その女性は上品な身形の妙齢の女性。
美しい顔立ちと切れ長の瞳、何より豊満なバストがどこまでも俺のドストライクだった。
これ程の美女に声を掛けないなど紳士として失礼極まりないと考え、飛びつく様にお声掛けさせて頂いた所存。
このまま行けるところまで行けるか? といったところでラゼクの奴が後ろから俺の服を思いっきり引っ張り、襟が首元がクソ食い込んで来たのだ。
「ぐええッ、て! お前何すんだよ!」
「それはこっちのセリフでしょうが! アンタこんな所まで来て何ナンパなんてしてんのよ!」
「こんな所だろうがどんな所だろうが、美女を見ればお近づきになるのが紳士たる振る舞いだろうが怪力女!」
「誰が怪力女よ! アンタのその変態行為に見ず知らずの人間を巻き込むんじゃない! 話が拗れるからちょっと向こう行ってなさいよ!」
「何言ってんだ。こんな山奥で見ず知らずの美男美女が出会ったなら、それはもう運命だ。ここで引いたら男じゃないんだよ!!」
「知らないわよそんなの。もう怒った! ……このっ!!」
「わ!? 何すんだ?! ……あああああ!!?」
俺の男心を理解しようともしない怪力女に強引に持ち上げられた俺は、そのまま背負い投げで遠くに投げられてしまった。ぐべええ……!?
地面にキスして顔面が擦りむく。
あ、あのアマァ!!
「ふぅ……。いきなりやってきて何がしたかったの貴女達? 悪いけど、こんな寂れしかない村じゃ笑ってくれる人間なんて居ないわよ」
「いえ私達は漫才コンビというわけでは無くてですね。……届け物の依頼を受けてこちらに参上致しました。それで、アナタが受取人の、あぁ……『ゼイルーグ』さん。で合ってますか?」
どうやら書類に書かれている名前を確かめているラゼク、恐る恐る訪ねていた。
「ええ、確かに私がその『ゼイルーグ』よ。でも、こんな場所にわざわざ届ける物があるなんてね。依頼主は余程の酔狂者ね」
「いや……その点についてはどうともお答えは出来ませんが。アタシ達も直接会った訳でも無いので。取り敢えず受け取って頂けますか?」
「ええ、もちろん」
その言葉を聞いて、ラゼクはリュックをおろして中から荷物の箱を取り出した。
「はい、では受け取りの程宜しくお願いします。あ、サインはこっちの紙に」
ラゼクのヤツの余所行きの作り込んだ声出しやがって。俺あんな可愛げのある声なんて聞いたことねえぞ。
「……これでよろしいかしら?」
「はい確かに。これで私達の依頼は完了なんですけども、宿代わりのお家を貸して頂けますでしょうか? 書類にもそこで泊まるように書いてありまして……」
「ええ。空き家なら好きに使っていいわよ、どうせ誰も住んで居ないから。中は掃除が必要でしょうけどもね。私の家に鍵があるから上がってもらえるかしら。ここまでやって来たんだし食事も出しましょう、私の古臭い田舎料理で良いのなら」
「いえいえ! 頂けるのならそれだけで不満なんてあるワケありませんわ! ねぇ、エル?」
朗らかな笑顔で俺の方を向くラゼク。
しかし俺は見逃さなかった。その瞳の奥に、今度余計な事を言ったらどうなるかわかってんだろうなァ? という脅しの炎を。
「……へいへい、美女の手料理が食べられるんなら文句はございませんよ~だ」
「じゃあ決まりね。……でも、今日は本当に賑やかなものね。何年ぶりかしら」
? どういう意味だ? この村に人が居なさすぎてそう思っちまったってだけか?
考えても仕方ないか。
「さあ、入って」
「お邪魔しますわゼイルーグ様。エル、貴方も早くなさいな」
「…………お邪魔しまーす」
調子の狂うラゼクの猫かぶりに釈然としないものを感じながら、俺は屋敷の門を潜るのだった。…………ん?
「どうしたのよ?」
「いやあのイタチ……」
「ああ。やっぱりこの村で可愛がられていた子だったのね」
門を潜りって玄関へと向かう途中、庭に見覚えのあるイタチがこっちを見ていた。
山の中で会った人懐っこいアイツだ。俺の予想通り人間に可愛がられているイタチらしい。
あのイタチは、まるで歓迎するように玄関に入っていく俺達を見送っていた。ように見えた。
お姉様の案内で屋敷を進む俺たち。いやしかし、あの後ろ姿も気品があって人を惑わす艶があって……へへ、堪んねぇな。
貴族の屋敷と言う割にはいわゆる装飾品のようなものは特にないがその内装は品を感じさせるものじゃあった。
程度の良い調度品なんかあれば、交渉して貰えないかなぁなんて思うくらいには。
「あんた今なんかロクでもないこと考えてなかった?」
「何言ってんだ人聞きの悪い」
頭をかしげるラゼク。全く感の鋭いヤツめ。これはおちおち考え事も出来ねえぜ。
半ば不貞腐れながら歩く俺はどこからか声が聞こえてくるの聞いた。
「あん? 誰かいるんですかい?」
「ああ、実は昨日からこの村に泊まっている人が居てね。一緒に晩餐でもしようと客間に待機してもらってるのよ」
「へぇ、私たち以外にもこの村に」
さっき言ってた賑やかってこういう事か、なるほどね。
その客間とやらが近づくたびにその声もやはり大きくなってくる。若い女の声だ。
「はは、くすぐったいって!」
「くすぐったい? さっきのイタチとでも遊んでるのかしら?」
「もうあの子にあったの? 私が可愛がってる子で、名前はテデって言うの」
「まあ、可愛いらしい名前ですわね」
「何年か前にこの村に来て懐かれて。それから一緒に暮らしてきたのよ」
「ほぉそれはっ……羨ましい限りで」
「アンタ何その恨みがましい声? 小動物に嫉妬なんてしてんじゃないわよ」
軽く小突かれて思わず声を出してしまう俺。
隣を見ればラゼクがプンプンと怒っていた。
「まあいいんじゃないかしら? 貴方達があの子と出会ったというのなら、危害を加えない人間だからでしょうし。ここに居る間、仲良くしてあげて」
「だってよ?」
「こら! すいません。ではそのように」
申し訳なさそうに頭を下げるラゼク。と、押さえつけられて一緒に頭を下げさせられる俺。相手がいいって言うんだからいいじゃねえかよ。
しっかしこの笑い声どっかで聞いたことがあるような。
そんなことを考えていると俺たちは客間の前へとたどり着いた。
「ここよ。中でくつろいでくれる。私は食事の準備をしてくるから」
「手伝いますわゼイルーグ様」
「気にしなくていいわ、仕込みはもう大体終わっているから。それに貴方達はゲスト、ここは家主にわずかな華を持たせると思って。ね?」
「そこまで言われれば、こちらとしても引き下がるしかありませんわ。ではお言葉に甘えさせてもらいます」
「ええ」
満足げな表情を浮かべて厨房へと向かうゼイルーグお姉様、その麗しい後ろ姿を見送った。
そして、残された俺たち二人は客間に入っていったのだ。
「んじゃ、失礼しますよっと。……あれ?」
「あ? あ、お前!?」
俺たちが中に入ると中にいたのはイタチと戯れる少女。
だが、その姿にはよーく見覚えがあった。
「ミャオか? なんだチビすけ、こんなところで何やってんの?」
「久しぶりに会って言う事がチビだ? とんだご挨拶だな!」
「何? この子アンタの知り合い?」
「ま、その。元パーティメンバー、かなぁ? あぁ、ユーミャオってんだ」
そこに居たのは俺の元パーティーメンバー、ル・ユーミャオ。
俺の二つ下の十七歳。朱色? ワインレッド? 詳しく知らんがそれに近い髪色の少女でチビで胸無しだ。
遠い東の出身の外国人で、何とかって武術を使う武闘家でもある。
「まあいいじゃねえか。お前も久々だな、そんな離れていたような気がしないでもないけど。お、背ぇ伸びたんじゃねえか?」
「え? ホントか?」
嬉しそうな声出しちゃって、単純なヤツだな。
俺はミャオに近づきつつ、続ける。
「ホントホント。だってお前、もう俺の胸くらいまで……伸びてるわけねえだろたった数日でよぉ! がっはははは!」
「あ゛!?」
「マジになってんなよ。相変わらずカルシウム足りてねえな。いや、むしろ足りてるか? だって牛乳がぶ飲みしたって腹が壊れるだけだって、いつも言ってた俺って親切な男だよなぁ!」
「て、テメェ! ほざきやがったなぁ!!」
「ちょ、ちょっとやめなさい二人とも!? 他人様のお屋敷で何やってるの!」
止めに入ったラゼクにより強制的に中断させられる俺とミャオのやり取り。
おっといけねえや。つい、いつもの調子でやっちまったぜ。