴びせてくるものなのか?
……いや、何だよこれ? 一体全体どういうことなんだ? 俺達はただ落とし物を探しに来ただけなのに。
ついていけないよぅ、――誰か説明してくれよォ!!
心の叫び虚しく、俺を置いていったヤツらは勝手に騒ぎ立てて、この人気の無い街外れから静けさを追い払っていた。
「仕方ないわ。乱暴は嫌だけど、利かん坊君達にはちょっとお灸を据えてあげましょう」
一歩前に出るグウィニスに、一斉に襲い掛かる自称強盗団。
……そして現実に帰ってこれない俺。
……
…………
………………
数分後、出来上がったのは埃すらついていない女と、ボコボコにされながらも僅かに喚き散らしながら積まれた強盗団の山。
……そして未だ現実に帰ってこれない俺。
「はっ!」
気づけば目の前に積み上がっていた強盗団とやらの山。
いや違うな、俺はこれが出来上がるのを見ていたはず、記憶もある。
なのに、さも今初めて見たかのような新鮮さがある。なんとも不思議な体験だ。
でも、もうしたいとは思わないのはなんでだろう?
「じゃあちょっと中を見せてもらうわね? 私の物があったら持って帰るから、いいかしら?」
「…………ぇぇ」
辛うじて声を出す強盗団の一人、無残だな。
哀れ。同情する余地は無い。自業自得ってヤツだし。
しかし、なんで俺はこんなトコに来ちまったんだろうな?
何だよ強盗団って?
帰りてぇ。もう見つからなかったでいいじゃん。それがダメなら俺だけでも帰らせてよ。
望んでねぇのに面倒事が向こうからやって来やがって、ああ! ヤんなる!
「さあ行きましょうか。もたもたしてると日が暮れちゃうわ」
「くぅ、アジトが手薄な時に襲い掛かって来るとはっ。ゲスどもが……っ!」
いや知らねぇしそんなん。そちらさんの事もついさっき知ったばかりだし。
「ほらほら、おしゃべりはあと。もう、ちゃんとついてきてね」
無理やり俺の手を掴むとそのまま前へと進んでいく。
本人は軽く握ってるつもりだろうが、俺の指全体に圧が掛かっている。無理やり解けるもんじゃないぜこれ。
団子状に積み重なった団員共を
……え? 向かってるんだよなこれ? 知るのはグウィニス本人ばかり。
「ごめんくださ~い。どなたかいらっしゃいませんか~?」
ここが犯罪者集団の根城である事が頭から離れているのか、のん気な声を出しながら廃工場の奥へと消えていく。間抜けで緊張感の欠片も無い女の声。
俺もその後ろから付いて行くが、入り口から見えた内部はとても廃工場とは思えないような、しっかりとした作りをしていた。壁もしっかりしていて天井も高い。何より窓が多いから明るいしな。それに床も抜けている所がないようだぜ。
閉鎖されてあまり年数が経ってないんだろうな。色々事情ってのもあるんだろうけど、こういう場所はとっとと誰かに売るか潰すかしないと、だから変な連中に利用されるんだ。まぁ俺が心配する事でもないんだけどもさ。
「おい、あんま入り込むなよ」
「だって誰も居ないんだもの。お留守なのかしらね?」
留守、ねぇ。そういや、さっきのヤツが手薄だなんだと言っていたが……、つまりそういうことなんだろうな。
「うぅん、どこにあるのかしら? 私の落し物」
……この様子じゃ全然気づいてねぇみたいだ。この女にとって問題はそこじゃなくて、あくまで落とし物なんだな。
「つってもココにあるかもわからんし、これ以上厄介事に巻き込まれないうちにとっとと離れない? 離れたいなぁ」
「まあまあ、そう言わないで。……あ、そういえばねエルちゃん? 強盗といえば……」
この切り口、覚えあり。つい最近、いやもっといえばついさっきに同じ状況に陥った経験がある。
だが、人は学習の生き物だ。俺もそれに倣い、この場を切り抜けて見せるのだ!
「そ、そんな話は置いといてさ。今日はもう帰ろう! 後日、ラゼクのヤツを付き合わせるから。もうやめやめ! さ、後ろに向かってゴ」
「ヤアヤアお客人! このような過ぎ去りし文明の果てに何かお困りの御用でもおありかな? しかし、だがしかし此処は心休めるオアシスとは遠く、あるとすれば精々気高い我ら盗みの勇のみだ! さて、ではどのようなものをお望みかなお二方?」
変なのが現れた。
何故? どうして普通に帰らせてはもらえないのだろうか?