山に潜ってどれくらいの時間が経っただろうか?
個人的はそれなりに歩いたもんだが、今だ目的地は見えず。
一つ確かな事があるならそれは、やっぱ装備は整えて来て良かったって事。
金は掛かったが揃えておいて良かったぜ。こんなとこスニーカーやいつもの安全靴で歩けねぇよな。
草木をかき分け、額に汗して登る俺達。この日の為に買ったレインジャケットが適度に汗を逃がしてくれる。やっぱいつものジャケット着て来なくて良かった。それに山はいつ雨が降るかもわからないしな。
上を見上げると、太陽が少しばかり真上を過ぎていた。
「そろそろお昼にしましょ? 丁度良く開けた場所もあることだし」
「んあじゃあ、め゛じでもぐうが? ぼうべこべこ……」
「いやアンタもう食べてるじゃない!? 歩きながら食べて喋るなんて子供じゃないんだからさぁ」
シリアルバーを齧りながら歩く俺に、ラゼクが呆れた様子で言う。
「ン゛ン゛! ふう……。別にいいじゃないのよ? 腹減ってたんだし。適度な補給は山登りの鉄則だぜ?」
「その前に連れに一声掛けなさいって言ってんのよ。ボロボロ落としてながら食べたら動物が寄ってきたりするでしょうが!」
「いや別に落としてないし。そ、そんな怒らんでも……わかったよもぅ」
「ったく」
呆れ顔のラゼクはリュックを地面に置くと、中からバケットを取り出した。
「はい、これ持って」
「え? 何コレ?」
「いや、見ての通りお弁当でしょ。アンタ、今朝アタシが作ってたの見て無かった、なんて言うんじゃないでしょうね?」
「え゛? いえいえ滅相もない! いや~、まさかラゼたんがここまで料理好きだったとは……。お兄さん嬉しいなぁ、なんて」
「気持ち悪い。あとラゼたんって呼ぶな」
「あ痛っ!?」
また耳を引っ張られた。もう耳取れそう。痛い。
俺は渡されたバケットを覗く。中にはサンドイッチが入っていた。
具材はハムにチーズに卵焼き。おおツナマヨもあるじゃないか! 気が利くな。
げ! ピクルスも一緒に入ってるじゃん。見てないうちにそ~っと外すか。
そ~……。
「アンタ何やってんの?」
「ひょわあ!!?」
見つかった!!
「な、何でもないよぉ? ささ、じゃあ早速いただきましょましょ?」
「ホント、アンタって人は……はあ」
溜息吐かれた。
でもやっぱピクルスは不味い。うぇ~。
「ところでさっきから気になってたんだけど」
「あん? どうしたよ急に」
「さっきからちょいちょい鳴き声みたいなの聞こえない? ほら、そこの茂みの方とか」
そう言われて、俺はラゼクが指差した方角へ向けて目をやった。
ええ? なんかあるか? 何も見えないけど。
「いや俺にはなんも……。ただの風じゃないの?」
「んー、そうかしら。あ、ちょっと待って。……………………何かいるわね。茂みの奥に何かがいるわよ」
「ええ? んな事言われてもなぁ」
そう思った直後だった。確かに目の前の草はガサゴソと揺れた。
え、本当になんかいるの?
戸惑う暇もなく、草をかき分けて現れた黒い影、果たしてその正体とは?!」
「アンタ何言ってんの?」
「まあ、その。ちょっと盛り上げてみようかなって。はは……、なんだイタチか」
黒い影、と思ったらよく見たら黒くも何ともなかった。
現れたのは小さな体躯をした薄茶色のイタチ。尻尾が長め。
鼻の先に付いた長いヒゲが特徴的で、森に生息する害の無い小動物。
「人前に出てくるなんて珍しいな。腹でも減ってんのかねぇ」
「さあ、それはどうかしら? ほーら怖くなーい、こっちおいで」
「おいおい」
ラゼクが手を伸ばすと、警戒心も無く手のひらに乗っかるイタチ。
なんだこいつ? 人懐っこいな。
「ふふっ。中々お利口さんね。ほ~ら、いい子いい子」
なでられて気持ちいいのか、目を細めるそのイタチ。
しっかし、ねぇ。また随分と人馴れしてんな。
うん? 人馴れ? もしかして!
「もう村が近いのかもしれねえぜ」
「え?」
「多分コイツは村で可愛がられてるペットか何かだ。だからやけに人懐っこいんだ。きっと家に帰れば野生動物が羨むような温かいベッドで眠って、人間の手で毛づくろいしてもらって、予防注射とかも打ってもらってるんだ。そういう贅沢な暮らしをしているんだよコイツは!!」
「何声荒げんてのよ? アンタ、まさかこんな子に嫉妬でもしてんの?」
「だって、可愛がられて生きてんだなって思うと。俺も誰かに可愛がられてぇなって。出来れば綺麗なおっぱいのでっかいお姉さんに
「呆れてものも言えない……。夢みたいなこと言ってんじゃないわよ。大体何? おっぱい? それってアタシに対する当てつけか何か?」
「やだなぁ、当てつけなんて。そんな事を感じる程の胸が自分にあるとでも思ってんのかよ? 哀れなヤツだなぁ。へそで茶が沸くってんだ! ハハハハハハハハ!!」
………………
…………
……
「ほらとっと行くわよ!!」
ラゼクの声を聴き、ふと目が覚める。
あれ? 俺なんで寝てんだ? それにやたらと体の節々が痛い。超痛い。何故だろう? イタチを見た後からの記憶も無い。あれぇ?
俺は不思議に思いながらも、何故かプリプリと怒ってるラゼクの後を付いて行くのだった。
◇◇◇
夕暮れに差し掛かり、木々の間から赤が降り注ぎ始める時間帯。
しばらく歩くと、やがて道は開けてきた。
見晴らしが良くなり、視界に映るのは緑一色から徐々に色味を帯びていく。
そしてとうとう辿り着いたのだ。
目の前に広がるのは――そう目的の村『ウォーランヴィレッジ』!
「……思ったより寂れてんな」
「こんな山奥だしね。行き来出来るようなちゃんとした道もないし、人も殆ど住んで無いって話だし」
村の入口で立ち止まり、辺りを見渡す。
確かに、パッと見では人の気配は無い。
家も数件しか見当たらないし、人が住んでるようにも見えない。
数十年前に建てられた建物が、やたらとうらぶれて感じるぜ。
なんかこう、ホラー映画の舞台になりそうな感じというか……。
「なんか少し寒くなって来たわね。それで、お届け先ってどの家だっけ?」
「おう。この書類によるとだな……えーっと、あった。あの一番デカい建物らしいぞ」
俺はラゼクに地図を見せながら指差す。
指の先には一際目立つ大きな屋敷があった。
他の家は平屋なのに、そこだけ二階建ての洋館が建っている。
あくまでも他の家と比べて大きいと言うだけだが。それでもかなりの敷地面積を誇っている。まるで金持ちの別荘みたいだ。
しかし、ここって本当に人がいるのかね?
なんか、いかにも出そうな雰囲気があるんだけど……? ま、ここまで来てしまった以上は引き返す訳にもいかんわな。
とにかく行ってみるか。
思い立ったが吉日。
俺達は移動すると、早速その門についてるインターホンを鳴らしてみる。
…………………………………?
「……出ないわね。お留守かしら?」
「留守ぅ? こんな時間にか? もう夕方だぜ? こんな何にも無い村の何処へ行ったってんだ?」
「さあねぇ、案外町まで買い物とかに行ってたりして。ほら、よくあるじゃない? 宅配便が来たのに気づかなくて、そのまま行っちゃった~、みたいな事。……よく考えたら近くの町まで数時間も掛かるんだったわ。ここに来る途中でも会わなかったし、それは無いか」
「参ったなぁ。どうせ小せぇ村だし見て回るか? すぐ見つかるだろ」
「わかった。じゃああっちの方から回ってみましょう」
「あいよ」
俺達二人はとりあえず適当に歩き始めた。
さっきは村全体を見て回ったけど、改めて見るとやっぱり人がいない。
しかし不思議と、小さい畑がキッチリ耕されていて、野菜の葉も顔を出しているわけで。
つまるところ人は住んでいるはず。なのに、住民の気配を感じないというこの薄気味悪さ。
「う~ん、なんとも言えん空気だぜ」
「ちょっと怖いわね、早く用事を済ませたいわ。でも、今日はもうこの村に泊まるしかないのよね?」
「ああ、書類にはそう書いてるな。一日じゃどうしても往復が出来ないしな。今からじゃ町に戻るのは真夜中だ」
俺達が町を出たのは昼前頃。そして、今はもう夕暮れ時。
このまま町に戻ろうとしても、着く頃には真夜中になってしまう。
もちろんそれは何の問題も無くたどり着いた時の話。
夜の山の中なんざ熟練の登山家でも嫌がる天然の迷路だ、素人の俺たちがそんなもんに挑むのは自殺行為もいいトコだろう。
「空いてる家は宿代わりに使えるらしいぜ。ま、それを使うには管理人の許可がいるって事だが。ただその管理人ってのが……」
「この家の人って事よね? でも留守じゃあ……。困ったわね」
「そうだなぁ」
仕方無いので、結局村中を探し回る事になった俺たち。
人探しに村中移動中。
「あら? 誰かいるのかしら?」
不意にラゼクが立ち止まる。俺もつられてしまった。
すると、ラゼクは俺に何かを耳打ちする。
「ねえアンタ、あの人……」
「あん? 何?」
ラゼクの目線の先を追うと、そこには一人の艶やかさを感じる美女が立って――。
「ねぇエル、とりあえずあの人に話を……あれ?」
「お姉様! このような所で貴女様のような麗しきと出会う事が出来るなどとッ。このエレトレッダは神の意志を感じずには入れられない……! 是非、その白雪の如きお手を握らせては頂けは下さいませんか?!」
「……貴方、何? どこから現れたの?」
「あぁ……! なんと麗しき御声……。このエレトレッダは感動で打ち震えております! どうでしょうこの出会いの意味を一晩かけて語り合うなどと?」
「いやだから貴方誰よ?」
「これはこれは紳士たる者の礼節を欠いてしまい。この私は素晴らしき出会いに感涙を流すエレトレッダと――」
「アンタ何やってんのよ!!!!」
「ぐええッ!?」