教室内にジャングルが出来上がる。
教室の中心に聳え立つ世界樹の前で私と紫崎くんの二人が向かい合っている。
朱美ちゃんと佐藤君には先に帰ってもらった。
紫崎君は私の呼び出しに応じてこの場にずっと待ってくれていた。
「紫崎君は……ギャルがお好きなんですよね?」
「う、うん。もしかして友達との会話聞いていたのかな?」
「は、はい。盗み聞きみたいなことしてごめんなさい。後でちゃんと録音データ消しておきますので許してください」
「録音されていたのは衝撃の事実だよ!?」
しまった。余計な情報まで喋ってしまった。
「あの日の会話を聞いてから私は自分を変えることにしました。貴方の目に留まるように。貴方の好みの子になれるように」
「黒峰さん……」
「私、もっと自分を磨きます! ギャルについて勉強します! だから……私を貴方の傍に居させていただけませんか? ずっと……ずっと好きでした」
今の私はまだまだ理想のギャルとは程遠い。
口調もギャルっぽくないですし、髪だって染めてない。彼が望むならムカデ盛りみたいな付け睫毛だってつけるし、黒ギャルにだってなってみせる。
ギャルには無限の可能性がある。
その可能性を追いかけていけばいつか紫崎君の理想のギャルにだって――
「ごめん……ごめんなさい……黒峰さん」
「ぬぎょはぁぁぁ! 普通に振られた!?」
「まさかこの場で『ぬぎょはぁぁぁ』が出てくるとは思わなかったけど……そんなことより……本当にごめんなさい黒峰さん。僕はキミと付き合うことができません」
「そ、そんな……やっぱり私のギャル力が低かったから」
「逆だよ黒峰さん。キミの魅力が眩しすぎて……僕にはとても支えられそうにないと思ったんだ」
「そんなことない! 私、いっつも暴走気味で、それでいつも朱美ちゃんにも迷惑かけちゃって。誰かに支えてもらわないと駄目なんです。私は紫崎君に支えて……もらえたい」
本音を言えば一緒に楽しんでもらいたい。
私と一緒にバカなことをやって、大人になったら『あんなこともやったよね』って語り合えるようなそんな関係に――
「その役目は……さ。もっと適任者がいると思う。僕よりも朱美さんよりも、もっと近くに」
「えっ?」
「その人のこと、探してみて。後先考えずに突き進むのがキミの魅力だけど、たまには近くを見渡すのも良いと思う」
それだけ言い残すと紫崎君は申し訳なさそうに去っていく。
私は追いかけることができなかった。
振られてしまった私には追いかける資格なんてないのだから。
それよりも私は紫崎君に言われたことで頭がいっぱいだった。
「私を支えてくれる……適任者……近くに……?」
朱美ちゃん以外にそんな人居るわけがない。
大体私ときたら、いつも勘違いして、突っ走って、他人に迷惑かけて。クラスのみんなも、そして紫崎君も私に呆れているだろう。
そう――私なんかと行動してくれる人自体いないんだ。
高望みなんてしてはいけない。支えてもらおうなんて考えるだけでもおこがましい。
勿論理想を言えば、私に協力的で、呆れずに付き合ってくれて、文句も言わなくて、一緒になって楽しんでくれる人が居れば最高だけど、そんな人世界中どこを探しても――
「――ん?」
――このジャングルを一緒に作ってくれたのは誰だった?
――教室の異臭トラブル時、無償で協力してくれた人は誰だった?
「あっ……あっ……」
今さらになって、気づく。
大切な人はすぐ傍にいたのだと。
手が痛い。足も鉛みたいに重い。
絶対昨日のアレが原因だよなぁ。隣の席の女子に付き合って教室内に土を運び込んだだけで筋肉痛になってしまったか。
だけど心地良い充実感だった。
俺は進んで人と関わり合いになるタイプではなかったはずなのに、最近は気が付けば隣の女子に付き合わされている。
一体どうしてしまったのだろう俺は。
「ねえ。佐藤君」
その元凶の自称ギャル――黒峰真白さんは今日も俺に話しかけてくる。
さてさて、今日はどんなとんでも展開に付き合わされるのかな。身体じゃなく頭を使う系なら助かる。あっ、この人に限ってそれはないか。
しゃーない。今日も肉体労働頑張りますか。
俺は覚悟を決め、黒峰さんに視線だけ合わせることにした。
俺を見つめるその瞳に若干熱が籠っていることに気がづいた。
よく見ると彼女の頬は若干赤くなっていた。
な、なんだ?
黒峰さんは一つ大きく深呼吸を入れると、そのままズズィと俺の眼前にまで近寄り、意を決するようにこう言ってきた。
「ギャルはお好きですか?」