あ! 胸しか見てなかったけど、よく見たらこの女さっき俺の股間を蹴り上げてくれた女じゃねぇか!! 冗談じゃないよもう。
そう思って立ち去ろうとしたが、ふと思った。これは恩を売るチャンスでは?
この俺を蹴っ飛ばした女が頼ろうとしている。これはヤツにとっても屈辱なハズだし俺もスカッとする。その上でこっちの言い分を通す事も出来るのでは?
「助けて上げなくもないけど、それって俺に旨みがあるわけじゃないしなぁ」
「何よ、さっきの事なら謝って上げるから!」
「いや、所詮謝罪なんて口だけだしな。誠意ってのはさ、やっぱ物と行動の中にあるものなわけなのだから」
「~~~っ! アンタの言う事一つ聞いて上げるから!! それでいいでしょ?!」
「へへ、毎度あり」
俺は即座に駆け出した。
その姿、まさしく騎士の元へとはせ参じる騎士のようである。もはやそのものと言っても過言じゃない。
男の前に姿を現した俺に対して、男は挑発気味に話しかけてくる。
「おうおう、一体何の用だあああん? ヒーロー気取りなんかしてると痛い目をみるぜドチビ!!」
あ~ん俺がチビだぁ? テメェが三メートル近くあるだけだろうがよおおん? こちとら百八十後半なんだよ。
「ああ? 何て言ってんのかわかんねえよハゲゴリラ。町中でウホウホ言ってる暇があるなら、自分から檻に入るぐらいの愛嬌でも見せてみろってんだ」
「んだとゴラァッ!!!」
ブチ切れた男が殴りかかってくる。だが遅い。遅すぎる。
そんなパンチなど当たるはずも無く、俺は軽々と回避する。
全くこれだから、頭の中までウホウホ言ってるような野蛮人はよぉ。
「皆さーん暴漢ですよ! 婦女暴行犯がいますよ、変態ですよ!! お巡りさーん!!」
俺はありったけの声を上げて叫ぶ。
すると周囲はざわめき始め、やがて野次馬が集まってきた。
「くそ、覚えてやがれドチビがぁ!!!」
ありきたりな捨て台詞を残して男はケツをまくって逃げていった。
「見せかけだけの筋肉ゴリラが、ポリ公の名前叫んだだけで逃げて行きやがったぜ。全くダセェな」
「ってアンタも結局他力本願じゃない!」
なんだよせっかく助けてやったってのによ。やり方なんざ俺の勝手だろうが。
「どんなやり方でも結果は結果だ、約束は守ってもらうぜお嬢ちゃんよぉ」
「……何よ。あんまり無茶は無しだからね」
「安心しろって、俺だって相手は見るんだからよ」
俺に対する警戒心を解かず、それでいて尻込みするように弱々しい態度の猫耳の小娘。
とりあえず俺が望むことは一つだ。
◇◇◇
「ふい~。食った食ったぜ。いや満腹満腹! 持つべきものは助け人ってか!」
「あ、アンタ。ホントに遠慮しないわね……」
街中にあるファミリーレストラン。そこの一角を占拠して、テーブルに並べられた皿をすべて空にした俺は満足気に自分の腹を小突いていた。おっと、思わずゲップが出かけた。
その様子を呆れ顔で見る、助けた胸無しの少女。
他人の金だぜ? どうして遠慮なんかする必要があるって言うんだよ。
「いいじゃねえか、これで貸し借りなしになったわけだしよ。そちらさんの気がかりが一つ減ったわけで、これもある意味人助けだろ」
「何て図々しい性格なの……。アンタ友達とかいないでしょ?」
「失礼な奴だなぁ。ま、昨日一人いなくなっちまったのは本当だけど」
「?」
何のことかわからず頭をかしげる眼の前の女。
実際コイツには何の関わりあいもない話だし、どうでもいいんだよそんな事は。
「さてと、腹ごしらえも済んだことだし、これでおさらばだな。……親切心でひとつだけ忠告しておくがな、この街は都会寄りつったってああいう手合も珍しくない。貧乳好きの物好きな彼氏でも作って一緒に行動することをオススメするぜ。じゃあな、あば」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」
「あん?」
席を立ち上がりかけた俺に待ったがかかった。
一体何の用だって?
「アンタさ、気にならない?」
「何が?」
「アタシがさっきハゲゴリラに言い寄られた理由よ」
「全ッ然。しいて言うなら、やっぱ世の中には好き者っているんだなって」
「おおきなお世話よ! そうじゃなくて……ああもう! ハッキリ言うけど、今パーティのメンバーを募集してるの。それでさ、アンタ今フリー?」
どうしよう。めんどくさい気配が一気に漂ってきた。この話は早々に切り上げるべきだ。
思い立ったが吉日、俺は素早く断りを入れた。
「フリーかと言われれば今ちょうど偶然にも奇跡的に隣は開いているが……。悪いな、俺の隣は飛び切りのバストを持った包容力に溢れた大人の女性専用なんだ。だが、この俺に目をつけたのはいいセンスしてると思う。そのセンスを大事にして仲間探しに励んでくれ。じゃあ」
「つまりアンタ一人ぼっちなわけね? じゃあ丁度いいでしょ。馬鹿みたいにアタシのお金でたらふく食べたんだから、少し位融通効かせても罰は当たらないんじゃない?」
「ぼっちで悪かったな。それにそんな事言ったってねぇ、大体俺はお前の名前も知らないワケだし……、いややっぱ知りたくない。僕たちの関係はここできっぱりと終わらせるべきなんだ、今この瞬間から赤の他人になるべきなんだ」
「つまりアタシのことを知ったらいいわけね? アタシの名前は」
「あああああああ!!!」
俺は急いで耳を塞ぎ、大声を出して聞こえないようにした。
なのにこの女ときたら、俺の腕を無理やり耳から剥がそうとしてくる。
なんだコイツ、意外と馬鹿力じゃねぇか!
「子供みたいなことしてんじゃないわよ! いい? アタシの名前は……!」
全くなんて日だ! 結局このアマの思い通りになってしまった。
知りたくもなかったコイツの名前は、ラゼク・サトーエンと言うらしい。
獣人族はジャレストフォルの血族で、特徴的な猫耳と尻尾を持つ。
つい先日、里からこの街にやってきたばかりだという。そして、今は冒険者として生計を立てようとしている最中とのことだ。
なんでもコイツの里じゃ十八歳を迎えると成人の儀として、外に出て自分の実力に見合った仕事をこなすことが義務付けられているらしく、そこで認められるまでは里に戻る事が出来無いらしい。
はぁ、今どきこんな因習が残ってるとはね。これだから田舎ってやつは。
「アンタさ、今なんか失礼なこと考えてない?」
「……そ、それはお前の自意識過剰だよ。牛乳飲みな? カルシウムが足りてないからつまんない被害妄想に囚われるんだ。ついでに一抹の望みをかけて胸を大きくしてみるんだな」
「なんですって!!?」
まったく口の減らない女だな。人が折角親切心で言って上げてるってのに。
これが世間知らずってやつか。仕方ない、都会のように雄大な心で受け止めて上げようじゃないか。
「感謝しろよ。俺がお前の胸板並に情の厚い男な事をよ」
「いちいち憎まれ口叩かなきゃ気が済まないワケ?!」