それからも俺達はヴェノムスパイダーを狩っていった。ヤツは巨体で中型犬ぐらいはあるが、結局のところ攻撃方法は毒液を出すぐらいしかない。鋭い牙こそ持っているものの、確実に獲物を仕留めた時しか使わないのだ。
毒液だってすぐに吐き出せるわけじゃない。生産する、溜める、狙う、の三拍子を踏まないと行えない。だから駆け出しの冒険者の獲物にされやすい。
まあ、俺達にとっては都合の良い相手だ。
「これで五匹目ってね。こんなもんでいいだろ、相変わらず小遣い稼ぎにはちょうどいい相手だったぜ」
「結局、剣を使わなかったわね。アンタ本当に剣士なの? それとも単なるファッションでそんなのぶら下げてんの?」
「んなわけねぇだろ。俺ほどの腕を見せるにはコイツらじゃ雑魚すぎるんだよ。もし俺が剣を抜いたら坑道にいる蜘蛛共を皆殺しにしちまう」
「へぇ~……」
「な、なんだよその目は? 疑ってるな! 俺の華麗な剣技を見せるには勿体ないから敢えてだな!」
「はいはい。わかったから、信じて上げるから」
「まあまあ、お二人共落ち着いて。私もエレトレッダさんのかっこいいところ、見てみたい気はしますが。それはまた後程という事で」
今日あったばかりだというのに、ティターニは既に俺の良さを分かっている。この子はきっと将来大物になるぞ。
それに比べてラゼクの奴! 全く信じてねぇな。
今に見てろよ! 後できゃあきゃあ言わせてやる!
十分な写真を撮れた俺達は、元来た道を引き返そうとしていた。
その時だった……。
「あん? まだいたのか、しつけぇな。ほれ、今なら見逃してやるからどっか行け」
入り組んだ道の脇から飛び出してきたヴェノムスパイダーの一体。
とはいえもう十分に狩った以上、やりすぎるとギルドに目をつけられる。
腕を振って追い払おうとした。
だが……。
「ん? 何か様子がおかしくは無いでしょうか? 心無しか色も違うような」
「う~ん、言われてみればそうとも言えるし。そうでもないとも言えるし」
ティターニの言う通り、確かにコイツは様子がおかしい。
どことなく生気がないような、それでいて今にも食って掛かりそうな。
なんとなくヤバイ気がした俺は、落ちていた木の棒にライターで火を付けて投げつける。
すると、当然のように燃え上がる毒蜘蛛。
普通ならこれで勝負は決まるはず、だったのだが。
「あ、あれ? なんかピンピンしているような。………………あ! コイツ、アンデッド化してやがる!!?」
「なんですって!? 嘘でしょう、なんだってこんな所で……!」
「不味いかもしれません。今の我々の装備では太刀打ちは難しいかと!」
(最悪、ボクが力を使うか? だけどあくまで最後の手段だ)
そうか、だから見た目もなんか薄い色をしていると思った。
こうなると厄介だ。どんなモンスターでもアンデッドになっちまえば弱点を突かない限り倒せない。
マズイ! 俺は聖属性の魔法なんて使えないし、聖水の類も持ってきてない。
「一、二の三だ。三と言ったら思いっ切り走るぞ。こんなのいちいち相手なんかしてらんないぞ」
「わ、わかったわ。なんとか入口まで逃げ切って、そこで落ち合いましょう」
「よし。一、二のさ」
ん! と言い切ろうとした矢先のことだ。
突然、クソ蜘蛛の体が光に包まれたかと思うと、そのまま光の粒となって消えていった。
どゆこと?
このついていけない展開に思わず顔を見合わせる俺たち。
「あれ? エレぴじゃーん。こんなとこで何やってんの?」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ここは坑道の中でも開けた場所で、ここを起点としていくつもの道に別れている。そのうちの一つから声が聞こえてきた。
ひょっこりと顔を見せてきたのは、俺の見知った女。
「あ! お前、なんでここにいるんだ?!」
そこにいたのは聖職者の格好をしていながら、チャラついた口調に浅黒い肌を持った金髪の女。おまけに胸は無い。
俺が元居たパーティメンバーの一人、ラティーレン・ゲレーダル。
俺の一つ下の僧侶である。見た目通りのギャルである。黒ギャルである。
その見た目通り、ノリで生きてるような女である。
「なんでって……、ココにちょヤバなモンスターが出現したって聞いたから退治に来たんだーけどぉ。エレぴ達もそういうクチじゃなかったのぉ~?」
「俺はあんなのが出るなんて知らなかったんだよ。どこで知ったんだよそれ?」
「どこって…………あ! そっか、あーしが近くの教会で盗み聞きしたんだった。いやさぁ、そこに通ってるおばあちゃんがシスターと世間話してたんだよね。なんかさぁ、最近坑道の方がピピッ! とヤな感じするから気を付けた方がいいよって。んで、気になって行ってみたらマジでヤベー奴がいたってワケ。あーしってば冴えてるぅ~」
そんな個人的な情報を俺が知るわけ無いだろ。
だが助かったのも事実だ、どうせコイツの事だからホントに気になったから来てみただけで後の事なんかな~んも考えてないんだろうな。
「それよりさ……」
「うん?」
ラティがジーっと俺の隣にいるラゼク達を見ている。その視線に思わずたじろぐラゼク。
ラティという女は遠慮という言葉を知らず、距離の詰め方を意識する事もない。
そう思ったから行動する。単純なヤツだ。
「な、何よ?」
「う~ん、この子もしかしてエレぴとガチラブな関係とか」
「おいおい、俺の女の趣味はお前もよく知ってんだろ?」
「おっぱいのおっきな女の子!」
即答された。
「なら分かるだろう? 俺がこんな哀れな胸部装甲の女を好き好んで連れ歩くワケないじゃん。ただの同僚、いや、俺のが先輩だから後輩だな」
「哀れ? よくもまあそこまでバラエティー豊かに人の事を罵れるもんね。アンタの脳みそは胸の無い女の子を罵倒する言葉で埋め尽くされてんの、ねぇ? 答えなさいよ!」
「ちょ、やめて! 痛っ。耳が、耳がね、伸びちゃうのよ! 耳元で怒鳴るのも勘弁して!!?」
耳を強引に引っ張られ、その穴に向かって怒号を挙げられる。このアマ、ちょっとしたジョークじゃないのよ。いたたたた!
「ありゃりゃ、尻に敷かれてちゃってる感じ? エレぴってばお似合~い」
「どういう意味だよ?! 痛っ、もうやめ、離して!」
「ふん! それより、結局この子は誰なの?」
「いつつつ……。ああコイツ? 俺の元パーティーのメンバー。ラティーレン……ラティっていって、聖職者なんだよこの見た目で。コスプレじゃなくてマジで」
「うっそぉ……」
「イェーイ! 今は出張サービスで僧侶やってまっす! ぶいぶい」
「えぇ……、本当に聖職者だったの」
なんだその顔は、まるで嘘をついていたかのように言いやがって。
俺も初めて会った時は冗談の類だと思ってたぜ。きっと同じような顔してたんだろうな。