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第5話 陛下に謁見

 初夏の早朝、新緑の街路樹はきらきらと輝き、あたたかい光があたりを優しく包んでいる。しかし、王宮へ向かう馬車の中はまるで凍てつく冬のようだった。


 今朝の不可解な現象を公爵に伝えないわけにはいかない——


 俺は冷や汗をたらしながら、娘の胸に埋まった経緯を公爵に伝えた。俺の発言も何からなにまで言いづらい事しかない。話すほどに冷え冷えとした空気をまとうリリアンナ。彼女の背後から雪嵐が吹いてきそうだ。


 娘と俺の反応を無言で眺めるモンブリー公爵。さすが公爵ともなると徹底的に考えを表情に出さない。何を考えているのか全然わからなくて怖い。


俺の精神力も限界だ。

ごめんなさい。謝るからもう帰らせてほしい……





 王宮につくと奥の間に通された。ここは基本的に王族だけが立ち入れる私的な空間だ。扉の前に近衛はいるが、分厚い扉の中には我々しかいない。


「おや、ずいぶん、可愛らしくなったな」


 部屋に入ってきた父上は俺の姿を見るなり軽口をたたいた。早朝でプライベートな空間だからか、父上はくつろいだ服装をしている。


 公爵から経緯を説明されていたからなのか、小さくなった俺の姿を見ても驚いた様子を見せなかった。


「好きでこの恰好をしているわけではありません」

 着ぐるみ姿をからかわれた俺はむすっとする。


 父上は、礼をとろうとした公爵とリリアンナを手で制して二人に座るように促した。


 俺の居場所はテーブルの上だ。隣には例の首飾りが置いてある。紫の石に金の蔦がからみつく意匠の首飾り。あれから何度も触ってみたが、光ることはなかった。


 俺は婚約破棄のくだりを隠したまま、ことの次第を詳しく話した。父上は驚く様子も見せずに聞いているが、やっぱり何か知っているのだろうか。


俺が話し終わると父上は公爵に尋ねた。


「して、アンドリューはどう思う」

「状況からみて王家の古代魔道具が発動したのだと思いますが……」


 父上と公爵は小さい頃から親交があり、二人の時は気安く話す仲らしい。


「ああ、魔道具が原因なのは間違いないだろうな。さて……どうするかな」


 父上は俺をがしっと掴んで手に乗せると、俺の頭をなでたり、着ぐるみの首元を引っ張って中を覗いたりしている。パンツを履いていないんだから覗くのはやめてほしい。


「エルネスト、この体になってから喉が渇いたり腹が減ったりしていないだろう」


「はい」なぜ父上が知っているのだろう……


「それはな、その体は仮の器だからだ。詳しいことは知らぬが魔石に込められた魔力で動いているらしい。解呪の条件を満たせばすぐにでも元の体に戻れるのだがな……」


「解呪の条件とは何ですか!」俺は勢いこんで尋ねた。


「条件については魔道具によって違うから、この首飾りについてはわからんな。ただ、発動した二人が一緒にいないと解呪されないとしか伝わっていない」


「「えええっ」」


 驚いたのは俺とリリアンナだけだった。公爵はあいかわらず表情の読めない顔をしている。


「もし条件を満たさない場合はどうなるのですか」


 父上を見上げると、父上は片手であごを擦りながら、のんきな顔をして俺をテーブルに戻した。


「わしの時は、十日で条件を満たして解呪したからな。わしにはわからん……」


「はあっ!?」また驚きの事実がでてきた。


「父上のときの解呪条件はなんだったのですか?」


 父上はちらっと公爵と視線を交わすと、昔を懐かしむような、酷くせつないような奇妙な表情を浮かべた。


「他の魔道具については王家の秘事だ。いま話せることではないな」


「では……もし解呪されなかったら、俺はずっとこのまま…ですか」


 俺は小さな体を見下ろし、この姿で生きる未来を想像して目の前が真っ暗になった。


「いや、それはないな。仮の器は魔石に込められた魔力で動いていると言っただろう。首飾りに込められた魔力を使い切れば元に戻るはずだ。いつになるかはわからんがな……」


「そんな……」


 絶望する俺に同情したのか、公爵が父上をいさめた。


「陛下、あまり虐めては可哀想ですよ……エルネスト殿下、ご安心ください。魔術や魔法は失われて久しいので、文献もほとんど残っていませんが、小さな魔石ですから一生そのままということは無いはずです。おそらくは長くても一か月くらいではないかと思います」


「いっかげつ……」俺は再び言葉を失った。


「エルネスト。この魔道具は危険な呪いではない。条件を満たせばすぐにでも解呪されると言っておるだろう。そのためには、発動した二人が一緒にいる必要があるのだ」


 そう告げた父上は、今度はリリアンナに向かって声をかけた。


「とういわけで、リリアンナ嬢。面倒をかけるが解呪できるまでエルネストを頼めるだろうか。このとおりだ」


――国王が一介の令嬢に向かって頭を下げた


 ひぇっと顔を青くしたリリアンナが慌てていいつのる。


「へ、陛下。おやめください。私のようなものに頭を下げるなど。お受けします。お受けいたしますので、お願いです。頭を上げてくださいっ」


 リリアンナが慌てる横で、父上と公爵が意味深な視線を交わしたのが見えた。


 応接室を辞す前に、父上に『くれぐれも誰にも見られるな。秘密をもらすな』と釘をさされた。


「母上にもですか?」と聞くと、父上が当然のように「王妃は絶対にダメだ」という。

「カトレアに知らせたらすぐに侍女とメイドに知られるだろう。あっという間に王宮中に噂が広まる」


 まあ、そうだろうな。と納得した俺は誰にも口外しないと約束した。そうして俺は再び公爵邸へと戻ることになったのだった。





 公爵邸に戻る馬車の中では、全員が無言だった。


 他の二人が何を考えているかわからないが、俺は解呪の不安に加えて、もうひとつの心配事に悶々としていた。


――はたして、俺の理性はもつのだろうか


 なにせ不可抗力とはいえ、今朝はあのぽよんぽよんに二度も埋まってしまったのだぞ。


 一度目は苦しくて感触まで覚えていないが、二度目ははっきり感じた。リリアンナが薄手の寝衣だったせいで、張りのあるやわらかさが伝わってきた。ふとした瞬間に感触を思い出してしまう。


 あれは毒だ。思春期の男子になんてことをするんだ。


 今まで意識しないようにしていたが、リリアンナは同年代の令嬢と比べて豊満な色っぽい体形をしている。そのリリアンナとこれから同じ部屋で過ごすことになる。


 俺の理性が心配だ。俺は紳士としての矜持を保ったまま夜を越えられるのだろうか……


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