やあ、来たね。
今日も元気に走ってきたんだね。語り部としては嬉しい限りだけど……君、お家のお手伝いはちゃんとしているんだろうね?
両親の言うことはちゃんと聞くんだよ? クサビ少年ならきっとそう思うんじゃないかな。
……ん? ちゃんとしたって? おっとそれは失礼。ごめんよ。
いいから続きを早く? おお、なんと寛大だろう。
そうだね。最近は寒くなってきただろうから、早いとこ始めるとしようか!
よし、ならば新たなページをめくっていこう。
ようやくたどり着いた知識の宝庫で少年が剣の伝承を追い求める間、そのお師匠さんたちも希望を齎す星を連れて、遠い地で動いているね。
世界が確実に混沌の色を濃くしている中で運命は交わり、時には交差して紡がれていくのだろう。
伸ばした手に何を掴むのか……続きを読むとしようか。
僕達がマリスハイムに到着してから数日が経過していた。
その間、王立書庫で情報を集めるのはもちろん、ギルドで依頼をこなして生活費を稼ぐなどしていた。
僕は専ら書庫で本の虫になり、たまにサヤに連れ出されて依頼を受けるという感じだったのだが……。
僕は放っておくとずっと書庫に籠ってしまいがちだったからね。たまに受ける依頼のお陰で戦いの感覚も鈍らずに済んでいる。
今日は皆で情報を集めている。
王立書庫に保管された書物は膨大の一言に尽きる為、僕一人では一体何ヶ月かかるやら……。
関連しそうなものを見繕ってみてはいるものの、未だ手掛かりになりそうな記述を発見するに至っていなかった。
「今日は何か見つかるといいわね。とりあえず私は勇者関連のものを当たってみるわね」
「なら、俺は伝説の武具とかから攻めるか!」
「わたしは世界のおいしい料理集からさがす」
「うん、皆ありがとう……ってウィニはちょっと待って」
それぞれが手掛かりを見つける為に書庫の中に散っていく中、僕はウィニと一緒に行動することになった。
ウィニは放っておくとすぐどっか行っちゃうからね。
僕の手伝いをお願いしたのだ。
「ふふん。くさびんがそこまで言うなら、おねーさんにまかせろ」
と、ドヤポーズのウィニ。もう見慣れて突っ込む気も起きない。
今日は精霊関連の書物を主に調べていくことにした。
魔術と密接な関係にある精霊のことならウィニも興味が湧いて飽きにくいかもしれないという理由と、解放の神剣が精霊と何か関係があるかもしれないと思ったからだ。
書庫中で忙しなく働く職員さんを捕まえて、精霊関連の書物の保管場所を教えてもらい、僕達はその本棚にやってきた。
さすが精霊信仰に篤いサリア神聖王国なだけあって、精霊の情報量は想像以上に膨大だ。見上げれば首が痛くなるほどに高い本棚が列をなしている。
「はえ~~。これ全部精霊の本?」
「……みたいだね。これは骨が折れそうだな……」
本のタイトルから明らかに関係なさそうなのを除いて、何冊か取り出して近くの机で黙々と読み始める。
「うーん……」
それからしばらく僕とウィニは本を読み耽っていた。
しかし精霊にまつわる話は多く記載されていたが、追い求めているキーワードは特に見当たらない。
せめて『勇者』とか『解放の神剣』とか書いてあったらなぁ……。
本を読み漁ち続けて疲れた目を休ませるように目を閉じながら体を伸ばす。ずっと同じ体制だったからたまにはほぐしてやらないとね。
と、ふと隣で本を読むウィニに目をやる。
ウィニは意外にも飽きる様子はなく、それどころかご機嫌に尻尾を揺らせて楽しそうですらあった。
「ウィニは何を読んでるの?」
「ん。精霊図鑑。まだまだ知らない精霊がいっぱい書かれてる」
ウィニは本を置き、横にずらして僕にも見えるようにした。
本には、精霊の姿の絵が描かれており、簡単な説明が書かれていた。
子供でも読める、絵付きの図鑑だ。
「へぇ~。たくさんいるね」
「めざせ精霊マスター」
いや、目指すつもりはない。
ウィニがペラペラとページを捲っていく。
多種多様な精霊が描かれている。
雪の精霊とか、嵐の精霊など環境に依存する精霊は多かれど、中には壺の精霊なんていう変わった精霊もいるようだ。
……確かに読んでいてちょっと楽しいかも。
「――ん? ちょっとストップ」
「どした。くさびん」
あるページのとある精霊に目が留まり、僕は思わず手で制してページが捲られるのを遮った。ウィニはきょとんとしながら聞き返す。
「……退魔の精霊」
退魔の精霊と記載されていたその精霊に、なんだか見覚えがあるような気がしてならないのだ。
描かれている美しい女性型の精霊は、真っ白な肌に髪、瞳の色に至るまで全て白で統一されていた。
どうしてだろう。この姿をどこかで見たことがある…………。
「……うううう〜〜ん??」
「うー?」
あと一歩のところで思い出せそうで、目を閉じて必死に思い出そうと唸る。
その時、脳裏を駆け巡ったのはある声だった。
まるで鈴の音のような透き通った声――――
「――あ」
「……お?」
……そうだ! あの夢に出てきた女の人にそっくりなんだ!
思い出した……。この本に書かれている姿と、夢に出てきた鈴の音のような声の白い女性の特徴が一致している。
あの人の正体が精霊であるならば、僕の夢に入り込むなんて芸当も可能なのかもしれない……。
……あの声の女性は、退魔の精霊だったのだろうか……。
もしそうだとするなら、どうして僕の夢に二度も現れたのだろう。
僕は退魔の精霊が気になりだして、その精霊について記された書物を探し始めた。
何列も連なる本棚に目を凝らして関連しそうな本を探す。
そして探し続けて1時間が経過した時、僕はある一冊の本のタイトルに目が留まった。
『清らかなる精霊』
僕はその本と手に取ってその場で開く。
決定的な言葉が記されていないかと気持ちが逸り、内容を理解するのも後回しに必死に文字を追った。
『聖なる力を宿りし祠より生まれしは、邪なる者を払いし退魔――』
「……あっ 退魔って書いてるっ! これかもしれないぞ!」
僕は足早に机に戻ってその本の最初から読み始めた。
今度は内容をしっかりと咀嚼しながら飲み込む。
「む。くさびんが真剣だ。それ、おもしろい?」
食い入るように読み漁る僕を見たウィニが、夢中になるほど面白い本を読んでいるのだと思い込んだようで、強引に頭を僕の目も前にねじ込んできて、視界が遮られてしまった。
「ちょ、ウィニ見えないよ! 今、気になってることが分かるかもしれないんだっ」
「ふふん。わたしも手伝ってやる」
強引に割り込んできたウィニは頑として退かないので、渋々僕が椅子半分くらい横にずれる。
そのまま退魔の精霊についての内容を読み進める。
どのくらい時間が経ったのか、その本を一気に読み終えた頃にはウィニはとうに飽きてしまって、僕の腕を枕に突っ伏して寝息を立てていた。
ウィニの頭の重みで腕が痺れていたことにも気付かないくらい夢中になっていたみたいだ。……ていうかウィニどいてくれ…………。
ひとまずこの退魔の精霊について、いろいろ知ることができた。
この退魔の精霊は、元は光の精霊であったが、ある時清らかな力が多く溜まっている場所に居着き、長い間清らかな魔力を取り込んだことで、邪悪とされる力を払う力を得た、退魔の属性を身に着けるに至り、この時より退魔の精霊として顕現した……と記されていた。
やはり、解放の神剣と退魔の精霊の力は似ている。
――この剣は、唯一魔王を討ち果たす力を宿すと言われている。
――退魔の精霊は、邪悪なる者を払う力を持つと伝えられている……。
もし、もしもだけど、この剣の力の源が退魔の精霊の力によるものだとしたら……。
退魔の精霊に会うことが出来れば、剣の力を目覚めさせることが出来るかもしれない……!
やっと一つ手掛かりを掴んだような気がして、僕は静かに高揚していた。
この調子だ。退魔の精霊の所在という新たな謎が浮上してしまったが、それでも大きな一歩を踏み出せたと思いたい。
その日は、引き続き退魔の精霊の居場所を調べたが、王立書庫の閉館時間が来てしまい、続きはまた明日となった。
僕は皆に今日の収穫のことを伝えて情報を共有する。
ほぼ初めての使命についての手応えを感じて、また夢に退魔の精霊が訪れてくれることをと期待しながら床に入るのだった。