「それじゃあ新たなパーティメンバーを祝して握手でもするか、はい」
俺は手を出したのだが、一向に握られる気配は無い。どうしたんだ?
「あ、いや、その。……ちょっと緊張で手が汗で濡れていて、ごめんなさい」
「そう? じゃあ仕方ないけど」
「…………流石に、握手でもしたら手の豆でバレてしまいかねないからね」
さっきから妙にブツブツ言ってんなこの子。
いや、よそう。人にそれぞれ他人に言えない事情ってもんがある。
誰も居ない空間に話し掛けたり、急に腕を苦しそうに抑えたり。そういう経験に覚えがある人間も多いだろう。
「何はともあれこれでパーティ結成ですわ。これからは二人、二人三脚で頑張って行きましょうね!」
「いやはや、可愛らしい事言ってるところ悪いけどさ。……俺もう別の相手とも組んでるから三人なんだな」
「ほえ?」
物凄く間抜けな声を上げるお嬢さん。そんなに意外だったか?
一人フリーズしているお嬢さんを余所に、受付を終えたらしいラゼクが戻って来たようだ。
「お待たせ。って、このお嬢さん誰? 何で固まってんの?」
「その、理由は知らんけど。俺達のパーティに入りたいんだってさ、駆け出しで心細いんだって」
「ふ~ん、アタシは構わないけど。何ていうお嬢さんなの?」
お、そういえばまだ名前聞いて無かったな。
俺はまだ固まってるお嬢さんの肩を揺らしながら、名前を尋ねる。
「お嬢さんお嬢さん、お名前は何ていうの?」
「……はっ! あ……えと、私はティ……」
「ティ?」
「あ、その、……そう! ティ、ティターニです! よろしくお願いしますね!」
「お、おう」
何か妙に慌ててたな。まだ緊張してるのかな?
まぁ駆け出しならこういう事もあるだろう。
そんな訳で俺達は新たな仲間を加え、三人でパーティを結成したのだった。
「ん? どうしたの私の事ジッと見て?」
「あ! いえ、ごめんなさい。ちょっと獣人族の方に縁が無かったもので」
これも駆け出しあるあるかな。よし、じゃあ早速出発と行くか!
(本当に驚いた。まさかもう女の子とパーティを組んでるなんて……それもこんな美人。でも胸の方はボクと互角だ、何も焦る必要は無いはずだ!)
◇◇◇
そんなこんなでやって来たぜレッデレア坑道、その前。
いやぁ久しぶりだなぁ。
「これがお前達にとって初仕事だろ、記念に写真でもとっとくか? ほら入り口に立ってピースピース!!」
「フィルムがもったいないでしょうが。大体アタシはそんなミーハーな冒険者じゃないわよ。ほら、ティターニもこんな馬鹿に付き合わなくていいから。さっさと中に入るわよ!」
「あ、はい」
なんだよノリ悪いな。
レッデレア坑道。坑道とは言うがここはもう使われなくなって随分経つ。
元は坑道の先にある金鉱山へと続く洞窟だが、数十年前にゴールドラッシュが終わり今では人っ子一人寄り付かない。
鉱山は穴だらけになっていつ崩れてもおかしくない為に封鎖、そこへと続くこの坑道も関係者以外の立ち入りが禁止された。
つまり、ここは人の出入りの全く無い場所だということだ。
なので、ここに巣食う魔物達にとっては絶好の住処になっている。
それはつまり冒険者達にとっても格好の仕事場ってわけだ。
「それにしても、相変わらずジメッとして暗いところだぜ。今や心霊スポットにもなっちまったしな」
「ふん、幽霊なんて怖く無いわよ。もしいたとしても、そしたら退治すれば良いだけの話だしね」
そう言って腕まくりする仕草をするラゼク。
なんとも頼もしい限りだぜ。
「……しかし妙に静かですね。いくら入って間もない所とって言っても、少しは魔物の気配を感じもよいものなのですが」
「もしかして、もう誰かが中に入ってるとか? 依頼を受けてるのはアタシ達だけじゃないはずだしね」
「やっぱそんなところか。とっとと中入って片付けるもん片付けようぜ? 取り分減らされちゃあ堪んないからよ」
「はいはい分かったから。急かすんじゃないの」
そう言うと、ラゼクは俺の腕を掴んで強引に中へと入っていった。
何すんだよ? ティターニだってキョトンと見てるじゃないか。
「アンタが土壇場で逃げないって保証も無いからね。一応先輩冒険者でしょ? 格好いいとこ見せて見なさいよ」
「おいおい、俺はチキンじゃねえぞ」
「どうだかね、アンタってホント臆病そうだもの」
全くなんてことを言いやがる、俺ほどのベテランを捕まえて。これだからモノが分からねえ素人ってのはよぉ。
心の中でぐちぐちとそんなことを零すが、無理やり腕を引っ張られているので、俺の意思とは関係なく体が前へと進んでいくのであった。
「ちょ、ちょっと!? このままじゃ転んじまうよ! ……あっ」
「あっ」
坑道の奥へと進んでいけば、予定通りのヴェノムスパイダーを発見。薄暗いながらも電灯はまだ生きているので完全に暗いわけではない。
丈夫な導線を生命線とする白熱電球が、奴の姿を映し出してくれる。不本意ながら額を赤く擦ってしまった俺はコイツの相手をする事にした。
「さあ行くぜクソ蜘蛛! テメーに目にものお見舞いしてやらぁ!」
「お手並み拝見といこうじゃないの」
「が、頑張って下さ~い!」
俺のすぐ後ろで二人が見物する。おまけに黄色い声援一名付きときたもんだ。
まあ見てろ、過去に何度も狩ってきた相手だ、赤子の手をひねるように蹴散らしてやろう。
にらみ合いをする俺たち。
先に動いたのは――俺だった。
「あ! 可愛いメス蜘蛛!」
俺の声に反応して、目の前のクソ蜘蛛は後ろを振り向く。
バカめ!
その隙を突いて、持っていたマッチを数本火を付けて次々と投げつけた。この坑道から天然ガスの類が確認されて無いのはとっくにご存知だぜ!
完全に油断したあの蜘蛛は、突如自分の体に火が付いた事に驚き慌てふためく。こうなればもうこちらのものだ。
足元に落ちていた拳大の岩を持ち上げると、やつの顔面めがけて一球入魂!
「喰らえ必殺! 隕石アタック!!」
見事命中。さあ、とどめを刺してやるか。
所詮コイツはモンスターといっても蜘蛛……虫なのだ。
痛みにひるんだそいつに向かって、懐から取り出した殺虫スプレーを思いっきりふりかける。
哀れ。暴れる気力すら完璧に失った蜘蛛は、そのまま帰らぬ虫となる。
「ふ、我ながらスマートだぜ」
「その腰にぶら下げた剣は飾りか何か? アンタの戦い方って、なんか姑息よね。そうは思わない?」
「え~と。た、戦い方は人それぞれですから。……いや、普通に卑劣なんだけどさ」
「うるせえな、勝てばいいんだよ!」
「はいはいそーですねー」
くっ、ラゼクのヤツ。生意気な口を利きやがって、これが先輩の戦い方ってもんなんだよ。
「とりあえずこれで一匹だ。ほら写真に撮って。きっちり仕留めたってところを見せねぇと金払ってくれねぇんだぞ、ギルドってところは」
「分かってるわよ。はいチーズ」
バッグからギルドから借りたカメラを取り出したラゼクは、ヴェノムスパイダーめがけてシャッターを切った。
まばゆいフラッシュと共にカチっと音が鳴れば、しばらくして写真が現像されてカメラから出てくる。
普通のカメラだと現像に時間が掛かり、その間は当然報酬が振り込まれないのでインスタントを使用する。カメラにしては大きくてかさばる上に、フィルムが少ないのが珠に傷。
うん、バッチリ! しっかしカメラってのはどうして白黒でしか撮れないものなのかね? ちょっと前まではセピアだったけど、技術が発展すればもっと色がつくようになるのかな? ま、俺は技術屋じゃないからわかんないけど。
「うん、綺麗に撮れたわね。アタシったら結構な腕前でしょ? これでも里じゃ観光客にカメラを頼まれてたからね」
「へぇそうなんですか。でも、確かにお上手ですね」
「お前の里って観光客が来るようなところなのかよ。……まあいいや、フィルム代はギルド持ちっていったって無駄に撮ってると無言の圧力をかけてくるからな、気を付けろよ」
「はいはい」
俺たちは写真を撮り終えると、死体を埋めて奥へと進んでいく。
毒蜘蛛を埋めて大丈夫か? なんて思われるかもしれないが、アイツの持っている毒は動物に対して有効なのであって、土壌に対してはむしろ栄養を与えてくれる。らしい。
だって詳しくは知らないんだもの。寝ぼけ半分に聞いたギルドの講義でそんなことを言っていたような気がするだけだもの。