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第15話 俺はお前の友だちなのか?

 学園の馬車寄せでダリルと合流してリリアンナと別れ、俺たちは馬車で王宮へと向かっているところだ。

 古い小型の馬車だからか、ガタガタと揺れが大きい。


 当初の計画では、書庫の鍵を盗んで忍び込もうと考えていたのだが、昨夜ダリルの兄とリリアンナの会話を聞いて考えを改めた。


「ダリル、計画を変更することにした。お前の兄、ハルク・バシュレイ卿に協力してもらおうと思っている。王宮に着いたら、兄を呼び出してもらえるか」


「ええっ、秘密を明かしていいんですか」ダリルが驚いた顔をする。


「ああ、昨日ハルク卿がリリアンナと話す様子をみた。あの男ならリリアンナの害になることはしないだろう」


「あ~、兄貴はリリアンナを溺愛してますからね。婚約者の殿下が失脚するようなことは絶対しないでしょうね」


 解呪方法を調べるためにも、王宮の内部で動ける人間が欲しい。ハルクは近衛隊に所属していて都合が良い。リリアンナのためになら、俺の解呪に協力してくれるはずだ。



 いままで俺の周りにいた者たちは、側近候補も護衛もメイドもすべて誰かの意向で俺に付けられた者達だ。俺が自分で選んだ者は誰もいない。


 彼らは俺に忠誠を誓っているのではなく、俺以外の誰かの顔色を見て動いている。


 呪術が発動したことで俺はようやく気づいたのだ。秘密を明かしても誰にも漏らさず俺を助けてくれると信じられる人間が、俺にはいないのだ……




 王宮の騎士団の詰所で、ダリルが訓練中の兄を呼び出した。面談室で人払いを済ませ、俺はハルク=バシュレイ卿の前に姿を現した。


「訓練中に呼び出してすまないな。俺はエルネストだ」


 ハルクはダリルの手に乗った俺をみるなりぎょっとして片膝をついた。


「ほ、本当に、殿下、なのですか?」

「ああ。第一王子のエルネストだ」


 王族の警護をする近衛隊員とは顔をあわせる機会が多い。ハルクとも初対面ではない。姿が小さくなったとはいえ顔を見れば俺だとわかるはずだ……


 ソファに腰を降ろしてこれまでの経緯をざっと説明すると、ハルクは俺の姿をまじまじと眺め信じられないというように呟いた。


「本当に、そんなお伽噺おとぎばなしのような道具が実在するのですね……」


「ああ。その魔道具の解呪方法を探しているんだ。ひとまず書庫に入る手伝いをしてくれないか。何かあったら責任は俺がとる」


ハルクが困ったような顔をした。


「あの、殿下……陛下はこの件をご存知なのでしょうか……」

「ああ、魔道具が発動して小さくなったことは知っている。解呪については何かを知っていて俺には隠しているようだったがな」

「陛下が話さないと決めたことを勝手に探って良いのでしょうか」

「むしろ父上は俺の出方を見ているんじゃないかと思う。どうせ、俺のこの動きだって知っているはずだ」


 そもそも、王家の秘密と言いながらモンブリー公爵も何かを知っている様子だった。わざとらしく口止めされたが、ずっと違和感があったのだ。


 父上は俺を試しているんじゃないか……




 しばしの沈黙の後、ハルクが意を決したように野太い声で応えた。


「かしこまりました。お手伝いいたします。何をすればよろしいでしょうか」

「書庫の鍵を借りて欲しいんだ」

「書庫、ですか?」


「ああ、古代語で書かれた古い本がまとめてある書庫があるんだが、申請して鍵を開けてもらわなければ入れないんだ。ダリルじゃ無理だから鍵を盗んで入ろうと思っていたんだがな、近衛のお前が行けば貸してくれるはずだ」


 忍び込むという言葉でぎょっとした顔をしたハルクだったが、すぐに了承して席を立った。


 さすが王宮の近衛騎士だけあってその後の行動は早かった。談話室に戻ってきたハルクの手には、書庫の鍵とダリルに着せるための下級官吏の制服があった。


 確かに文官の制服を着ていれば、目立たずに王宮内を歩けるだろう。





 王立図書館の裏手に石造りの古い建物がひっそりと建っている。いつもは目を留めることもなく風景の一部になっているその建物が古書を集めた保管庫だった。


 カシの木で作られた重厚な扉を開くと、内部は暗く、古い書物の独特な匂いが漂っていた。


 天井近くのステンドグラスから差し込む光がうっすらと床を彩っている。ダリルが換気用の小窓を開け、ハルクは備え付けのランプを灯した。


「ハルク、助かった。もう訓練に戻っていいぞ。鍵は帰りにダリルが近衛隊の詰所まで届けるからな」と伝えると、ハルクは了承の意を示したあと言った。


「かしこまりました。では、帰りはダリルとともに私が同乗して公爵邸までお送りいたします」


 近衛としては知ってしまった以上、王族を護衛なしに移動させるわけにもいかないのだろう。それに馬車で今後の話をしたいので好都合だ。


「よろしく頼む」と返事をすると、ハルクは頷いたあとダリルに向き合い、ダリルの胸を拳でどんっと叩いた。


「おい、ダリル。くれぐれも殿下に危険が及ばないように気を配れよ。帰ったら話がある。わかったな!」

そう言って、訓練に戻っていった。





 書庫に入ってしまえば、こっちのものだ。


「おい。ダリルここだ」

「いてて……殿下! 俺は馬じゃないんですからね! 手綱みたいに操作するのはやめてくださいよ」ダリルがぼやく。


 俺は先ほどからダリルの肩に立ち、髪の毛を掴んで行きたい方向を示しているのだ。


 俺はダリルを無視して握った髪をもう一度ぐいっと左方向に引っ張った。


「こっちだ」

「はいはい。わかりましたよ」


 かび臭い書庫を歩きまわり魔道具に関する棚を探した。あまり整理されておらず分類がばらばらだった。


「殿下、この本はいったい何語で書かれているんですか。俺には文字にすら見えません」

「ああ、これは古代語だ。王族の教育では必ず覚えさせられるが大陸で読める者は少ないだろうな」


 読める者がいないから図書館ではなく書庫にまとめて置いてあるだけで、決して読んではいけない禁書ではない。

 古くて貴重なものなので焼失しないように石造りの建物に保管してあるのだ。


「ああ、これだ。ダリル、まずはこれと、これと、こっちの赤い表紙の本をテーブルに載せてくれ」


 ダリルが古書を抱えて移動するのを肩の上から眺めながら指示を出した。


「貴重なものだから丁寧にそっと扱えよ」


 俺はテーブルの上に飛び乗ると本の前に腰を下ろし、ダリルは向かい側の椅子に座ってページを繰る。


 古書は古代語と絵と何かの術式のような記号で記されていて、読み解くには時間がかかる。ページをめくるだけのダリルが退屈まぎれにアレコレと話しかけてきた。


「王族って大変ですね……俺はこの文字を覚えられる気がしませんよ」

「古代語は楽なほうだ。俺は十歳で覚えたぞ」

「十歳って……まだ自国語すら覚束ない頃じゃないすか。いったい殿下はいつから勉強を始めたんですか」

「俺は気がついたら王太子教育が始まってたからな……三歳くらいには始めてたんじゃないか」

「はあ〜すごいっすね。嫌になって逃げたくなったりしなかったんですか?」


 俺がこんな姿だから王族に見えないのか、普通は聞いてこないような質問をダリルはずけずけと投げかけてくる。だが、気負わずに話せるのは気が楽だった。


「国を治めるためには必要だと言われていたからな。そういうものだと思ってやるしかなかったな……」

「努力してたんですねぇ、殿下。粛々と努力を続けられる人を俺はすごいと思いますよ」

 ダリルが心から感心したようにしみじみと言う。


「お前の家だって同じだろ。武のバシュレイ家は幼い頃から剣を持たせて厳しい訓練をすると聞いたぞ」

「剣といっても、小さい頃は木剣ですけどね……」


 俺は閉じ込められた備品室で聞いた話を思い出した。


「お前、そんなに小さい頃から剣術をやっていたのに騎士にならないのはもったいないんじゃないのか?」


「あー、それっすよね」ダリルがポリポリと頭をかいた。


「あれは……ただの願望です。何もなければ、騎士になるしかないと思いますよ……」なんとなく諦めたような口調だ。


「じゃあ、何が嫌なんだ? 学園の剣術大会で勝ち上がっていたし、お前、剣の腕はそこそこ立つだろう。王家に忠誠を誓うのがいやなのか」

「いえいえ、そんなんじゃないです。むしろ、最近は殿下になら仕えようという気になってますよ。ただ……」


 俺はあごでページをめくるように合図をして続きをうながした。


「ただ、なんだよ」


パラリ――ダリルがページを繰り、俺はあらたなページに目を滑らせる。


「俺はバシュレイでは落ちこぼれなんすよ……父や兄は体格に恵まれて頑健で強靭な体をしていますが、母親似の俺はどう頑張ってもあんな筋肉のつき方はしません。生き物として違う種類みたいなんですよね」


 ダリルの父バシュレイ子爵も兄のハンクも2メートルを超える巨漢だ。しかも筋肉の塊で、兄のハンクはリリアンナを軽々と持ち上げて片腕に乗せていた。


「確かに、あれは規格外だな……」

 普通の人間がどんなに訓練してもアレには成れない。


「そーなんすよ。幼い頃は成長すれば俺も大きくなれると思ってたんすけどね……兄貴が十四歳の頃に使っていた長剣を、俺はいまだに振り回すことすらできないんです」


 俺があごを振ると、ダリルがページをぱらりと捲る。


「なるほどな……比べられるから嫌なのか……」


ダリルが不満気に口を尖らせる。


「騎士は嫌じゃないですけど、できれば誰も父や兄を知らない場所で士官したいっすね〜」

「それで外国か」

「まあ、そういう話です……ただの逃避です」


 騎士の家門で強さは権威だ。バシュレイの縁者は、みな揃って体格が良いことで有名だ。家門に連なるものが集えば体格差は目立つだろうな……その場でどういう会話が交わされるのか聞かなくてもわかる気がした。



「騎士にこだわる必要はあるのか?」古書に目を落としたまま問えば、「は?」と、ダリルが怪訝な声を出す。


「だから……お前は嫡男でもないんだし、好きな仕事につけばいいんじゃないのか」

「あー、文官とかっすか? 一生、同じ仕事部屋の中で計算とか書類仕事することを考えたらムリっす!」

「仕事は文官だけじゃないだろ。お前は選べる立場なんだから、学生のうちに色々みて準備すればいいんだよ」


 ダリルがふと動きを止めた気配がしたので、顔を上げて見ると、ダリルは感心したような顔をしていた。


「なんだか殿下、人生の先輩って感じッスね〜!」

「感じ、じゃないだろ。俺はおまえより年上だし、学園では先輩だ」

「あー、学園というくくりで言えば確かに先輩ですね〜。俺は友だちのつもりでしたけど」ははは、とダリルが笑った。


ん?ともだち?


「俺はお前の友だちなのか?」

「ええっ、ひどい。殿下! 冷たいじゃないですか。じゃあなんで俺が授業をさぼってまで、カビ臭い書庫でページ捲る手伝いをしてると思ってるんすか〜」

「いや王族の俺に頼まれて断れなかったのかと……」

「はあああ、酷い! なんてこと言うんですか。俺は悲しいッスよ!」

「じゃあ、お前どうして俺に付き合っているんだ」

「殿下のことが好きになったって言ったじゃないッスかー!友人が困っていたら助けるものでしょう」と騒がしくわめいた。


 ああ、言ってたな。確かに。

 あの日、備品室から抜け出した後、馬車でそんなようなことを言っていた。


――こいつ、本当にただの好意で図書館にもこの書庫にもつきあってたのか


「ははっ、そうか……」

「ほんと、ちょっと酷いですよ。殿下」


 俺のまわりは損得ばかりでできている。側近候補として集められた子どもは家門のために俺とつきあっていたし、単純に好き嫌いでつきあう友人などいない。


 まさか友達のつもりだったとはな……

 そうか………………




 一日がかりで丹念に調べたが、リリアンナが持っている魔道具に関する記述は見つからなかった。


 魔道具関連の書をみてわかったことは、『王家に害をなす魔道具は存在しない』ということだけだ。


 どういうことだ、王族に害をなさないはずなのに、なぜ俺の姿が変化しているんだ。


 父上は魔道具が発動したことを母上に話すなと言った。王だけが知る秘密だと言ったが、公爵は知っていた。彼も王族に連なるものだからなのか。母上に話さない理由があるのか……


 結局、書庫ではそれ以上の収穫がなく俺たちは王宮を後にしたのだった。


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